後編


      × × ×     


 六時前に全員が集まったところで主催者を名乗る男から挨拶があった。楽しんで欲しいとのことだった。

 次に一人ずつ自己紹介を促され、まず女性陣からそれぞれなりに話をしてくれた。


「村中久子です。友達からはキューコって呼ばれてます。二十五歳になったばかりの医者の未熟児です。休みの日はマーベル映画ばかり観てます。今日は面白い趣向のコンパなので楽しみたいと思ってます!」


 大まかにこんな具合だ。

 十人目の女子――両目が同時にめばちこ(ものもらい)になってしまったせいで、おのずと二つの眼帯を付けて来るはめになった可哀想な子の話が終わると、続いて男性陣が立ち上がった。


「あっ。えーと。平井純二といいます。二十七です。こんなんですけど男です……今日は仲良くしてもらえる人を探しに来てますので、どんどんお話させてもらえると……ですね……仕事は建材の営業やってます……」


 なぜか指先に髪をくるくると巻きつけ始める平井さん。

 いつもとは見られ方が違うせいか、はたまた本物の女性たちへの引け目か。彼以外もみんな恥ずかしがっており、照れながらの自己紹介となった。


 かくいう俺も平井さんと大差ない感じになってしまった。

 しかも途中の奴が照れながらも何とか爪痕を残そうとバストサイズを自慢気に発表しやがったため、そういう流れができてしまい、余計に恥ずかしい目にあった。

 あーくそ。恥辱のあまり噛んでしまった舌がヒリヒリする。またキズができたじゃねえか。


「こんちゃ! 高岡悠平です。いやーどこを見ても女子ばかりでいいですね! やっぱ絵面がね! もう男どもはみんなそのまんまでいいんじゃないのと思うよね。まー残念ながら今夜だけ、だからこそ精一杯に楽しみたいと思っております。よろしく!」


 ちなみに俺の前に立ち上がった高岡は平然としていた。

 名前以外の情報をあえて伏せることで「何歳なの?」「何やってるの?」「ブラは?」と話しかけてもらいやすくなるが、代わりに空気が読めないと思われかねないハイリスク・ハイリターン戦術を用いているあたり、こんな場でも本気で恋人を探すつもりらしい。


