勇者は魔王城で迷い、女魔王の寝室に忍び込む
雪野湯
勇者は魔王城で迷い、女魔王の寝室に忍び込む
「クッ、ここはどこだ!?」
私は勇者として、単身、魔王城に乗り込んでいた。
敵を倒しつつ、魔王が待つ部屋を目指すが、城内の道が複雑すぎて道に迷ってしまう。
「まったく、余計な仕掛けばかり作るから道がわからなくなるのだ。城内にいる魔物たちはどうやって生活しているんだ? む、あの部屋から強き者の気配がする!」
強者の魔力を感じ取り、私は正面の部屋に飛び込んだ。
「ここは!?」
天蓋付きのベッド。化粧台。お洒落な置物。
ここは誰かの個人部屋のようだ。
「誰の部屋だ? この残留魔力に宿る気配……もしや、魔王の寝室か?」
部屋を見回す。室内に誰かがいる気配はない。
「ふぅ、誰もいないのか……しかし、意外だな」
私はベッドの枕元に飾ってある可愛らしいぬいぐるみを手に取る。
「魔王といえど、女。こういった可愛らしいところもあるのか……思い返してみれば、彼女の顔は整っており、身体のラインも魅力的な女性であったな……うむ」
私はぬいぐるみを置き、ベッドに手を置く。
「魔王はここで寝ているのか。柔らかそうなベッドだ。少し腰を掛けて休んでいくか」
ベッドに腰を下ろす。
「柔らかいな。魔王の肉体もこのように、っと何を考えているのだ…………彼女はいつもここで横に……」
ぱたりと横になってみる。
「ふぅ~、良いベッドだ。思わず眠りたくなる。ふふ、馬鹿なことを。どうやら、戦いの連続で身体が疲れているみたいだ。どれ、深呼吸をしてみよう。すぅぅぅぅ~はぁぁ~すぅぅぅぅ~はぁぁ~」
呼吸を行うたびに、肺の中に甘い香りが満ちていく。これは、香水の匂いだろうか? いや、魔王の香りも混じっている、気がする……。
「フッ、思えばずっと魔族との戦いに明け暮れ、女性と深く付き合う機会がなかったな。すぅぅぅぅ~~~~はぁぁ。これが女性の香りなのかぁ~」
私はベッドに顔を埋め、ひたすらに深呼吸を繰り返す。
しかし、どうしても息を吸う時間が長くなってしまい、息苦しくなってきた。
一度、埋めていた顔を上げる。
そこで、とんでもないものが目に飛び込んだ。
「はぁはぁ、素晴らしい。甘美な香りだ。ん、あれは? まさか、洋服ダンスか!?」
ベッドから立ち上がり、ふらふらとタンスへ向かう。
そして、ちょこんと座って、引き出しを開いた。
「こ、これは。ハンカチ? いやっ!? ちがう……」
引き出しの中には色とりどりの布が丸く仕舞われていた。
その一つを手に取り、広げてみる。
「何ということだ。下着ではないか。下着が、こんなにも、丸く。良いのかぁ、丸くて。これで丸いお尻を、はぁはぁ。それにしても、このような小さな布切れで大事な部分を隠せるものなのか? はぁはぁはぁ」
無意識に布切れを口元に運ぼうとしている。
だが、途中で我に返り、布切れを引き離した。
「馬鹿者、何をやっているのだ私は? すぐに戻して……上段の引き出しには何が入っているのだろう?」
上段の引き出しを開く。
そこには女性のとても柔らかな部分を守る布切れが入っていた。
「こ、こ、ここ、こここれは、はぁはぁ、これはブラジャーというやつだな。どうすればいい? まずは目を隠してみるか」
ブラジャーを眼鏡のように使い、目を覆ってみた。
「ふふ、いいな。だが、しっくりこない。そうだ、頭に乗せてみよう」
二つのふくらみの部分が頭の上に来るように被ってみる。
「うむっ、これだ! これが正しいブラジャーの使い方だな、はぁはぁはぁ。まだ、他に何か、おや?」
部屋を見回す。すると、化粧台が目に入った。
その上になんとっ! 口紅があったのだ!!
私は懐に数枚の下着を納め、ブラジャーを頭に被ったまま化粧台へと近づいて行った。
口紅を手に取り、キャップを取る。
「こ、この、この口紅で彼女は、彼女の唇がいつも、はぁはぁはぁ。もし、私の唇と触れれば、それは間接キスと、い、いかん、これでは変態ではないかっ!」
ベッドをクンカクンカしたり下着を懐に入れたりブラを頭に被ったりはぎりぎりセーフだが、口紅を使い間接キスを試みれば、完全にアウトになってしまう。
「そうだ、これはいけない。いけない。だめだ、だめだ。だめだけど……ぺろっ」
舌先で、口紅の先っぽをにゅるんとなぞった。
「はぁはぁ、これが彼女の味。ふふふ、こ、こ、ここまでにしておかねば。これ以上は変態のやることだからな。はぁはぁはぁ、ぬ!?」
誰かの気配を感じる。こちらへ向かってくるようだ!
私は急ぎ口紅を戻し、下着類をタンスに戻して、流れるようにベッドの下に潜り込み隠密魔法で気配を消した。
しばらくして、誰かが入ってきた。
「はぁ、勇者はどこに行ったんだろ? 私の城に侵入して行方不明になるなんて、何かのトラップにでも嵌ったのかなぁ?」
(こ、この声は魔王!)
