2−3

 そんな話をしながら漫然と歩いているうちに、近くの河川敷にたどり着いた。時刻は17時をまわっており、日が落ちかかっている。夕暮れの河川敷を可愛い女子と2人でといえば誰もが憧れるシチュエーションかもしれないが、ゴミ拾いなので情緒もあったものではない。まあ峰岡は可愛いので、2人ですごせるのは、はっきり言って満更でもない。


 河川敷ならポイ捨てしてもよいという雰囲気があるのか、ここにたどり着くまでに歩いた街中よりも心なしかゴミが多い。目に見える範囲でも、缶やペットボトルが大量に見える。これくらい落ちていればゴミ拾いのしがいもあるというものだ。俺たちと同じ制服を着てゴミを拾っている2人組も何人か見える。


 早速見つけたコンビニの菓子パンの包み紙を拾ってゴミ袋に入れている峰岡に、続きを話した。


「女子だと……大畑美月ってやつがいてな。知ってる?」


「名前は。話したことはないですけど、同じ学年の女子バスケ部の方ですよね。小学校の時、お友達だったんですか?」

 

 やっぱり名前は知っていた。美化委員会の集まりで1回自己紹介しただけで俺の名前を記憶していたような奴だから、当然と言えば当然か。


「うん。バスケ部で、見てくれもいいから結構カースト上位だと思う。あいつとは小学校低学年からの幼馴染で、よく遊んでたんだ。サバサバした性格だったし、接しやすかった。だけど中学に入った途端、カースト下位になった俺を避け始めて、全く話さなくなってしまった。俺のこと、コータローって呼んでたのに、『キノコ』って呼び始めたし」


「『キノコ』って?」


「中学についてからついた俺のあだ名だ。木下幸太郎、略してキノコだ」


「なるほど……髪型がそれですから、見た目も似てますしね」


 そう言ってから峰岡は「しまった」という顔をした。俺は顔をひきつらせた。普通にショックだ。やっぱ髪型変えようかな。峰岡は顔を赤らめながら、誤魔化すように言った。


「あ、でもその髪型かっこいいですよ」


「お世辞はいいよ。中学デビューだと思って変えたんだけど、似合ってないだろ」


「でもでも、大畑さんが木下くんを避けてるのは、カーストだけの問題じゃなくて、思春期ですし、男の子に話しかけにくくなっただけなのでは」


「それもあるかもしれないけど、だからと言って……うん」


 言いそうになった言葉を、咳払いで止めた。この話を峰岡にしたところでどうともならない。っていうか「似合ってないだろ」の方を否定してほしかった。自分で言うのは良いんだけど、人に肯定されてしまうのは精神的にくるものがある。


 俺と美月の間に、思春期もクソもないと思う。俺はあいつに対して恋愛感情を抱いたことはなかった。小学校の時好きだった女子は別にいた(が、私立中学に行ってしまった)し、美月もそのことを知っていた。俺はあいつのことを普通に仲の良い友達だったと思っていたし、あいつも俺のことをそう思っていただろう。というか特に人間的魅力のない俺という人物を好きになる理由がない。だからあいつと話さなくなったのは、スクールカーストのせいが大きい。多分。そんなことを入学して以来ずっと考えていた。だけどこんなことを言っても仕方がない。大事なのは、美月とはもう話さなくなってしまったという事実だけだ。


 俺は唾液を飲み込むため少し黙り、そのついでに足元に落ちていたスーパーの特売のチラシのような物体を拾い上げた。燃えるごみを持っていたのは峰岡だったので、峰岡がゴミ袋を広げる。俺はそこにゴミを入れながら、口を開いた。


「他には、そうだな、古村修二こむらしゅうじって知ってるか」


「お名前しか知らないです。同じ学年の人ですよね」


「名前は知ってるのかよ……修二はサッカー部だ。中学に入学する前、修二が、ゆるく楽しめそうだから卓球部に入るって言ってたから、じゃあ俺も卓球部に入ろうと思って部活届を出したんだ。だが、あいつは俺には黙ってサッカー部に入った。俺は強豪チームに入ってガチで練習するのが嫌だったし、修二を追いかけて入るのも迷惑だろうと思って入らなかったんだけど、そこでカーストに大きな差がついた」