 自己紹介が終わり、ビュッフェ形式の夕食が始まると、高岡はおかず選びにかこつけて村中さんなど色んな女の子に話しかけていた。


「ねえねえ。どれが美味しいかな。味覚が変わってるかもだから参考にさせてもらいたいんだけど!」

「まだ食べてないから……どれも美味しそうだね」

「だねだね!」


 普段なら俺も便乗するところだが、今日は相変わらずそんな気が沸いてこない。

 食欲のほうは旺盛だったので旨そうなものを片っ端から持ってきたら、いつもの半分も食べられずにギブアップしてしまった。

 女性のほうが少食なのは本当のようだ。


 残り物をさりげなく高岡の皿に移してから、腹ごなしに食堂の外に出てみると――さっきのヘッドホン女がいた。

 正しくは男だったか。名前は田代たしろ。まさか自己紹介の時でもヘッドホンを外さない奴がいるとはな。しかも名前しか言わずに座ってしまう始末。

 今はベンチでスマホをいじっていた。ジャカジャカと音楽を漏らしている。

 たまに何をするにも作業用BGMがないと発狂してしまうタイプの奴がいるが、こいつもああいう手合いなんだろう。

 時折、食堂の中をにらみつけているのが気に入らない。

 まさか輪に入れなかったのを恨んでいるんじゃないだろうな。


「……おい。そろそろ戻らないとイベントやるみたいだぞ」

「誰?」


 田代はヘッドホンを外す。


「参加者の青木だ。さっき自己紹介しただろ」

「そう……別に気にしてくれなくていいよ。ボクはここで見張ってるから。青木さんは良い人を見つけてきなよ。ただキューコには手を出さないでね」

「キューコって村中さんだよな。なんだ狙ってるのか?」

「同じ病院で生まれてからずっとね。ボクの幼馴染なんだ。ずっと好きなのに応えてくれなくて……伝わらなくて……ううっ。また他の男とべたべたしちゃって……」


 人を呪うような目を食堂に向ける田代。

 見れば村中さんと話しているのは対面の高岡だった。やけに盛り上がっている。あの感じは高岡の十八番・川に落とされた話だな。


「やっぱり止めるべきだった……外は狼ばかりで危ないんだから、キューコはずっと家にいるべきだよ……ボクというものがありながら……!」


 キリキリと爪を噛んでいるのが妙に似合っているが、放っておくとヤバそうな気もする。

 というか、こいつ好きな子についてきただけなのか。そりゃ他の奴と交わるつもりがないわけだ。なるほどな。ちょっと切ないな。


 俺は田代を手助けしてやりたくなった。

 今はやましい気持ちが沸いてこないし、こいつも中身は男なんだが……ぶっちゃけ見た目だけは好みのタイプだからだ。顔立ちがずば抜けてドンピシャ。特に目から鼻の形。スタイルも良いし。黒い服と胸の膨らみの相性は個人的にはビールと焼肉を超える。チビなのも良い。良さが極まっている。

 あとは何より、高岡に恋人作りで先を越されるのを看過できない。


「田代、村中さんを守りたいならこんなところに居ても何にもできねえぞ」

「え……でも合コンの時にキューコに話しかけたら怒られるし……ついてきた時点でわりとアレだし……」

「話し相手なら俺がなってやる。あと手助けもしてやるよ。任せろ」

「……ありがたいけど、なんで?」

「あそこにいる高岡って奴が村中さんを狙ってやがるからな。高岡駆除の専門家として黙って見てられねえ」

「あ、君も高岡さんのことが好きなんだね?」

「ちゃうわ! 俺もあいつも男だ!」

「青木さん、声が大きい」

「あっ」


 気づけば、周りの学生たちが一様に俺たちを見つめていた。

 ギョッとした目に耐えきれず、俺は田代の手を引いて食堂に戻る。



     × × ×



 食堂では夕食が終わりを迎えつつあった。

 代わりにスタッフがビールサーバーを持ってきており、ここからはお酒を入れていく形になるようだ。缶チューハイやハイボールなども用意されている。

 スタッフに促される形で参加者が酒を取りに向かうと、その隙を突く形で長机が取り払われていた。

 椅子は円を描くように配置されており、小学生がフルーツバスケットでも始めそうだ。


「今からフルーツバスケットをしてもらいまーす」


 本当にするのかよ。

 あえてなんでもバスケットを避けたのは下ネタばかりになるからか?

