7−2

「前提からいこうか。俺の調べによると、サッカー部は実力至上主義らしいな」


「ああ、そうだな」


「実力至上主義っていうのは、普通、実力以外の評価項目を加味せず、実力がある者こそが重用されるべきって考え方を意味する。実際、2年生でも実力があれば大会のスタメンに選ばれているらしいから、そうなんだろうと思う。

 だが、これは、自分の実力に応じてマウントを取り合い、実力のないやつをバカにするための理由にすり替わることがある。ま、道徳も節度もわきまえていないバカな中学生の中でよく起きることだよな」


「……そうかもな」


「ここまでが前提だ。こっからは時系列でいこうか。まず、問題の発端にして核心は、今日の試合のディフェンダーとして出場していた久保順規くぼじゅんき、こいつだ」


「なぜそれを」


 遮った修二を、俺は右の手のひらを見せて制止した。


「さっき俺も見ていたが、前半12分くらいの相手チームのシュート、あれは左サイドバックの久保が単純なドリブルで抜かれたのがきっかけだったな。俺はサッカーのことはゲームで得た知識くらいしかないし、選手の上手い下手は判別がつかないけど、おそらく強豪校であるうちのサッカー部の部員の中では比較的下手な方なんだろうと思う。まあそれでも、県大会まで勝ち上がってきたということは、足手まといにはなってなかったんじゃないのか。

 ある部員から聞いたが、久保は練習の時からずっと、顧問やコーチにプレー内容についてひどく怒られていたらしいな。これを見たサッカー部員、特に久保の同級生たちは、奴が平均的なサッカー部員と比べて上手い下手かはさておき、奴のことを下手だと認識した。そして下手だからバカにしていいと考えるようになった。違うか?」


「ああ……間違いない」


 修二がそう答えたのを聞いて安心した俺は、ここで一呼吸つく。


「そこが起点となって、同学年の中でいじめが始まった。正確にいつから始まったのかまでは分からないが、トレーニングの成果が出始めて実力差が浮き彫りになってくる頃だから、早くても1年生の秋以降だと予想している。何が行われたのかもよくは分かっていないが、最初はまあ、陰口、仲間はずれ、そんなところだろう。でも、主犯格は誰か想像がついている。小林と城崎だろ。違うか?」


 俺がそう言うと、修二は黙ったまま目を見開いた。俺はこの反応を肯定の意と捉えた。


「小林と城崎は2年生で今日の大会のスタメンに選ばれるくらいだ。ってことは多分実力を認められていた側だと思う。それにあいつらは、教室での態度を見ていりゃ分かるが、自分の実力を鼻にかけていた――例えば小林は、3年生を抑えてスタメンに選ばれたはずの修二のことを『上手くも下手でもない』と言っていた」


「あいつ、そんなことを」


「実力を認められた奴らが、そのことを鼻にかけ、周囲をバカにする。まあわかりやすい話だな。まともな指導者なら、こういう態度を全体の場で糾弾して止めたと思う。だが俺は、どう見ても池川はまともな指導者には思えない――不都合なことがあれば見なかったことにするタイプの人間だ。そういや、お前が退部した理由を聞いたときも、まるでお前が何も理由を告げずにやめたかのように『知らない』と言っていた」


「池川なら、そう言いそうだ」


「うん。池川は、実力主義の建前を崩さないために、実力のある小林と城崎のふるまいを黙認したか、クローズドな場で注意する程度に留め、事態を大事にしないようにしたんだろうな、と想像している。

 そうして、久保へのいじめはエスカレートしていった。これも正確に何が起きたのかは分からなかった。物を隠したり壊したりするとか、もしかすると暴力もあったのかもしれない。とにかく俺が掴んでいるのは、今年の5月頃、部活のボックスに置かれていた久保のスパイクが破壊された、という事件があったということだ」


 俺がそう言うと、修二は動揺したような顔を見せた。俺は頷いた。


「犯人は誰かは分からない。だが、小林と城崎か、そいつに指示された誰かであるということは想像に難くない。ちょっとした陰口や仲間はずれくらいなら最悪被害者の思い込みだという扱いにできるが、物を壊すというのは物証を伴ってしまう。スパイクがどれくらい高価なものだったのかは俺は知らない。だが、ずっと使ってきて愛着のある道具を痛めつけられることの痛みなら分かる。とにかくこれで久保は堪忍袋の緒が切れた。

