第33話 待望のツリー
時間が飛んだような気がした。
だって、物事には順序ってものがあるでしょ?
あの、いい声の「いいぜ」から、どうしてこんなことになってるの?
「まいったな……汗くさく、ないですか……?」
わたしのセリフだよ。
涼しくなった夕方とはいえ、ちょっと走ったあとだし。
せめて消臭のスプレーぐらいはかけたかった、その〈赤いワンピース〉に。
「おー、良く似合うぜ
「だまってろ、
と、するどいまなざしを彼に向ける。
「説明してくれ。どうしてぼくと白鳥さんが衣装を交換しないといけなかったんだ?」
「あんたも意外と似合ってんな」と、今度はわたしの姿をじろじろと見る。「真っ白な浴衣で、お化けが着てるヤツみたいだけどな。上出来だ」
「あの……金月くん。協力してくれるのはうれしいんだけど――」
あーはいはい、とダルそうに片手をふる。
ほんとに大丈夫かな?
行動は迅速だった。ガラのよくない男に指定された場所をわたしから聞き取ると、待ってろ、と一言だけ言い残して一人で偵察に行ってしまう。
(めっちゃ、たのもしい)
って、その点は感心したんだけど、
「とりあえず着替えてくれ」
偵察から帰ってそう言ったきり、服をチェンジする意味をまだ教えてくれない。
(でも……この〈名探偵〉が反論しないってことは、そうしろってことよね)
中森くんは命令に素直にしたがい、公衆トイレの個室で浴衣を脱ぐと、それを金月くんが外まで持ってきて、わたしは女子のほうの個室で着替えた。
「よし。作戦会議だ」
露店の切れ間に置かれた、飲食用の丸いテーブルについたわたしたち三人。
日が沈むにつれ、にわかに人手が増えてきた感じ。今からがお祭りの本番っていう雰囲気。
「絶賛カツアゲ中のあいつを救出する作戦だが……はっきり言って相手がわりぃ」
はっきり言われても。
もうわたしには赤井を助ける選択肢しかないんだから。
「見たとこ、わるい中学のわるいヤツらが全員集合って感じだったな」
「白鳥さんは」ちらっ、とわたしのほうを見る。「ほかの中学でもウワサになってますからね。中には汚いことをする連中もいるでしょう」
「じゃ、解散な」
え? と、わたしは中森くんと顔を見合わせた。
「うまくやれよ、中森」
「ふざけてる場合じゃないだろ。説明が……」
「言わなくても、わかんだろ?」
赤いワンピースの彼があごに指先をあてる。
「おとりになれ、っていうのか?」
金月くんが立ち上がって、人差し指をつきつけた。
「おうよ。おまえはテキをひきつける。そのスキにとっつかまってる野郎は逃げる。カンペキだろ?」
「確かに……うす暗くなってきてる時間帯だし、林の中なら見通しもわるい。だが……」
「俺はこんなナリでいっしょにいたら目立つから、もう家に帰るってわけよ」
じゃなー、と後ろ姿で手をふって、ほんとにそのまま行ってしまった。
信じられない。
でも助けを求めたのはわたしのほうで、助けてくれたと言えなくもないか。
すべてがうまくいけばだけど……。
「勝手なヤツだな。『たすける』って言っておきながら」
「あ、あの……中森くん? 今からでも服を」
目をつむり、ふるふる、と首をふった。
「いえ……ぼくはやります。あなたを助けたい。うまく言えませんが、それが使命のような気さえします」
言うと、テーブルに両手をついて立ち上がった。
「行きましょう。こうなったら、やってみるしかありません」
◆
スズムシが鳴いている。
祭りの喧騒からはなれて、静かな場所。
「おせーなー」
と、声。たぶん電話の声と同じだ。
「ほんとに
「もっかい電話させる?」
と言っているのも聞こえる。
林。木よりも竹の多い竹林。
遠くから様子をうかがうわたし。
(お願い)
天に祈る思いで、バレないようにじりじり接近する。
そろそろ――
「おっ、きたぞ!」
その声に反応して、叫ぶような声がつづいた。
「くるなっ‼ ミカオ‼ くるなっ‼ ぐ……」
口をおさえられた。
そんな姿を見て、胸がいたくなる。
待ってて赤ちゃん。いま助けるからね。
『そこにいるの?』
中森くんがふところにかくしたスマホから流れる、わたしの声。
『彼をはなして』
ささやくように「おい、今のうちに近づけ」と仲間に指示をおくる。
『そこにいるの?』
「ああ、あっちにいるぜ」
『彼をはなして』
全員が〈わたし〉に近づいた。
七人もいる。
真面目そうな外見は、一人もいない。
『そこにいるの?』
「おい、見えねーのか? じゃ、そのサングラスをとって」と、手をのばしてきたのを、ばしっ、とハイキックで迎撃した。
「あぁ⁉」
「残念だったな」ぽろり、と頭から帽子が落ちる。
「あ! こいつ、白鳥美花じゃねーぞ!」
なに、と混乱した一瞬を見逃さない。
横からサッと入り、
「赤ちゃん、立てそう?」
「……ミカオ?」
サッと救出。
手をひいて、林の中を人ごみのほうへ走る。
やった!
