第34話 同窓のガールフレンズ・フォーエバー

 目の前に男子。

 わたしは今から、彼らに告白する。

 幼なじみの二人に、同時に。

 きっと、うまくいく……かな?

 ふつうじゃない。これからするのは「どっちも大好き」っていう仲良し宣言みたいなのじゃなくて、しっかり「つきあってください」って伝える純粋な告白。一対一でするのが常識――っていうか、それ以外の形はありえないと思う。

 成功するかどうか、わからない。

 でも、ここまできたら、もういくしかない!


「えっと……」

「待てよ。それよりさ」


 出だしからつまずいた。

 いきなり青江あおえに水をさされる。


「浴衣、似合ってるぜ。むかしと比べたら、本当にいい女になったよな」

「あ、ありがとう」


 ちくりと罪悪感。

 いい女にあるまじきことをするわたしを、どうか許してほしい。


「でもなんだったんだよ、最初に『赤いワンピースを着てる』とか言ってたのって。ジュンのヤツにきいても、はっきり答えなかったしさ。しかもそれ、ひょっとして男物じゃねーの? 帯の感じとか……」

「アオ……それはあとで、おれから説明してやるよ」


 赤井あかいがわたしのほうへ、なっ? という感じの視線を送った。

 その一瞬のアイコンタクトを見逃さず、


「あーあー、やっぱり遅刻するとロクなことがねーよな」


 とスネて、


「それで……なんの話だよシラケン。せっかくのお祭りなのに、こんな陰気いんきくさい場所にきて」


 話をしやすいように、わたしにパスをだした。

 むかしから、青江はこういう気配りがうまい。


(ふう……息をととのえて、と)


 広い神社の境内けいだいの、大きな御神木ごしんぼくの前。

 見上げると夜空。

 お祭りの明かりはここまで届かないけど、あたりの暗さには目がなれていて、二人のこまかい表情もわかる。

 赤井はまじめな顔で、青江はニヤニヤしてる。

 どっちも緊張しているけど、青江のほうがそれを隠すのがちょっと上手っていうだけ。


「あのね、今から告白するから」

「シラケンがおれたちに愛の告白か? とか言って……」

「そう」


 ぴん、と空気がはりつめた。

 もうあとにはひけない。


「ずっと好きだったの。わたしと、つきあってほしい」


 上からな感じに聞こえるかな?

 言い直そう、はっきりと。


「わたしと、つきあってください!」


 時間がとまった。

 不思議とスポットライトがあたったように、二人の姿だけがはっきりとみえる。


「ミカオ」

「シラケン」


 呼びなれたあだ名を口にする二人。

 続けて、消えそうな小声で、どっちかがこんなことを言った。


 ――どっち?


 わたしも思う。どっち? って。

 どうしたらいいんだろう。

 どっちに告白したのかわからない→告白失敗! っていうほど、甘くないと思うんだけど……。

 ここからさらなるアタックが必要とみた。

 赤井と目を合わせる。


「わたしのことがきらい?」


 つぎに青江をみつめる。


「ねぇ、わたしのことがきらいなの?」


 言いながら、一歩、近寄っていった。

 わたしと彼らとは、二メートルぐらいの微妙な距離があいている。

 逆に、彼らのあいだは、もっと近い。手をのばせば、体にとどくほどに。

 この〈距離〉に何かを感じた。でもまだ具体的なものにならない。


「きらいなわけねーじゃん」と言ったのは赤井。「きらいなわけ……ねーよ」

「ああ」青江が言う。「おれたち、ずっと友だちだったからな」


 友だち。

 そのワードを耳にしたとたん、答えがわかった。

 フられるルートが――みえた。


「友だちじゃない。もう……そうじゃないから」


 苦しい。

 本心ではないのに、本心のように演じなきゃいけないなんて。

 さ……最後のチアアップ! わたしは心の中に、出せるだけのポンポンと、チアガールをする自分の分身をだす。


「どっちか片方とだけしか、つきあえないの」


 交互に二人の顔をみて、こう言った。


「わたしとつきあいたかったら、友だちなんか捨てて。すぐ捨てて。絶交して。それができたほうの彼氏になる」


 と、選択をせまった。

 恋か友情かの二択。

 どちらか一人に一対一で告白したら、かならず成功してしまう。それは、これまでのループで証明されたことだ。

 なら、これならどう?

 これでも、わたしをえらぶ?


「ミカオ。おまえって、最低だよ」

「同感。あーあ、こんなんだったらさ、コクってくれた女子の誰かとさっさとつきあってたらよかったぜ」


 二人とも背中を向けた。

 青江が、赤井の肩に腕を回し、目だけでこっちをふりかえる。


「シラケン。おれは、こいつと親友のほうがいい。アカだって同じ気持ちだ。じゃあな」


 暗闇の中に、肩をくんだ二人がスーッと溶けてゆく。

 ひざが落ちた。

 嫌われた、よりももっと強い、わたしそのものが否定された感覚。


「告白の失敗とは――」


 頭の中に、あの人の声がきこえる。何度も何度も、ループのたびにわたしをつきとばした、あの人の声。


「――ある人間がある人間に存在を受け入れてもらえないという残酷なる事実。白鳥様。よくぞ……耐え忍ばれましたね」


 そのまま地面にあお向けになる。


 ばん


 空が光った。

 花火だ。

 すっかり忘れてたけど、今日は夏祭りだった。


(きれい……)


