3−5


「1点目、古村くんが、次の大会のスターティングメンバーに選ばれていたにもかかわらず、大会前に辞めてしまったというのは事実と考えて良いでしょうか」


「そうだと思う。スタメンだったってのは顧問の池川も言っていた。部活を辞めてなければ、昨日、まだ練習が終わってない時間に学校の外にいることはなかったと思う」


「そうでしょうね。3年生もいるのに2年生でスタメンに選ばれているわけですから、相当努力されたんだと思います。にもかかわらず、その役目を放り投げて、退部したと。これは奇妙ですね」


 そこで峰岡は一呼吸置いた。


「2点目、サッカー部の中で『いじめ』と評してよい行為が行われていたのも事実だと思います。これが嘘だったとしたら、サッカー部に関する虚偽の悪評をサッカー部員自身が広めていることになります。大会前の大事な時期にそんなことをする自然な理由が思いつきません」


「確かに、そうだな」


「3点目、これが木下くんの一番気にされているポイントですが、古村くんが辞めた理由として流布している事柄です。顧問の池川先生は何も言っていませんが、古村くん自身と部員の城崎くんと小林くんは、部内のいじめの首謀者であったことが原因だったと言っていますね。この点について各々の供述に特に食い違うところはありません。ですが、これは木下くんの持つ古村くんの人物像と食い違っている、ということですよね」


 俺は黙って頷いた。それを見て峰岡は満足そうに頷き、話を続けた。


「4点目。ここまでの経緯を聞いて私が一番気になったところなのですが、4人それぞれの態度や立場を踏まえると、全員の供述が信用できません。何か裏がある気がします」


「えっ……どういうこと?」


「まず、池川先生です。古村くんが本当に上手だったのか下手だったのかはさておき、次の大会のスタメンだったんですよね。ということは古村くんが試合の戦略に組み込まれていたはずですし、彼がやめるとなれば大会直前になって戦略を組み替えなければならなくなります。まともな指導者なら、そんなリスクはとりたくないはずです。だから、古村くんが大会前というタイミングで自分から突然退部すると言い出したのが本当なら、引き止めないわけがないですし、少なくともその理由を尋ねないわけがありませんよね。

 でも、池川先生は『知らない』と答えたんですよね。『知っているが、言えない』とかではなく。ぶっきらぼうな話し方をする人だというのは私も知っていますが、その言い方は何かを隠している感じがしますね」


 俺は息を呑み込んで頷いた。担任なので話し方に慣れすぎていて違和感を覚えていなかったが、確かに「知らない」という表現はおかしい。


「次に城崎くんと小林くんです。彼らは古村くんが退部したことと、その理由を積極的に部外者に広めようとしているように見えます。だから教室にいる他の人にも聞こえるような声で話したり、そこまで親しくはない木下くんにもペラペラと喋ってくれたんですよね。

 でも、よく考えてみて下さい。これはれっきとした不祥事です。さっきも言いましたが、大会前の大事なタイミングで、自分の部が不祥事を起こしていたことをわざわざ広めようとするものでしょうか」


「ほんとだ……いじめが発覚したことが原因で大会の出場取り消しになる、みたいなこともありうるのにな」


「その通りです。加えて、古村くんとその被害者のあいだのちょっとした諍い程度ではなく、と評していいような大規模ないやがらせが行われていたのに、城崎くんや小林くんが気づかないことや全く関係してないなんてことがあるでしょうか。

 私ならこう疑ってしまいます。この2人は、いじめの首謀者が既に部とは関係のない人物であることを広め、自分たちには責任がないことを強調しようとしているのではないでしょうか。もっと疑うなら、実はその2人がいじめに関与していたことを隠そうとしているのではないでしょうか。これは古村くんが、その2人が特に言いふらしていると思っていたことと整合します」


 俺は舌を巻いた。本当にその通りだ。どうして俺1人では思いつかなかったんだ。


「最後に、これが1番おかしいと思ったのですが、古村くん自身の供述です。古村くんは、木下くんが自分の状況について何も知らないということを確認した上で、自分がいじめの首謀者だったから部活を辞めたと明言したんですよね。仮に、古村くんがいじめに関わっていたのが事実だったとしても、普通だったらこういう後ろ暗いことは隠すものだと思いませんか。相手が何も知らないのならなおさらです。『首謀者』なんていう強い言葉まで使って、まるで自分ひとりで罪をかぶろうとしているかのようにも見えます」


「た、たしかに……」


「以上の点を確認した上で、ここからは私の仮説です」


 そう言ってから峰岡は、右手で左肘を抱え、左手を口元に当て、深く考え込むようなポーズで天井を見つめた。


「サッカー部の中でいじめがあったのは事実としましょう。それが何らかの事情で白日のもとになり、大会への参加が危ぶまれたとします。そこで、部内では、古村くんを首謀者に仕立て上げ退部させることで、体面を整えることにした。だからサッカー部員たちは饒舌にその情報を流し始めた。そして古村くん自身もそのことに納得し、自らその風説を広めることに加担している。古村くんはこのことを気取られないために、木下くんに『知るべきではない』といった――こうだったとすると『人のためなら平気で自分を犠牲にするような奴』という、木下くんの人物評とも整合的です」