最初、金月くんの話を聞いたとき、そんなに簡単にいくかなと思ったけど――
「まて」
安心するのは早かった。
たまたまなのか、計画を見越してなのか、とにかく彼らの仲間がまだそこにいた。
「どうします?」
「男のほうはいい。女だ女。車につれこめ」
どん、と赤井を地面につき倒す。
もう一人が、靴のつま先でおなかを蹴り上げる。三回も。
ひどい。
どうしてそんなことができるの。
遠くのほうで人が歩いてるのが見える。
一心不乱に走れば、わたしだけだったら逃げ切れるだろう。
でも、赤ちゃんは――
「お? どうしたこいつ。逃げようとしねーな。観念したか?」
たぶんこの選択はまちがい。一番ダメな方法。
でももう、自分で自分をとめられない。
「あなたたち、最低」
「ん? なんか言ったか?」
「あなたたちは」きっ、と人生最大の強さで相手をにらんだ。「最っっっ~~~低! って言ったのよっ‼」
はじめての感情。心の中で何かが爆発したみたい。
気づけば手をグーににぎりしめていた。
そして赤井を蹴った男の顔に向かって、パンチを――
「やめぃ、白鳥」
あっ。
すぐうしろにいるこの気配は。
「こいつらは、おまえが
リョーマだ。
そんな。あいつは、〈この世界〉にはいないはず……。
ふりかえると、
「……」
にかっ、と満面の笑み……を浮かべた気がするけど、誰もいない。
なんだったんだろう。幻だったのか、そこにリョーマはいなかった。
そのかわりに、
「ったく、ヘンな髪型のヤツに手招きされてきたら、ヘンな場所に出たな」
茂みから人影。
若い人で、腕に赤い腕章をつけている。
「あ、あの」
「はい? どうかしましたか?」
目線を彼らに向けると、
「逃げるぞ!」
クモの子を散らすように走って逃げた。
それより赤井を。
ひざをついて、彼の背中に手をあてる。
「……いってぇ。思いっきりハラ蹴りやがって……」
「大丈夫?」
「おれのことはどうでもいいよ。無事か、ミカオ」
「うん」
「なんか……さっきミドの声がさ……」ふーっ、と息をはいて空を見上げる。「はは、そんなわけないよな」
それから係の人に手伝ってもらって赤井を救急スペースみたいなところにつれていき、一時間ほど休んだ。
もう空は真っ暗。
「おい」
と、電話がかかってきた。
「シラケン、これなんの冗談だよ。赤いワンピースって……おまえじゃないじゃん」
「中森くんだった?」
「ああ。どういうことだよ」
「青くん……来てくれて、ありがとう。ほんとにありがとう」
一方的な押しつけにもかかわらず、来てくれたことがうれしい。
「いいよ。で、どこに行けばシラケンにあえるんだ?」
神社の
樹齢千年っていわれてる大きな木。学校の校舎よりも高い、大きな木。
ここが最後の場所。
ようやく、みんなそろった。
すべてを終わらせる
「二人に大事な話があるの」
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