7−4

 そして話は、今日、運動公園の自販機の前へと戻る。サッカー部事件に関しては答え合わせができた。だが、もう1つの問題、この中学に入学して以来、俺をずっと苦しめてきた屈託の全ての始まりかもしれないものについて、聞いておく必要があった。俺は自分の手が軽く震えているのに気づいた。緊張を和らげるため、持っていたスポーツドリンクの残りを一気飲みした。冷たい液体が体の中を駆け下りていくのを感じ取る。だが、緊張が解けることはなかった。


「お前に、退部の件とは関係なく、いくつか聞いておきたかったことがある。いいか」


 修二は何も言わない。俺は無視して質問を続けた。


「お前は1年生のとき、ゆるく部活がやりたいから卓球部に入ると俺に言って、実際にはサッカー部に入ったな。どうしてだ」


「途中で気が変わっただけだ」


「そうか。じゃあもう1つ聞きたい。卓球部の井本、根岸、俺に『イモ、ネギ、キノコ』というあだ名をつけて広めたのはお前らしいな、どうしてだ」


「覚えてないな……何かの流れで思いついたから、その場のノリで言ったんだろ。広める気はなかったんだ」


「そうか。さらにもう1つ。お前は小学校の卒業前に美月に告白して、振られたらしいな」


「っ……」


「理由は、ついこないだ本人に直接聞いたが、別に好きな人がいたかららしい。誰が好きだったのかは、教えてくれなかった。俺には言いたくないらしい……だけど、お前には教えたんじゃないか。どう言われたんだ」


 突然、修二は俺を突き飛ばした。俺はよろめいて後ろ向けに転げる。持っていた空のペットボトルも床に落ち、カランカランと音を立てた。だが、俺は怯まずに修二を睨みつけた。修二はしゃがんで俺の襟元を掴んだ。


「何を言わせたいんだ!」


「お前のことを俺は友達だと思っていた。だが、少し前からお前にとっては違っていたみたいだな」


 そういった瞬間、修二は怯んだ顔をした。


「どう考えても俺が直接お前に何かした記憶はない。お前が俺を友達と思えなくなったのはなぜか教えてほしい」


 突き飛ばされた拍子に尻もちを付き、尾てい骨あたりがじんじんと痛む。プールに来た親子連れの客が大勢、何事かとこちらを見ている。修二は襟元を掴む手を緩めない。だが、眼前に迫った真実以外、何も気にならなかった。俺は立ち上がらず、修二を睨みつけた。


 一瞬だったかもしれないし、数分だったかもしれないが、しばらくして、修二は襟元から手を離した。それでも俺は目を離さなかった。すると、修二は深くため息をつき、口を開いた。


「ずっと……俺は、ずっと前から、お前が羨ましかった」


 修二はうつむいたまま、そう呟いた。


「友達が多くて、頭が良くて、女子に人気があって……」


「俺はそんなふうには思ってなかったけどな」


「そう思っていたのはお前だけだ。特に、美月がお前のことをずっと好きだったことは分かっていた。だけど、お前は陽菜のことしか見ていなかったし、美月もそのことを知っていた。だから俺は、ずっと、本当にずっと好きだった美月に、卒業間際に告白した。あいつの答えは……あいつが俺を振った理由は、お前が推測したとおりだ」


 地面に這いつくばっているのも癪なので、俺は立ち上がった。だが修二はやはりうつむいたまま動かず、言葉を続けた。


「あの時の美月の顔、お前への気持ちを話すあの顔を、俺は今でも覚えている。俺は耐えられなかった」


「それで?」


「お前を仲間外れにしてやろうと思った。上級生のうちで卓球部が何となく蔑まれていることは知っていたから、お前が卓球部に入るように誘導した。お前はまんまと引っかかった。俺がいなければやめるかもしれないと思ったが、お前は真面目だから一回入れば辞めないだろうと思った。

 それから、あだ名をつけて言いふらしたり、卓球部はキモいオタクの集団だという噂を流したりした……井本と根岸みたいな弄りやすい奴らが一緒なのは都合が良かった。

 ここまで計画通りにいくとは思ってなかったけど、お前を孤立させることに成功した。これで答えになってるか」


「ああ、十分だ。すべて、推測通りだった」


 俺がそう推測したわけではない。俺は信じたくもなかった。だが、峰岡が推測したどおりだったということが分かった。そういう意味で俺はそう言った。伝わらないことは分かっていたけれど。


 俺は最後に、すがるような気持ちで、もう1つだけ質問をすることにした。


「ほんとに最後にもう1つだけ、聞いていいか」


「……ああ」


「お前、久保に何をした」


 俺は自分の喉から、思っていた以上に冷たい声が出たのを感じ取った。その声を聞いて修二は一瞬怯んだ顔をして黙ってしまったが、しばらくして観念したように口を開いた。


「……久保を積極的にいじめていたのは城崎と小林だ。それに、スパイクに手を出したのは俺じゃない。小林だ。でも、城崎と小林がそう振る舞うよう、そもそもコーチや顧問が久保を詰るよう、誘導したのは俺だ……その責任は、とったつもりだ」


「そうか……それも推測通りだった」


 俺は微笑んだ。あまりにも峰岡の推測通りすぎて笑えてきたのだ。その顔を見て、修二はぎょっとしたような顔を見せた。俺は笑顔を崩さないまま、修二にこういった。


「お前とはもう二度と話さない」


 そう言い残して俺はその場を立ち去った。修二がその後、どこに行って、何をしたのかは知らない。帰り際、試合をやっている競技場の方から、どちらかのチームがシュートをきめたらしき歓声が聞こえたような気がした。だが、そのシュートが決まったのか、どちらのチームによるものだったのか、そもそもそんな歓声が本当に聞こえたのかどうか――俺は全てに興味を失っていた。


(第7話 おわり)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る