明智光秀は信長でシコってた説

安川某

明智光秀は信長でシコってた説

 ふといつものように朝の散歩をしていたら、奇妙な生き物を見かけたので家に持って帰った。


 子どもの頃母に買ってもらった図鑑で調べてみると、どうやら明智光秀という生き物らしい。


 母も光秀を見かけたのは小学生のとき以来だというから、とても珍しい生き物なのだろう。


 私はそんな物珍しさについ浮かれてしまい、光秀を飼うことにした。


 まずは住む場所を作らねばと思い、倉庫の奥で埃をかぶっていた水槽を取り出して、綺麗な水を溜めて光秀を泳がせてみた。


 光秀は「アアン、アアン」と喘ぎながら気持ちよさそうな様子だった。


 さて餌も与えなくてはいけない。でも明智光秀は何を食べるんだろう?


 ちょうど台所に”きんかん”があったので、それを与えてみた。


 光秀はきんかんが大層気に入ったようで、「イクイクイク」と嬉しそうだった。


 こうして光秀を眺めていると、思い出したことがある。


 小さい頃飼っていた柴田勝家と村井長頼のことがふと頭に浮かんだのだ。


 勝家はとても元気だったけれど、切腹してしまった。長頼はとても地味な子で、気がついたら消えてしまっていた。


 それっきり戦国武将なんてもう飼わないと心に決めていたのに。時の流れとは不思議なものだ。


 ふと母が「散歩でも連れて行ってあげたら?」と言ったので、私は光秀を連れて散歩に出かけることにした。


 光秀を抱き抱えると、夏場だからか少しヌルヌルして、むわっと臭った。戦国臭とでも言えば伝わるだろうか。


 でもどこかそれが可愛らしくも思えて、散歩に出る私の足取りはとても軽いものだった。


 そういえば、と思い立って、私はあそこに行くことにした。


 いつもならば気にもしなかった場所だけれど、今なら足を運んでみたいと思ったのだ。


 そこはいわゆる”戦国武将ラン”と呼ばれるだだっ広い公園のような場所で、主に奥様方が自慢の戦国武将を連れては交流させたり、自由に走らせたりしている所だ。


 そこへ私は光秀を連れて少し遠慮がちに入ってみたのだけれど、本当に面白い光景が広がっていた。


 例えば綺麗な若奥様が連れていたのは長宗我部元親。この子には逸話があって、飼い主は四国を統一できるという。確か図鑑にそう書いてあった。


 そこのマダムが連れているのは母里太兵衛。股間の槍に自信がある剛の者だという。


 あそこで気取っているのは大久保長安で、あそこの地味なのは、なんだっけ、池田……なんとかだ。


「イクイク」


 突然光秀が反応を見せたので私は思わず驚いた。


 どうしたのかと尋ねると、光秀は私の手を引っ張って走り出した。


「待て、光秀早まるな。功を焦るな……!」


 私はそう言って止めようとしたが、光秀は止まらない。


 そして光秀はある戦国武将の前でぴたりと立ち止まったのだ。


「あれは……」


 私が光秀の目線の先を追うと、見覚えのある織田信長がいた。


 わりとよく普段見かける方の織田信長だった。本能寺で死んでるタイプの織田信長だったのだ。


「上様ぁ! 上様ぁ!」


 周りの奥様方が口々にそう叫ぶと、上様と呼ばれた信長は「で、あるか」と言った。


 その時の光秀を、私は生涯忘れられない。


 光秀はシコってたのだ。


「おいやめろ」


 私はとっさに光秀の体を掴んで後ろに引き戻した。


 いったい突然何が起ったのか。私は状況を理解するのに苦心した。


 光秀も動物だから、これはきっと本能がそうさせたのだろう。


 本能……そう、本能寺ってやかましいわ私は一人でそう突っ込むと光秀の紐を引いて帰路についた。


 家に帰って食事を済ませてから光秀の様子を見に行ったときだ。


 光秀は床にうずくまって動かなくなっていた。


「光秀……?」


 なんだ、どうしたのだ。


 食べさせる物が悪いのか? それとも今日一日で疲れたのか。栄養が足りない?


「一体何が足りないんだ光秀? 武功か? 武功が足りないのか?」


 テレビで観たことがある。戦国武将は武功を摂取しなければ衰弱し、やがて死んでしまうのだと。


 このままでは光秀が。なんとかしなくては。


 私は震える手足をなんとかこらえて、カインズホームへと向かった。


「2800円の武功をください」


 こうして光秀は元気を取り戻し、またいつもの日々が始まった。


 はずだった。



 光秀のお腹に赤ん坊ができたのだ。


 いったい、いつ。


 間違いなくあの戦国武将ランに連れて行ったときに違いない。あのとき私の目が離れた隙に、男色にふけったのだ。


「キュウン、キュウン」


 光秀は苦しそうな声を出しながら、ニヤニヤ笑っていた。


 やれやれ、と光秀を見てそんな感情が沸き起こる自分に少し驚いた。なるほど、これが情というものなのか。


 光秀がいっそう苦しそうな声を上げだす。


「産まれるのか!? 光秀!」


 光秀は両足を大地にしっかりとつけ、出産の陣形をとり、大いに力んだ。


 これが武将の出産なのか。私はこんな状況でも好奇心を刺激されてわくわくしていた。


 ブリブリビチビチィブリブリ!


「オギャー、オギャー」


 光秀はそう口で言いながら、こちらを見てニヤリと笑った。


 フェイントだ。光秀のやつ、フェイントを私に。


 その後三時間くらいして飽きてきたころにやっと本当に子供が産まれた。


 産まれた! ついに赤子が産まれた!


「やったな光秀! やったなあ!」


 その日私は光秀とその子供が寝付くまで、ずっとそのそばにいてやった。


 そして穏やかな寝顔を見てから、私は床についたのだった。



 その翌朝、光秀は冷たくなっていた。

 安らかな顔をして、まるで眠っているかのように。


「みつ、ひで……?」


 信じられない気持ちだった。どうして、なぜ。武功は確かに足りていたのに。


 命あるものはいつか旅行く。


 わかっていたはずだった。こうして別れが訪れる日が来ると。


 光秀と過ごした三日間は、本当に素敵な毎日だった。


 それに私は命の大切さを彼から学んだのだ。


 明智の明けは夜明けの明け。


 智はちくわの智。


 光秀……。



 子供はそのあと保健所に引き取ってもらった。


 おわり

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