女性の声が室内に響き渡る。
これは何度も聞いた覚えのある、憎き魔王の声。
その彼女が私のことを話しているぅぅぅ。
憎き相手の声のはずなのに、彼女の言葉は私の鼓膜をくすぐり、心臓を早鐘のように打ち鳴らしていく。
彼女はさらに深く私のことを話題にする。
「まぁ、部下たちに捜索は任せて、少し休んでおこうかな? あ、服が汚れてる。どうせ、勇者との戦いで汚れるだろうけど……でも、気になるから、着替えておこうっと」
――着替え!?――
(今、着替えといったか!? 魔王が、私の魔王が着替えるというのか!? これは見届けねば。何故かって? それは、それは……彼女の秘密がわかれば、戦いで有利になるからだ! 勇者として、覗かねばっ!)
ベッドの下で物音を一切立てず這うように身体を動かし、頭の部分だけを外に近づける。
彼女の足が見える。
とても白く美しい足だ。
パサリと、スカートが落ちる音が聞こえた。
(これは!? はぁはぁ、もっと、もっと、上が見たい……)
慎重に頭を這わせ、眼球を目一杯動かして上に向けていく。
とても張りの良い太もも。その上には、薄い布地を纏った柔らかそうな臀部。
(下着が白とは、素晴らしい。はぁはぁ、もっと上を)
すでに眼球は血走り悲鳴を上げるが、そのようなことお構いなしに私は眼球を上へ上へと向けていく。
ようやく上が見えたが、後姿のため、肝心な部分が見えない。
(後ろ姿でも十分美しいが、できれば正面から見たい。どうすれば? 危険だが魔法を使って、なんとか。そうだ、隠密魔法で魔力を隠して、よし、行くぞ)
私は血が滲み出る眼球に魔力を宿し、隠密の魔法を重ね掛けする。
これにより魔力の気配を消して、化粧台に乗っている口紅を動かすことにした。
小さな魔法弾を放って、口紅を落として気を引き、体の向きを変える作戦だ。
(いっけぇぇぇえっぇ!)
瞼をパチンッと閉じて、微小な魔法弾を放つ。
その魔法弾が口紅に当たった瞬間、キャップが取れ、口紅の部分が剥き出しの状態で彼女の足元に転がる。
それに気づかない彼女は口紅を足で踏んでしまった。
「え? あれ、口紅? ええ~、もう。最悪ね。化粧台から落ちてたの? しかもキャップ外れてるし。足の裏に紅がついてる。拭いて……ついでだから、シャワーでも浴びようかな」
――シャワーだと!?――
怪我の功名と言っていいのだろうか?
彼女はシャワーを浴びるそうだ。
つまり、それは彼女が裸になるというぅぅぅぅぅぅぅ、はっはっはっひひひひ。
「うん、なんか妙な気配が?」
おっと、いかんいかん。
私が潜入捜査をしていることに気づかれては大変だ。
慎重に、慎重にだ……。
幸い、魔王は私のことに気づくことなく、室内に備え付けてあるシャワールームへ向かった。
私はベッドから這い出して、鼻歌交じりにシャワーを浴びる魔王へ、むすっとした表情を見せる。
「まったくけしからん。個人の部屋にシャワーを備え付けるなど、なんという贅沢な。だが、いま、彼女は無防備。弱点を探す好機。勇者としてしっかり観察せねばっ」
足音を殺し、シャワールームに近づく。
すりガラス越しからでも、彼女の豊満なボディラインがはっきりとわかる。
「これは、うそだろ。こんな見事な肉体があってたまるものか。もし、この両眼で直接見ることができたら、はぁはぁはぁ……いや、だめだ。それでは変態そのものではないか。しかしっ!」
「誰っ!?」
突如、魔王がシャワールームの扉を開けた。
私は間髪入れずに隠密魔法を発動し、彼女の死角となる真上の天井に張り付く。
「あれ、なんだか妙な気配がしたけど、気のせい?」
彼女は軽く辺りを見回して、すぐにシャワーへと戻った。
だが、私は見てしまった。
重力に負けることのない素晴らしき双丘と、その頂にある桃色の……。
「素晴らしい、素晴らしいぞ、魔王。これはもっと、もっと、も~っとじっくり観察して弱点を見つけないとな……はぁはぁはぁはぁはぁ」
一か月後――魔王城・謁見の間。
玉座に座る女魔王は部下に尋ねる。
「結局、勇者はどこに行ったんだろ?」
「さぁ、城内をくまなく探しましたが、どこにもいなかったすね」
「城には確かに侵入したのよね?」
「それはもちろん」
「だったら、いったいどこへ?」
「まぁ、いいんじゃないっすか。勇者が消えたおかげで、我が魔族軍は攻勢に出て、有利な展開が続いてますし」
「そうだけど……はぁ~」
「おや、どうされったすか、魔王様?」
「それが最近、な~んか誰かに見られてる感じがするのよね~」
「ストレスじゃないっすかね?」
「そうかな~?」
「今日はお早めに就寝されては?」
「……そうね、そうする。勇者がいない今、あまり気を張る必要もないし」
そう言って、女魔王は寝室に戻り、シャワーを浴びて髪を乾かし整え、ベッドに横になった。
そのベッドの下からは彼女の耳にも届かない、とても小さな吐息が漏れている。
はぁ、はぁ、はぁ、と……。
勇者は魔王城で迷い、女魔王の寝室に忍び込む 雪野湯 @yukinoyu
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