視力21.0の憂鬱②
※
しかし、高校2年生の春は、そんな恒例行事は、胸の痛くなることもなくあっけなく終了した。
どうやら、昨春、レイコに声をかけて迷惑がられた子の一人が、今年もレイコと同じクラスになってしまいがっかりしたのもつかのま、とてもポジティブな行動にでたのだ。
それは、去年同じクラスだった者の責任として、新クラスのLINEのグループ投稿に「※注意喚起!!東大狙いの黒川レイコは友達より勉強命だから話しかけると嫌な気分になる子」と拡散したのだ。
情報というのはありがたい。
新しいクラスになって無意識に周囲を伺っている子たちは、一人ぼっちのレイコを見て一瞬良心がうずくものの、机の上に広げられた教科書とノートに気が付くと「あ~」とLINEの注意喚起と合致して、納得し、そして安堵した。
情報さえあれば、余計な良心もつつかれなくてすむし、無駄な労力もいらない・・・。しかも、嫌な気分になることも防止できる!
というわけで、新学期開始から1週間ほどたっても話しかけてくる子はいなかった。・・・が、正確には、隣の席の谷崎さんを除いてだ。
ただ、谷崎さんも、レイコと友達になりたくて話しかけてきたのではなく、牽制してきたのだ。自分は漫画が大好きなので、漫画を読んでいるときは絶対に話しかけないでくれと。
「話しかけないでほしい。」
いつも自分が言うはずの言葉を、隣の席からではなく、わざわざ立ってレイコの机の前にまできて言われた時にはレイコは一瞬戸惑った。そして、同じクラスになって10日めにして、初めて隣の席の谷崎さんと言う人に意識を向けた。
大柄でがっちりしてこんがり日に焼けた谷崎さんは、自分で切ったのか、あるいはバリカン専門の床屋さんで切ったのか、二つに一つだと断言できるくらい、段差も軽やかさもないパッツンおかっぱ頭をしていた。その顔にはニキビがたくさん出ていて化粧っけは全くない。
そして「お一人様、上等!!!」と吹き出しのついた猫のゆるキャラの描かれた下敷きと、それと同じシリーズの筆箱を机の上に厄除けみたいにおいている。その机の横のフックには取っ手が擦り切れ、重みに堪えかねて今にも床につきそうなどピンク色のトートバッグがかけられている。そしてその中には、十数冊の漫画が積み重なって入れられていた。
谷崎さんは、レイコをけん制すると、レイコの反応なんか全く気にせず満足げに椅子にどかりと座った。そして横にかけたバッグに手を突っ込んで、まるでお菓子を取り出すように漫画を一冊取り出してニヒニヒと貪り読み始めた。
「いや・・・話しかける気はこれっぽちもないけど。」
初めて感じる、何か漠然と納得のいかない気持ちを払しょくしたくて、説明をしようかと思ったけど、谷崎さんはすでに漫画の世界に没頭しているのでやめておく。
その代わり、彼女が手にしている漫画にチラッと視線をやる。それは、最近ベストセラーにもなっている人気の漫画だった。
「ふーん。異能ねえ・・。」
谷崎さんより30倍ぐらいのスピードでそのマンガを読み終わり、レイコは心の中で呟いた。
そのマンガは、はるか昔、太古の時代の世界で異能と呼ばれる不思議な能力を持った選ばれた勇者たちが、仲間を守りながら、暗黒世界の闇が放つ呪術と戦って世界を救う話しだった。
「太古の時代の異能者」という設定に興味を惹かれたレイコは、少し視界を落として、トートバッグの中の漫画まで一通り目を通す。
ざっとした詳しい内容はこんな感じだった。
舞台はまだ天と地の境目が混沌としていた時代。
当時は普通の人にも、現代の人からみれば不思議な力を持っていたのだが、その中で最も神に近い
そしてその中でも、更に群を抜いているのは主人公の・・・えっと・・誰だっけ?