 1年生の、ほんの最初のうちは一緒に遊んでいた。だが、あいつの練習が忙しくなると付き合いが悪くなり、今はもう連絡もとっていない。


「なんで急に変えたんでしょうね?」


「はっきりとは聞いてないけど、本人が事後に言ってたことをまとめると、やっぱりサッカーが好きだからやりたいってのが一番だと思う。あと、俺よりは体面や世間体を気にする奴だから、卓球部に入るとダサいということに気づいて避けたんだろうな」


「そのスクールカースト、木下くんが自意識過剰なだけで、単なる思い込みかもしれないと思ってましたけど、それを聴くと結構きちんと共有されてるみたいですね」


 峰岡さん、それはそうなんですが、そんなにはっきり言わなくてもよろしいんじゃないでしょうか? 俺のそんな無言の抗議を峰岡は無視した。


「古村くんはどんな人だったんですか?」


「そうだな……絵に描いたようなクラスの人気者だったぞ」


 俺は修二のエピソードを思い返す。


「修二は、いつもクラスの中心にいて、リーダー的な役回りをするやつではないんだけど、人に好まれる存在だったな。例えば、冗談を言ったり、あだ名をつけたりとか、そういうのが上手かったな」


「そういう人、どのクラスにもいますよね。ムードメーカーというのでしょうか」


「そう、それだ。典型的なムードメーカー。だけど、いつも他人を利するやつだった。校庭でみんなでサッカーをしていて、誰が蹴った球だかは分かんなかったんだけど、飛んだ方向が悪くて校長室の窓ガラスを割ったことがあったんだ。校長先生、声がでかくて怖いから、みんなビビってさ。そのとき修二が1人で謝りに行くって言い出したんだよな。結局、俺と2人でいったんだけど」


 あのとき、俺たちの想像に反して、校長先生はそんなに怒らなかった。それどころか正直に謝りにくることの出来る君たちは偉いと褒められたのを覚えている。悪いことしたとき、ちゃんと謝るのは、実はそんなに簡単なことじゃないからな。でも修理代金の請求はしっかり親にいった。それで親に滅茶苦茶怒られたので、克明に覚えている。これだからきれいごとをいう大人は嫌いなんだよ。


「あとはあれだ。遠足に行った時、誰が一番最初に山頂につくかで勝負したんだよ。だけど俺が足をくじいてさ。あいつは勝負を捨てて、俺の荷物をもって、一緒にゆっくり歩いてくれたんだ」


「本当に、絵に描いたような善人ですね」


「そう、仲間思いの奴で、人のためなら平気で自分を犠牲にするような奴だったんだ」


 俺は見つけた缶やペットボトルを片っ端から袋に入れていた。缶とペットボトル、それぞれの袋が半分くらい埋まったところで、峰岡に「戻ろう」と声をかけた。峰岡も燃えるゴミに半分ほど、燃えないゴミに3分の1ほどゴミを詰めていた。


 帰り道、すこし話しすぎたと思ったので口を閉じて歩いていたら、峰岡が突然こんなことを言い出した。


「ところで、間違いだったらごめんなさいなんですが、最近、私のことストーキングしてませんでした?」


「えっ? な、なんのこと?」


 俺は驚いて心臓が跳ね上がった。何とかしらばっくれたような言葉を出すことができたが、ギリギリだった。


 なんでバレたんだ。俺はここまでの自分の行動を反芻する。休み時間中に読書ばっかりしていることを指摘したことが悪かったのだろうか。しかしあれは偶然目に入っただけだと弁解したはずだ。


「ストーキングってあれだよな。追いかけ回したり、盗撮したりとか、そういうことだよね。そんなことしてないぞ」


「ストーキングという言い方は悪かったかもしれません……すいません。ですが、私のことかなり詳細に観察してたんじゃないかなって思ったんです。違いますか?」


「な、なんでそう思ったの」


「言動からの推論です」


 そう言って峰岡は、あの美術室で見せたのと同じ表情で、微笑んだ。

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