 久保か、または久保の両親が、主催の体育連盟やマスコミに対し、いじめを通報しようとしたのかもしれない。久保の両親は県議会議員だから、県主催のイベントにコネクションを持っていて、実効的な圧力をかけることができたのかもしれない。ともかく、お前らの部活は今年の出場を危うく断念しなければならなくなりかけた。そこでお前だ」


 修二は、ここまで聞いて俺が真相を見抜いていると気づいたのか、諦めたような顔で力を抜いてこちらを見ている。


「久保とその両親に、大会への参加を邪魔されないために、サッカー部ができたことは? 答えは簡単だ。久保を大会に出してやることにすることで、奴の溜飲を下げようとした。そう、これも今日直接試合を見て確認したかったことなんだけど、今日見たフォーメーションだと、ディフェンダーは4枚だな」


「ああ」


「スタメンのディフェンダーは、4人中3人が3年生のディフェンダーだったな。もう1人は修二の予定だった。控えにいたのが2人だとしても、1試合に出れる可能性があるのは6人となる」


「いや、控えに入っていたディフェンダーは1人だ」


「ということは選手登録されているディフェンダーは5人だな。控えに入ったもう1人は3年生か」


「そうだ」


「ということは、4人の3年生と1人の2年生、という組み合わせだったんだな。その1人の2年生枠をあける必要が出てきた――そこでサッカー部は、お前をいじめの『首謀者』にしたてあげることを思いついた」


 クーラーのおかげで汗はすっかり引いた。舌がいつもよりよく回る。俺は唾液を飲み込んだ。この事件の推理に関しては最後の仕上げだ。


「そこで部内ミーティングが開かれた。ミーティングで、被害者の名前は伏せたままスパイクが破壊された事件が共有され、犯人としてお前が名指しで糾弾されることになった。お前は『首謀者』として責任をとるというかたちで、自主退部を迫られる。お前が退部し、空いた枠に久保をあてがう。そして本来の首謀者であった城崎と小林は、お前が首謀者だという噂を流すことで、自分に火の粉がかからないようにしつつ、この事件が解決したかのような印象を与える。こうしてお前は退部に追い込まれ、サッカー部の出場権は守られた。違うか?」


 修二は深く頷いた。


「ああ。部内で見てきたみたいだ。何も間違っていない。誰かが教えてくれたのか」


「いや、部内でこの件については箝口令が敷かれているみたいだった。漏れたら大会に出られなくなるかもしれないわけだから当然だな。だから俺は複数人から断片的に聞いた情報を推論と想像でつなぐしかなかった」


「すごいな」


「何もすごくない」


 修二は素直に感心の声を挙げたが、俺は即座に否定した。確かに調べたのは俺だが、この結論にたどり着くのは、峰岡の力を借りてやっとだった。それに、俺が本当にすごかったら、そもそもこの事件について調べることもしていなかったはずだ。俺は唾液を飲み込んだ。


「俺がお前の状況についてこだわって調べ始めたのは、小学校のとき1番仲良かった友達が、いじめの首謀者だなんて信じたくなかったからだ」


「……」


「俺はお前のことを、ムードメーカーで、仲間思いで、人のためなら平気で自分を犠牲にするような奴だと思っていた。だからお前がいじめの首謀者だと聞いてそんなはずはないと思った。修二はいじめには関わっていなくて、周囲の人間がそういうことにしてるんじゃないか。仮に『いじめ』と呼べる行動をとったのが本当だったとしても、何か納得できるような理由があったんじゃないか。そう思った。

 それで俺なりに調べた結果、流布している情報に反して、お前が首謀者や主犯格とは言いきれなさそうであることと、お前が身を呈してサッカー部の出場権を守ったことまで分かった。俺はこれが分かった時点で納得したつもりでいた。

 だが、俺は間違えていた。そもそも最初の前提からして間違っていたんだ」


「……どういうことだ」


 ここでまだ怒ってはいけない。俺は修二に聞き出さないといけないことがまだある。だが、俺は内心から湧き上がる怒りを抑えられず、こう言ってしまった。


「お前が俺の思ったような人間ではなかったかもしれない、ということだ」

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