 赤、青、白、カラフルな大輪の花が空に咲く。

 しばらく、ずっと見ていた。

 いろいろなことを思い出しながら。

 たぶん、そろそろラストだ。 

 長い沈黙と静寂が、次の一発で終わりだということをげている。

 そして真っ黒な背景に、しっぽが生えた光のたまが垂直に上がっていく。どの花火よりも高いところへ、上がって、上がって、上がって、


「あっ」


 尻餅しりもちをついた。

 びしっとしたスーツ姿の、お母さんを下から見上げている。


「ちょっと美花みか。どうしたの?」


 わたしは立ち上がって、スカートのほこりをはらった。


「うん……なんでもない」


 そう? とまだ心配そうなお母さん。


「ずっとスニーカーだったから」視線を足元におとす。「まだ革靴になれなくて」

「本当にね……男の子たちとサッカーばっかりやってたから、どんなお転婆てんばに育つのかと思ったけど」 

「もー、むかしの話でしょ」


 先にいくからね、とお母さんは行ってしまった。保護者への説明会が、入学式に先立ってあるらしい。

 一人になった。

 あこがれの高校の、正門前で。

 スマホがふるえた。

 見ると、


「シラケンも、とうとうJKだな」


 これ、青江のメッセージだ。

 テニス部が強い高校に、スポーツ推薦で入学した彼。


「さみしかったら、いつでも会いにいくぜ」


 なんてイケメンな文面。

 またきた。

 今度のは、赤井だ。


「ミカオ……制服姿、送ってくれよ」


 なんか、かすかにエッチな気もするメッセージ。あいつ、高校入ってキャラかわった?

 地元の公立の進学校なんだから、もっとまじめなことを言ってよ。

 あと簡単な近況報告があって、


「また、いっしょに夏祭りに行きたいな。三人で」


 で、終わっていた。

 よかった。

 あの出来事――二人への告白――はなかったことになってるみたい。ということは、ループで経験した、すべてのことも……。

 一応、スマホの中にミユキやチャーの連絡先をさがしたけど、ない。

 ここはループ以前の、なにも起きなかった最初の世界だ。

 スマホをもつ手がとまる。


(トモコ)


 画面には、彼女の連絡先。

 タップ一回すれば、トモコと電話がつながる。

 なにを、ためらうの?

 もしループを終わらせたら、絶対、こうするって決めてたじゃない。


「……もしもし」

「……」

「トモコ? きこえてる?」

「どうしたのよ、ミカ。今日って、入学式じゃないの?」

「うん……その……あのね、どうしても、言っておきたいことがあって」

「何」

「わたしたち、ずっと、ずーーーっと、友だちだからっ‼」

「そうだったっけ」

「――え? トモコ、どうしてそんなことを言うの? まさか、まだループの影響が……」


 スマホを耳に強くおしあてる。

 不安で胸がドキドキする。

 ぽん、とかるく肩をたたかれた。

 もう。今は、そんな場合じゃないの!

 また肩をたたいてくる。

 しかたなく、うしろをふりかえると、


「親友でしょ? 友だちじゃなくて」


 目の前に、トモコがいた。

 わたしと同じデザインの制服を着たトモコが。

 スマホが手からすべり落ちる。


「おどろいた? 三日前に急に連絡が来て、くりあげ入学になったとかって……。あまりにもバタバタしちゃったから、どうせならミカをおどろか――」

「バカっ!」


 抱きついた。

 周囲の視線がわたしたちに集まるとか、そんなの気にならない。


「バカ……」

「うん。ごめんなさい。ちょっと、やりすぎたみたいね」


 よしよし、と頭をなでてくるトモコ。

 体をはなすと、ピンクのハンカチがさしだされた。それで目元をぬぐう。


「言いわけするみたいだけど、ほんとに突然だったのよ。学校の人も、こんなことははじめてです、って言ってたくらいで」


 もしかして。

 これって――告白が失敗したから? ループのせいで未来が変わった……?


「三年間、よろしくね」


 そう言ったトモコに、こちらこそ、と返事して、無言で見つめ合う。

 口をとじたまま左右の口角があがる、久しぶりのトモコスマイル。

 わたしも笑顔になった。

 彼女と同じ学校にかよえるなんて、こんな幸せはない。 

 もうループとか、どうでもいいよ。

 風がふいて、桜の花びらが舞った。

 まるで祝福するように、わたしたちのまわりをクルクルとまわる。


「同じ」


 と、ふいにトモコがつぶやいた。


「同じって?」

「……それはね」目をつぶって、ちいさな声で言う。「なんでもない」

「もう。なんでもなくないでしょ。おしえてよ」

「じゃあ聞いてくれる? 受験勉強の合い間にコツコツ書いた、小説の話」


 うそでしょ。

 それって、たぶん……


「主人公のモデルはミカ。ほら、うちの学校で告白がはやってたから――」


 うわっ、まちがいなさそう。

 え?

 ちょっと待って?

 ということは、わたしはトモコの小説のせいであんな目にあったの?

 それとも、トモコの小説に助けられたの?


「その話はまた……ゆっくり聞かせて」ぎゅっと手をにぎる。「いこっ!」


 わたしは断然、後者を信じる。

 なぜなら親友だから。親友以上かも。

 そんなに引っぱらないで、とつぶやいた彼女の目を見ながら、たった一言の告白をした。


「大好き」



   [完]


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告白に失敗するまで入学できません 嵯峨野広秋 @sagano_hiroaki

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