4−4

「どうでしたか」


 俺が美術室に入るなり、峰岡はそう声をかけてきた。今日は手元に画材は何も置いていない。俺の調査結果を聞くのを待っていたみたいだ。俺は峰岡のそばに寄って、教科書を入れたかばんをおろした。


「なかなかうまくいった。不安になるくらいコロっと騙されてくれたよ」


「よかったです。木下くんは話すのが上手いので、きっと何とかしてくれると思ってました」

 

 褒められて素直に嬉しい。だけどそれ、遠回しに口先で人を騙すのが上手いみたいなこと言ってない?


 俺は釈然としない気持ちのまま、聞き取った内容をメモした紙を渡した。峰岡はそれを両手で受け取り、読み始めた。その様子を見てから、俺は自分が考えたことを話し始めた。


「峰岡の仮説は、修二がサッカー部を辞めたのは、サッカー部内で起きたいじめの責任を1人で背負わされたから、ってことだったよな」


「要点を取り出すとそうですね」


「この仮説について検証すべきポイントだったのは、どうしていじめが表沙汰になったのか、なぜ他の人じゃなくて修二が辞めなければならなかったのか、そして誰がいじめられているのか、の3つだったよな」


「そうです」


「このうち1つ目と3つ目はわかったんじゃないかと思う。まず、1年生くんの言っていることが正しいとすれば、いじめが部内で表沙汰になったのは、スパイクが破壊される事件があったからだ。加害者は古村修二ということになっているらしいが、被害者は1年生には明かされていないらしい。これが検証点の1つ目への解答だ」


「他にも何か起きていたかもしれませんが、少なくとも、1年生も参加するような全体ミーティングで取り上げられたのはこの事件だったということですね」


 峰岡は俺の発言を聞いて、すぐさま微妙な修正点を付け加えた。確かにそのとおりだ。俺は頷いてから言葉を続けた。


「もう1つわかったのは、1年生くんの目から見て、いじめられていたのは、2年生の久保という人物ではないかということだ。サッカー部の中では、サッカーが下手でコーチや顧問によく怒られている人物が、仲間内でもバカにされやすいらしい。2年生の中で一番下手なのは久保で、1年生の中でもネタにされてるんだとさ。これが3つ目への解答になりそうだな」


「久保くんですか……意外ですね」


 峰岡がメモから顔をあげて、俺の方をじっと見てくる。どうして意外なんだ。


「久保について知ってるのか。俺はよく知らないんだけど」


「一度、私たちの間でも話題になりましたよ」


 あれ、そうだっけ。一昨日、城崎、小林、修二については話題にしたが、それ以外にサッカー部員のことを話題にしたことなんて……あっ。


「ゴミ拾いの日、か」


「そうです。木下くんと私が一緒にゴミ拾いすることになった原因は、木下くんとペアになるはずだった6組の美化委員の方が体調不良でお休みされたことと、私とペアになるはずだった5組の美化委員の久保くんがサッカーの大会のスタメンになっててゴミ拾いを免除されたから、でしたね」


 道理でどこかで聞いたことがある名前だと思った。いや、待て。ということは。


「2年生の中で1番サッカーが下手な久保が、スタメンに選ばれていた?」


「そうです。久保くんは大会のスタメンに選ばれているのでゴミ拾いは免除になった、と担任の先生から聞いた時、彼は上手くて期待されているのかな、と思ったんです。だからこの報告が意外だったんです」


 そう言って峰岡はメモをぴらりと振った。


「それと、もう1つ、とても気にかかる点があります。久保くんは古村くんと同じ、ディフェンダーですね。フォーメーションによって異なりますが、一試合で出てくるディフェンダーの数は3人か4人ですよね。ベンチに控えが1人2人いたとして、多く見積もっても選手登録できるのは6人ほどです。あと、大会の主力メンバーになるのは経験年数の長い3年生なはずなので、受験などを理由に出場しない人がいたとしても、2年生の出場枠自体は少ないんじゃないかと思います」


「ああ、それが何か……」


 俺の頭の中で何かが繋がる音がした。峰岡ほど頭が良いわけじゃないけれど、さすがにここまでお膳立てしてもらえれば思いつける。俺が口をあけて呆然としているのを見て、峰岡は真顔で頷いた。


「きっと、木下くんも私と同じことを思いついたと思います」


「そうか……久保はスタメンとして大会に出してもらう代わりに、いじめられたことを黙っているのか……」


「自分も大会に出れるということになれば、いじめを告発して大会参加を台無しにしてやろうという気持ちも失せますしね。1年生からも分かるくらい実力の足りない久保くんがスタメンになっている理由にも説明がつきます。また、久保くんのお父様は県議会議員だという話もしましたが、それも外的な圧力をかけられた理由の1つかもしれません」


「だから、同じポジションの中で2年生として出場していた修二を、『首謀者』にする必要があった……」


「そうです。他の人ではなく古村くんが『首謀者』でなければならない理由は、それで説明がつきます」


「ということは、久保へのいじめの本当の首謀者は、修二じゃないかもしれない!」


 俺は正解にたどり着いた興奮で、大声を出してしまった。


「そうだよ。あいつは何もしてないってのに、同じポジションだという理由で『首謀者』の汚名を着せられたんだ! あいつはそれを自ら受け入れて、尊い犠牲になってしまっんだ!」


「……」


「こう考えれば、修二も、サッカー部内のスクールカーストに巻き込まれた被害者なんだ。これで全て説明がつく……ありがとう、峰岡のおかげだ」


 俺は興奮して、口をついて思ったことを全て話してしまった。だが俺は、途中から峰岡がずっと黙っていることに気づいた。峰岡は、口元を抑え、遠くの方を見るような顔で、何かを考え込んでいる。


「……何か、間違ってたか、俺」


「いえ。現時点でわかっていることから、木下くんの言ったことを否定することはできません。ただ……」


「ただ?」


「すいません。上手く言えません。何か大事なことを忘れているような気がして……私の気のせいだといいのですが……」


 そう言って峰岡は心配そうな顔で俺を見つめた。多少事実と違うポイントがあったとしても、きっと大きな破綻にはならないはずだ。俺はこの推論を下に、どうやって修二の状況を助けてあげられるかに頭を回し始めていた。


(第4話 おわり)


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