視力21.0の憂鬱③

                   ※

 

 そう・・・黒川レイコには、人と違う力があった。

 その力は・・・「超能力」と表現するより、どちらかというと、谷崎さんのマンガに出ていた「異能」と言う言葉の方がしっくりするかもしれない。

 

 異能とは、本来、普通の人とは異なる能力・人より優れた能力-つまり他の人よりのことを言う。

 どこか外部から突然ふって与えられるようなイメージの超能力と違って、元々持っている力が普通の人より発達している状態だ。


 レイコの能力だって、元来、みなが持っている能力が発達しているだけだ。

 陸上で世界記録を出したとか、フィギアスケートで4回転半が飛べたとか、フラッシュ暗算で5ケタ6ケタの計算が難なくできるとか、絶対音感があるとか・・・似たようなものだった。


 ただ、問題は、それがある時から許容範囲を超えてしまっているということだ。


 

                    ※

 

 現在、黒川レイコの視力は21.0。

 そう・・・彼女は目がよすぎた。

 これは人類で一番目がいいと言われているアフリカの部族の人の2倍近くある。(ネット情報によれば、アフリカのどこかの部族の人たちの視力は11.0。14階から地上にあるパスタの本数を数えることができることができるらしい。)

 

 ちなみに、この視力21.0というのは、レイコが自分の能力を解明するためにあらゆることを調べながら、年々進化していく視力を独自の分析で割り出したものだ。(※アフリカ部族の視力と言われる11.0を基準になっている。)



 実際、レイコ自身、子供の頃は今みたいな視界を持っていたわけではなかった。

 子供の頃は、アフリカの部族並みか、それより若干少し上。

 これはまだ、現代社会としても許容範囲、そしてレイコ自身にとっても許容範囲だった。

 

 だって、目がいいことは、レイコにとっていいことだらけだったから。

 

 周りから「目がいいねえ。」と感嘆されるのも気持ちがよかったし、失くし物も迷子になった子も見つけてあげることができた。

 あまり記憶にはないけど3歳の時は、家の近くの公園から、遠くの山を見上げて「あそこでおじちゃんが、うろうろして困っている」と突然泣き出したレイコを見て、半信半疑で向かった大人が、痴呆症のおじいさんを発見するということもあった。


 字が読めるようになると、遠くの遥かにある看板を読めたり、駅の反対側にある案内板を読めて重宝されたし、稲妻が光るのをみれば、落雷の場所だって正確に言い当てたので、キャンプに行った時は人間落雷探知機にもなった。

 とにかくレイコにとっても周りにとっても、特別で役に立つ能力だった。

 

 それに・・・空を見上げれば、レイコの空はいつもプラネタリウムみたいに満点の星で輝いていた。

「都会の空は空気がよどんで星は見えない。」

 なんて大人は言うけどとんでもない!

 

 夜の空はいつも宝石みたいに輝いているのに!

 流れ星はこれでもかってくらい空を流れていて、みんなから願い事を待っているのに!

 

 厚い雲に覆われた夜空だって、月が雲の上でどこにいるくらいかはわかったし、星の光を感じることもできた。そんな世界はレイコにとって広くて高くて、キラキラしていてそしていつも澄んでいた。


 レイコの両親も、娘のそんな能力をわかっていたけど心配もしていなかった。

 子供は、時々そういう不思議なものなのだ。

 それに、アフリカやモンゴルに似たような人がいるらしいし、きっと都会で育っていけばそういう能力は大きくなるにつれて消えていくんだろうと軽く考えていた。


 社会に一歩足を踏み入れた瞬間から・・。

 社会に染まれば染まるほど・・。

 大きくなればなるほど・・。

 知識がつけばつくほど・・・。

 広い世界はみえなくなるのだと。

 そうやって大人になっていくのだと。


 だから誰も心配なんてしていなかった。


 

 もし、この能力が大人になるにつれて、失われてしまったらその時は悲しかっただろうとレイコは思う。空の終わりのない奥行も、星の輝きも、パノラマの世界も消えてしまったら、レイコの世界は輝きを失ったかもしれない。

 

 でも、きっとそれは一瞬の悲しみで、少なくとも悲劇ではなかっただろう。

 だって、普通に戻るだけだから。

 初めは不便で悲しいかもしれないけど、きっと、すぐにそんな普通にもなれて、もしかしたら、みんなと一緒になったことを心のどこかでホッとしたかもしれない。

 そして、「ああ、子供の頃は変わっていたなっ」て、後から振り返って笑い話になっていただろう。


  

  しかし、実際、レイコを待っていたのは、悲しみではなくて悲劇だった。

 

 レイコの能力は小学生になっても高学年になろうとしても消えなかったのだ。

 それどころか、ある日を境に段々と進化してしまった。



 



 

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