「それだ! 俺の知ってる修二ならそう振る舞う!」


「いえ、これはあくまで仮説にすぎません」


 俺は興奮して大声で相槌を打ったが、峰岡は冷静な声でそれを否定した。俺が首を傾げると、峰岡は少し微笑んでから言葉を続けた。


「この仮説が正しいと言うためには、もう少し検証してみないといけないところが3つあります。まず、どうしていじめが起きていることが明らかになり、大会への参加が危ぶまれるまでの一大事になったのか。城崎くんと小林くんは嫌がらせや陰口だったと言っていましたが、単なる陰口や仲間はずれ程度であれば、あんまり考えたくない可能性ですけど、部内でもみ消して大会にしれっと参加することもできたはずです。それができないほど、いじめがあったと認めざるを得ないような明確な根拠があり、大会の主催者へ通報されれば一発でアウトになるような何かが起きた――それが何だったのかを特定しないとこの説は破綻します」


「なるほど。暴力事件とか、部費が盗まれたとか、持ち物が破壊されたとか、何らかの実害の痕跡が残るようなことが起きないと、そこまでの問題にならないはず、ということか」


「その通りです。仮に、そういう大ごとが起きていたとすれば、私たちもその根拠を辿れるかもしれませんね。

 もう一つは、どうして首謀者に仕立て上げるのが古村くんでなければならなかったのか。サッカー部には部員がたくさんいますし、同学年でスタメンに選ばれておらず、辞めても大会に影響を与えない人もいたはずです。でも責任をとるべきスケープゴートに選ばれたのはスタメンの古村くんだった。これはなぜか――普通に考えれば、古村くん自身が首謀者と呼んで差し支えないほど積極的に関わっていたからだと思いませんか」


「それは……」


「そう、木下くんのいう『仲間思いの奴』という人物評と噛み合わないですね。もちろん木下くんの評価が誤っているか、古村くん自身が変わってしまった可能性もあります。ですが、そのどちらでもないとしたら、何か別の理由があるのかもしれません」


 そんな理由がありうるのだろうか。俺は「うーん」とうなりながらほんの少し考えてみたが、特に思いつかなかった。その様子を見透かしたように、峰岡は言葉を続けた。


「そこにも関わってくるのが、最後のポイントです。あれだけ饒舌に自分たちの不祥事を広めているサッカー部員たちが、一様に口をつぐんでいる点があります」


「誰がいじめられていたのか、か」


「正解です。私の仮説が正しければ、被害者さんはサッカー部を出場停止に追い込むカードを持っています。自分をいじめていた部員たちに仕返しをすることができるんですよ。にもかかわらずそれをしない。そこにはきっと何か理由があると思うんです。部員たちもその状況がわかっているから、被害者さんをこれ以上刺激しないために口をつぐんでいるんじゃないでしょうか。被害者が誰で、なぜ自分の受けた仕打ちについて黙っているのかが明らかになれば、真相に一歩近づけるかもしれません」


 峰岡は最後まで言い終わってから「ふぅ」と大きく息を吐き出した。推理に一段落ついたみたいだ。俺は頭を下げた。


「ありがとう。俺1人じゃ整理できなかったし、たったこれだけの情報から仮説を立てることもできなかった」


「いえいえ、お安い御用です」


「その仮説を検証するために情報を集めてみようと思うんだけど、これ以上どうやって供述を聞き出せばいいと思う? 同学年のサッカー部に内部事情をしっかり話してくれそうな友達はいないし、峰岡の推測どおりならおそらく城崎や小林と同じような解答が返ってくるはずだよな」


 そう聞いてみると、峰岡はまた口元に手を当てしばらく考えるようなポーズをして、それから口を開いた。


「そうですね……サッカー部の内部事情に詳しくて、かつ今回の大会に関わってなくて利害から離れている人なら、ちょっと違う角度から情報をくれるかもしれません」


「そんな奴いるのか」


「うーん、例えば、サッカー部の1年生です。1年生なら今回の大会には関わってないんじゃないですか。部内でこの案件について箝口令が敷かれている可能性が高いですが、まだ入学して半年も経ってないこの時期なら、上下関係に対する意識が弱くて、口を割ってくれるかもしれません」


「なるほど、だけど……」


 俺が言いよどむと、峰岡は「フフン」と息を漏らした。


「どうやって声をかければいいかわからない、でしょう? 確かに知らない上級生から話しかけられて、心を開いて話してくれる1年生はいなさそうですね」


「なんでわかったんだ」


「木下くんが私に言うことはだいたいわかってきましたよ。木下くんは情報を聞き出すためにここまで池川先生や小林くんにアプローチしていますが、木下くんが古村くんの友達を名乗って事情を嗅ぎ回っていることが目立ちすぎると、古村くんにも迷惑がかかるかもしれないですしね。少し細工をしたほうが良いと思います」


 俺は舌を巻いてしまった。俺もその点は心配していたが、そこまで読んでいたとは。俺が相当間抜けな顔をしていたのか、峰岡はクスクスと笑った。


「心配しなくても、ここまで来たら手伝いますよ。私に考えがあります」


 そう言って峰岡は腕まくりをした。


(第3話 おわり)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る