4−3
そして話は現在に戻る。峰岡が選んだターゲットは、確かに背が低くて頼りなさそうな奴だった。外見だけでなく、話し方も頼りなさそうだ。サッカー部の1年生というだけで何人かいたはずなのに、よくあのベンチに座ってただけでこのターゲットを選び、その下駄箱まで特定できたものだ。やはり峰岡を敵に回すと怖いな。
俺の提案を聞いた1年生くんは、壁のように迫る俺を見て、おどおどとした態度を崩さずに頷いた。では、遠慮なくインタビューといこうか。
「教室の中でいじめられてるの?」
「いえ、そんなことはないはずです。皆いい友達なので」
「じゃあ、サッカー部内?」
「サッカー部内も、コーチと先輩は怖いですけど、同級生とは何とかやってます」
彼はカメのように縮こまりながら、首を横に振った。やはり俺の外見に怯えているみたいだ。まあ小学校卒業したてのチビだと、中学生なんて皆身体がでかくて怖く見えるよな。カツアゲをしているみたいな気持ちになってきた。ま、嘘ついて情報を巻き上げてるわけだから、カツアゲと言っても遜色はないか。俺は少しでも恐怖心を取り払ってもらうため、なるべく優しい声をかける。
「そうか、君は上手くやってるんだな。サッカー部内で誰かいじめられてはないの?」
「いえ……あ、でも先輩の中ではいじめがあった、と聞きました」
「へえ、どんな」
「この間、部室に置いてあった先輩のスパイクが、もう使えないくらい壊れた状態でトイレに放り込んであったのが見つかったみたいで、こないだミーテイングで問題になってました」
ビンゴだ。峰岡の言っていたとおり、やはり証拠が残るような事件が起きていたみたいだ。器物損壊が起きてたのか。
「なるほど。君の靴と同じ状況だな」
「そうなんですよ。壊れては……ないみたいですけど」
1年生くんは自分の靴をくるくると回して見て、無事かどうかを確認した。すまん。その靴に手を出してないことは俺が保証するから……もちろん声に出しては言えないけど。靴を狂言窃盗するという案を聞いた時は大丈夫なのかと思ったが、これが功を奏して部活内のスパイクの破壊事件を引き出すことができた。峰岡はここまで読んでたのだろうか。いや、流石にそこは偶然か。
「誰が誰のスパイクを壊したかは知ってるのか?」
「やったのは古村先輩って人で、顧問がミーティングで名指しで怒ってました。古村先輩はその後退部して。でもやられた側は顧問が伏せてて……けど……」
「なんとなくは分かるのか」
「はい。うちの部、実力至上主義で、下手なやつはコーチや顧問に怒られるし、よく怒られてる人も仲間内でもバカにされるんです。俺も体格が悪くて、どちらかといえば下手な方に入るので、もしかしたら……」
「身長は嫌でもこれから伸びてくぜ。俺も中1のときに10センチは伸びた。それに小柄だとヘディングには不利かもしれないけど、ボールコントロールの技術を磨けば、小回りが効いて重宝されるぜ」
俺が某サッカーゲームで身につけた知識で適当なことをスラスラ言うと、1年生くんは少し安堵したような表情を浮かべた。俺はその瞬間を見逃さなかった。人間ってのはこういうときこそ口が緩むもんだよな。
「そう、それでその壊されたスパイクは、誰のだと思ったんだ」
「そうでした。えーっと。2年生で一番下手なのが、久保先輩って人なんです。コーチや顧問にめちゃくちゃ怒鳴られてて、俺らの学年でもちょっとネタにされてます」
そう言って1年生くんは苦笑いした。久保か。どこかで聞いた気がする名前だ。まあ同学年だからどっかで名前を聞いたとしてもおかしくないんだけど。
「久保がいじめられてたのかも、ってこと?」
「はい。まだ入部してそんなに経ってないので、はっきりとはわからないんですけど」
「久保のポジションは」
「ディフェンダーです」
ディフェンダー。修二と一緒だな。後は、あいつ以外に誰がいじめに関わっていたのかも聞きたいところだが、これ以上長く聞き出すと怪しまれるな。後は適当にペラペラ嘘をついてごまかしておくか。
「とにかく状況はよくわかった。関係のないことも聞いてごめん。靴のことは災難だったけど、君がいじめられてるわけではないんじゃないか」
「どういうことでしょう」
「君にはっきりと心当たりがあるならそいつが犯人かもしれないが、そうでないなら、この靴を盗んでトイレに投げ込んだやつが、この靴を君のものだとわかっていなかった可能性もある。無差別の愉快犯というヤツだ」
「なるほど……」
「あと、本当に君に悪意があったのなら、トイレに投げ込むだけじゃなくて、便器に投げ込んだりとか、汚したりとか、もっと酷いことができたはずだ……ちょっとした悪戯なんじゃないか。そういう友達っていないか」
「そういう奴がいるので、そいつかもしれないです……ちくしょう、山田……」
すまん、見ず知らずの山田。お前に罪をかぶせてしまった。1年生くんは靴を見つけた礼を俺に言って、グラウンドの方へと走り去っていった。俺はその姿を見送ってから、彼の靴を投げ込んだことにした1階のトイレに入った。念の為、個室に立てこもり、便器の蓋を閉じたまま腰掛け、ポケットの中に入れておいたルーズリーフを取り出した。誰にも見られない場所で、忘れないうちに今聞いたことをメモしておきたかったのだ。
・サッカー部内でいじめはある。下手なやつほどバカにされやすい。
・この間、部室に置いてあったスパイクが破壊される事件が起き、ミーティングで問題となった。加害者は古村、被害者は非公表と発表。
・誰が被害者なのかはわからないが、いじめられていたとすれば、2年生の中で一番下手なディフェンダーの久保(1年生の間でもネタになっている)。
一昨日までに書いたメモと併せて読んでみる。確か峰岡の仮説で検証すべきポイントが3点あった。この回答はそのうち2点には上手く答えてくれそうだけど……ま、俺の足りない頭でうだうだ考えるよりは、峰岡と話しながら検討したほうが良さそうだな。俺はメモをきれいに折りたたんでポケットにしまった後、美術室へと向かうことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます