セルの記憶

@yoppy36

視力21.0の憂鬱①

 桜も散り始めた4月の中旬。

 ここは、とある高校の2年2組。

 黒川レイコは、教室の隅の自分の席に座りひたすら手帳にメモを取っていた。


 新学期早々、一週間もたたないうちに、”優等生の一匹オオカミがり勉タイプ”というレッテルが完全についたおかげか、放課は机の上にダミーの教科書とノートを開いてせっせっとペンを動かしていれば誰も気にする子なんていない。


 例年なら、この時期、新しいクラスは初めの2週間が勝負だった。


 レイコみたいに外見は明るそう、かつ、一見ハキハキもしてそうで、社交的な雰囲気すら醸し出している子が、“ポツンと一人”状態というのは、ある種のタイプの子 ―つまり一般的に優しいといわれる子たちのThe良心 “一人にしてはいけない” をつつくらしい。

 

 そんな、良心から友達になろうと声をかけてくれる子たちに、こちらも適度な良心でもって、


「自分は全く、1万パーセント問題ないので一人にして頂けませんか???」


 というのを伝えないといけないのだ。

 

 別にレイコは突っ張っているわけでもないし、世の中に反抗しているわけでもないので、いくら良心もどきな好意であっても、良心もどきな対応でかえしたいという気持ちはある。


 だけど大抵の場合、それは失敗に終わった。


 2週間が過ぎるころ、彼女の忍耐力は限界を超える。

 一度ダメだと思うと切り替えは早い。

 結局、2週間の努力なんてバッサリ捨てて最後は、


 「一人にしてくれないかしら?私は友達より勉強が大事なの。」


 と、マンガやドラマに出てくる絶世の美人とか、高嶺の花的存在とか、そんな設定の主人公しか言えないようなセリフを言い放つことになってしまうのが恒例だった。


 

 残念ながら、絶世の美人でも、高嶺の花でもないレイコにそんなことを言われれば、救済の気持ちでよってきた子たちの気持ちは反転する。

 

 「何よ、あの子!話しかけてほしそうにしているから話しかけてあげたのに!」


 と怒ってその後のグループLINEで思いっきり悪口をたたいたり、自分のよかれとした意図が完全に否定された恥ずかしさから、二度とレイコなんかと口をきくもんかとレイコをひどく恨んだり・・・・。

 

 そんな行動が全部レイコには見えてしまっても、レイコは傷つかない。

 ・・・が、胸は痛い。


 だって、これは決してその子たちのせいではないのだ。

 きっと、物心ついた時から言われてきたのだろう。

 「みんなと仲良くねって。」

 

 友だちがたくさんいて褒められても、例え自発的であっても一人でポツンといて褒められることなんてない。

 「友達、いなくていいねぇ~!」って、大人は誰も言わないし・・・。逆に、誰かが一人でいると、「どうして仲間にいれてあげないの?」と怒られる。

 一人はダメというのが前提の社会では、その子が本当は一人でいたいのか、友達といたいのか聞きもしないのだ。

 大人は「お一人様」なんていって、ステイタスとして認められるのに、子供の一人ぼっち・・・そう、自発的ボッチはなかなか認められていない。

 

 

 だから、最終的に嫌われる結果になるとわかっていても、何とか良心的に”自発的ボッチ”を認めてもらおうと努力するのは、レイコにとっては春の通過儀式のようなものだった。


 だって、気持ちはわかるから・・・。

 

 レイコは、話しかけてきてくれる子たちを通して、昔の自分を思い出す。

 胸が痛いのは、まだ、はこの体に残っているからかもしれない。

 

 数年前のことなのに、それはもうずっと昔のことのような気がするし、もしかしたら夢のような気もするけど、それでも、まだ心の中に、その記憶はしがみついているようだ。

 

 春が来るたびにそうレイコは実感する。

 

 でも、それも今年、高校2年生が最後の年だろう。

 きっと、もう、後一年たったら、二度とそんなことで胸なんて痛まないのかもしれないから。


                  


                  

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