内容だけわかればよかったので、あまりにも高速で読みすぎてしまったようだ。名前は一切頭に入っていなかった。
もう一度、レイコはその漫画に目を通す。
イケメンで、セクシーですぐに上半身が裸になって花をしょっているヤツ・・・・そうそうキースだ。
イケメンの上、人格者で、勇敢で、賢くて、優しくて、完璧だけどちょっと心に傷を負っているキース。
実際の世界には、こんな完璧な人はいないから、安心して谷崎さんは胸をときめかせられる。(決して自分を幻滅させることも傷つけることはないもんね・・・。)
そんなキースは何度も度重なる
地球も人類も、後一歩間違えてれば、今の歴史はない。呪術者の暗黒世界に飲み込まれていたのかもしれなかった。そして、世界を救ったキース様はどこぞとしれず去っていく・・・。
そんな内容だった。
「うん・・・満更、嘘ではない話・・・。」
一通り目を通し、レイコはふと作者が気になり、表紙の作者の名前を
「うわっ。ネガの塊・・・。」
その名前の文字から発せられる泥くさくて、陰気くさい色がたちこめた
あまりにも、キースや、他の登場人物が爽やかかついい人すぎて、そのギャップに驚く。よく、こんな陰気な人がこんな爽やかすぎる人物をかけたもんだと、半ば呆れながら、そのオーラの奥が視えて、あることに気が付きレイコは更に驚いた。
どうやら、この作品はこの作者が実際に体験をした世界をベースに描かれてた世界のようだ。
「主人公キースは、この作者自身だ・・。」
正確に言えば、体験したのは現世に生きるこの作者ではなく、作者の細胞に眠る前世の記憶だけど・・・。
「ああ、この漫画にはたくさんの登場人物がいるけど、本当は一人で戦ったんだな。」
その記憶を少し深く垣間見て、レイコの胸はチリっと痛む。
もちろん、この漫画の設定のすべてが実際にあったことではない。
彼女にはその作者の遠い記憶の孤独と奮闘ぶりが見える。
苦しくて、つらくて、孤独に悶えた日々・・・、仲間を渇望した記憶が、時代を超えてこの作者の細胞に染みついていた。
それは、年月をかけて受け継がれた細胞の記憶であり、大地の記憶でもあり空の記憶でもあり、地球の記憶でもある。
普通の人はレイコのように視覚としてはみえないけど、感じることはできる。なぜなら、細胞の記憶は目でみえなくても無意識下では細胞同士で共鳴するから。
だから、共感し、ひきつけられる。
ちなみにこれはそんなに珍しいことではないので、この漫画だけが特別なわけではない。
どういうことかというと、所詮、本や漫画や映画や、世の中でフィクションと言われている話しは、ある意味すべてノンフィクションの側面を持っているのだ。
想像や閃きというのは、記憶なのだ。
他人の記憶、物の記憶、自分の記憶、前世の記憶、時の記憶・・・etc
数えられない記憶の中で、心打つ作品を描くのは、どれだけ深い記憶とシンクロできるかでしかない。
「この作者がものすごく特別なわけではないけれど・・・。」
それでも、感度はかなり高いのだろう。
多くの人をひきつけ、共感させる作品を作るには、そんな細胞の記憶を呼び起こす能力が不可欠だ。もちろんそれだけではなくて、記憶の他にそこに、現実意識に現れる人間の意識をうまくマッチさせている。
でも、いくら当時の願望が繁栄されているといっても、ここまで実際のモデルと主人公がかけ離れすぎているのも詐欺級だけどね・・・。
完璧にキースに胸を焼き焦がしている谷崎さんが真実を知ったらどうなるかなと少しおかしくなる。まあ、真実なんて人それぞれだから、私があーだこーだいうことではないのだけど。
そう思った瞬間、先ほどの小さな胸の痛みが、再び大きくなって襲ってきて、レイコの胸は焼けるように痛んだ。
「せっかく穏やかな新学期だったのに・・・」。
レイコは漫画に目を通したことを後悔しながら感じたことのない胸の痛みを分析する。
作者の記憶に触れて、胸がこんなに痛いのは、やっぱり私も誰か仲間を渇望しているのかもしれない。それは太古の昔の細胞でもなければ、他人の記憶でもない。私自身が持つ、現在進行形の記憶だ。
切り替えのよさと諦めの良さが私の特技なのに、ここ数年邪魔をしているのは私の頭の記憶であり消えない能力だ。
「見えすぎるのも、やっぱり問題だ。」
キース様にキュン死寸前の谷崎さんから目をそらし、レイコはため息をついた。
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