視力21.0の憂鬱④
※
進化のきっかけ ― それはレイコが小学5年生の10歳の時、漢字の小テストの時だった。
レイコにとって、漢字のテストはお手の物だった。
脳内カンニング。
これは、彼女が名付けた自分の能力の一つで、漢字というのは一番脳内カンニングがしやすい教科だ。
レイコは、一度見るだけで画数の多い漢字も覚えることができた。
正確には、一回見れば漢字の細かい部分まで目に飛び込んでくるので、それをそのまま脳に移し替える―つまり、インプットしているのだ。
問題を解く時は脳にインプットしたイメージをそのまま取り出せばいい。
まるで本のページのように目の前に現れるイメージをレイコは秘かにビジョンと呼んでいた。
カンニングと言っても、別に悪いことではない。
だって結局覚えるってことはみんな、脳内カンニングをすることでしょう?
覚えて脳に記憶させてそして、必要な時に引っ張り出す。
ただ、他の子がレイコと違うことは、その覚えるという作業に時間がかかるだけだ。
何度も書いたり、読んだり、書いたり、読んだり。
そして、時間をかけた割には脳から鮮明なビジョンも取り出せない。
でも、ただそれだけで、ベースは一緒。
やっていることは正直大差はないのだ。
ただ、その日は、何故か、一問だけどうしても思い出せない漢字があった。
漢字ドリルの38ページ。最後の10番。
思いだそうとすると、どうしてもその部分だけモヤがかかったようにかすんで見えるのだ。
おかしいな・・昨日一度、目を通したはずなのに・・。
でも、どうしても一問だけビジョンが欠けている。
ふと、これがわからなかったら、小学校に入って初めて漢字テスト、100点じゃないな。そう、連続100点記録が失われることが頭がよぎる。
でも、レイコは、まあ、いっか~。と、すぐに諦める。
負け惜しみでも悔しさもなく、レイコが切り替えのいいのは子供の頃からだ。
別に自分が100点をずっととらなかったからって、何かこの世界が変わるかしら?
と本気で思う。
いつも、人より広い世界を見ているせいで、レイコは人知れず宇宙規模で物を見ていた。
「黒川レイコは、小学校入学以降ずっと、漢字のテストは100点だったのに、ついに90点になりました。」・・・・・ってだから何?
普通だったら、悔しいとか、残念とか思うかもところだけど、レイコにとっては大抵のことは、宇宙のゴミ、いやチリにもならないくらいのちっぽけなことだったからすぐ忘れてしまう。
世界は広い!いや、世界も広いけどあの、広大な宇宙に比べたら、私なんてとってもちっぽけな存在。そして漢字テストの点数なんて小さすぎてミジンコ以下にもならないし~
そう、空の奥行を思い出して気分がよくなり、歌うように心で呟くと、思わず鼻歌が出てしまったみたいだ。
ゴホンと、前の方から先生の咳払いがする。
顔をあげると机に座って、連絡帳に目を通していたであろう先生と目があった。先生はこらっという顔でこちらを見ている。すみません。というふうにレイコは肩をすくめた。
すると、今度はムクムクといたずら心が沸いてきた。
ふと、自分の視力の良さで本当のカンニングはできないかと思ったのだ。
脳内カンニングではなく、実際、世間で言われる答えを盗みみるというカンニングを。
この、レイコ様の視力を持ってしたらできないことはないかもしれない。
どこからか挑戦状をたたきつけられた気分で、ゲームのように視線を先生のの手元に泳がしてみる。
テストが終わった後に配られるテストの回答プリントは、積み重ねられた連絡帳の横、先生のA4サイズのノートの下にあった。
「ああ、これだったら見えないわ。」
レイコはまたすぐに諦めた。
遠くの文字は読めるけど、何かに遮られた文字まではさすがに読めない。
そんなの読めたら超能力になっちゃうじゃない。
文字が光を発していれば少しは可能性があるかもしれないけど、月でも星でもないしね・・・。
そう、フフフと一人笑いをしながら、もうテストの時間が終わるまで寝てよと視線を外そうとしたその瞬間、ふと、ノートに無数の穴が開いているのに気が付いた。
「ん? 何だろう?」
最後の一問はとっくにギブアップしていたので、暇も手伝って興味本位で更に目を凝らしてその穴を除いてみる。すると、その先にさらに無数の穴があった。それをじっとみていると、だんだん縦にも横にもつなぎ合っていく感じがしてその穴は大きくなり・・・突然視界が開けてレイコは息を飲んだ。
視界の先には、ノートの下の回答用紙が見えたのだ。
びっくりしたけど、反射的にわからなかった最後の一問の答えを書き写す。
ふーっ。
穴を辿っていくうちに、知らないうちに息をひそめていたようだ。
大きく息を吐きながら、そう・・これは決してカンニングではない、実験だと自分に言い聞かせても、胸の鼓動は収まらない。
100点をとりたいのではなく、本当に自分はノートの下の回答用紙が見えたのかを知りたかったのだ・・・。
何故か言い訳のようにレイコは何度も自分に言い聞かせる。
でも、胸の鼓動と足元から湧き上がる恐怖を止める役には立たない。。
それは、カンニングのスリルでも罪悪感でもなく、ただ、何か見えてはいけないものを見てしまった・・・そんな恐怖であることを、レイコは感じたくなかった。
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