愛喰らい

才野 泣人

第1話

「好きでもない人とキス出来ますか?」

 小説だったか、映画だったか、はたまた邦楽の歌詞だったか。今となってはもう思い出せない。まあこんなありふれた台詞の由来なんてどうでもいい。

 結論から言おう。僕は出来る。実際している。

 切っ掛けは何だっただろう。いい歳した男女が二人で一部屋にいる。起きるべきして起きた事象だろうとは思う。

 一回なら事故で済む。でも僕らはその関係を続けた。

 肉体的欲求があったわけじゃない。恋愛感情でも決してない。

 僕らは自分の抱いた感情の名前を知らないまま、ただ身体を重ねた。


 程なくして彼女は言った。

「彼氏が出来たの」

 元々恋愛感情のない二人だ。僕は本心で祝福したし、これで歪んだ関係も終わると思った。

 でも終わらなかった。 

 終わらせるのには力がいる。二人ともそれを面倒くさがった。

 会えない時は電話をし、寂しくなれば肌を合わせた。


 今、満たしているのは何だ。

 今、求めているものは何だ。



「お互いがお互いを好きでないからいい」

 僕らが達した結論はこうだった。

 これは浮気ではない。

 友達以上、恋人未満。凄く便利な言葉だ。以上は友達を含む。未満は恋人を含まない。僕らの関係性を表すのに丁度いい。

 ぬるま湯に浸かっているような、真綿で首を絞めるような。この関係が正常じゃないことぐらい僕にも分かっていた。



 気づいたときにはもう遅かった。

 僕の心は完全に壊れてしまっていた。

 穴の空いた器。底の抜けた柄杓ひしゃく。いくら水を注いでも流れ落ちていくだけ。溜まることは決してない。


 僕には愛が分からなかった。

 僕には恋が分からなかった。

 何かが違うのは分かっていた。でも何が違うのか分からなかった。

 誰か僕を助けてくれ。


 ある日、理由もないのに涙が流れた。止まることなく、溢れ続ける。今まで注ぎ込んできたけど溜まることのなかった何か。この涙の正体はきっとそれだ。

 彼女は知らない。僕がこんなにも苦しんでいるのを。

 僕は知らない。でもきっと彼女は苦しんでいないだろう。

 この苦しみは僕だけの物だ。

 この悲しみは僕だけ物だ。

 



 僕は今日も、愛を探している。

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愛喰らい 才野 泣人 @saino_nakito

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