 スタッフの指示で「男」「女」「男」「女」の順で席につくと、さっそくスタッフから「中身が男性の方は移動してください!」と声が飛んできた。

 お酒を片手にぞろぞろと別の席に移っていく俺たち。慣れない衣服と靴なのもあって足取りは非常にゆったりしている。


「よっこらしょっと。こんばんは」

「こんばんはー」


 新しい席で左右の女性に挨拶をしてから、次の指示を待っていると……スタッフから次は五分後との説明があった。

 なるほど、色んな人と話せるようにしているのか。上手いやり方だな。


「次は中身が女性の方!」

「次は見た目が女性の方!」


 コールがあるたびにぞろぞろと歩き回る。

 たまに全員移動があるおかげで話を途中で切り上げることへのやましさが和らぐし、かなり仲良くなったなら示し合わせて近い席に行くこともできる。

 高岡なんかは「男性」コールの時に村中さんの右隣と左隣を行ったり来たりしていた。ルールで同じ席にはいられないから、あれも一つの手なんだろう。

 それなりに弾力性もあって面白いアトラクションだが……一つだけ問題点があるとするなら席順によっては話題に入れない可能性があることだ。


「…………」


 田代の左右の女性たちはそれぞれ田代とは反対方向の人たちと極めて仲良さそうに会話していて、田代が介入できるような状況ではない。

 当の田代も村中さんと高岡を凄まじい形相でにらんでいるので、とても話しかけてもらえないだろう。

 仕方ない。約束通り助け船を出してやろう。


「次は中身が男性の方! どうぞまだ話していない方のところへ!」


 スタッフがコールを飛ばす。

 俺はそれまで話していた人たちに会釈してから、まずは田代に近づいた。


「来い!」


 そして彼の手を引っぱり、村中さんのところに向かう。

 立ちはだかるのは高岡だが、長年の付き合いで対応策はいくらでも浮かんでいた。


「おい高岡、さっきスポナビを覗いたらオリックスの先発が打ち込まれてたぞ」

「ええっ!? 榊原さかきばらが西武打線に!?」


 咄嗟にスマホを取り出した高岡の隙を突いて、俺たちは村中さんの左右に腰を据える。

 高岡が気づいた頃には、すでにほとんどの席が埋まっていた。おうおう。わかりやすく地団駄を踏んでくれちゃって。

 突然の選手交代に村中さんは困惑気味だった。


「あれ、青木さんったら急にどうしたの?」


 やべえ。特に言い訳とか考えてなかった。ただ高岡を弾き飛ばしたかっただけだ。村中さんに用はない。


「……あー。実は村中さんのお友達と仲良くなれたから、ぜひとも田代くんの昔話を聞かせて欲しいんだよ」

「え……こいつの? ただの年下の幼馴染で弟みたいな奴だよ。いっつも後ろをついてくるのは昔から変わらないかな。こんなところにも来ちゃってさ。どうせジャマしに来たんでしょ?」


 迷惑そうにしながらもまんざらでもなさそうな村中さんに、田代はちょっと安心したような笑みを浮かべる。

 たしか『キューコは合コンの時に話しかけたら怒る』とか言ってたから、自然な形で近づけるのが嬉しいのかもしれない。何にせよ俺の役目は果たせたわけだ。


「でも珍しいね、私以外にはちっとも懐かないのに。ねえ、あんたに友達できるなんて小学校以来じゃない?」

「そんなことない……卓球部の小野寺とかいたし」

「あーいたわね、あのスーパーウルトラ陰キャくん」


 楽しそうに昔話に華を咲かせる二人。

 仮にも話を振った身なので、俺もそれなりに相槌を打っていると……村中さんの向こうから、田代が『ありがとう』と声を出さずに穏やかに笑いかけてきた。

 俺は慌てて顔を背ける。

 あぶねえ。あの薬を飲んでいなかったら確実に落とされていた。何なら死ぬ気でお金を稼いであの薬を手に入れて、田代に無理やり飲ませかねないぞ。パッションのままに罪を重ねてしまいそう。なんて罪作りな女(男)だ。


 パッション――今さらだが、せっかくの街コンなのに全く食指が動かないのは、パッションの根元となる器官が存在しないからかもしれん。

 性欲が介在しないかぎり女性に興味を持てないというのは、我ながら動物的・非プラトニックで好ましくないが。

 その点で、高岡や田代はまとも……なのか? でもあいつらも不特定・特定の女だけを狙っているよな? 同性は相手にしてないよな?

 ならプラトニックってなんだ? んんん?

 よくわからなくなってきた。


「次の移動が最後になります! みんなで動いてください!」


 のろりとみんなが立ち上がる。何度もやってきたのでお疲れ気味だ。

 例外として高岡だけは素早い足取りで村中さんの右隣に陣取り、田代も負けじと左隣を確保している。見た目は三人娘だが、実際は村中さんの逆ハーレムだ。

 俺は適当な席に腰掛けてから、スタッフに声をかけてビールを持ってきてもらった。どうせ今のままでは出会いを求めるなんて不可能なんだ。じっくり三角関係を観戦させてもらおうじゃないか。


「あ、あの。あなた女性ですよね?」


 いきなり隣の奴から声をかけられた。

 赤ぶちメガネが、亜麻色のミディアムヘアに映える。平井さんだ。


「いや、俺は男ですが」

「あっ失礼しました。なかなか覚えきれなくて。ほんとすいません」


 平井さんは恥ずかしそうに缶チューハイを口にする。

 もし俺が「女性です」と答えていたら、どうするつもりだったんだろう。口説くつもりだったのか。

 若干気になるが――よくよく考えれば「男性ですか?」と訊ねた相手が女性だった時の居たたまれない空気を避けたかっただけかもしれん。失礼極まりないからな。


「いやはや……もう終わりに近いようですが、なかなかこの身体では好みの女性を見つけるのは難しいですね」


 平井さんは自分のスカートを見つめる。ピンクベージュのワンピース。肩にかけた白いストールが上品だな。


「ああ……わかりますよ、平井さん。イベントとしては面白いですが、街コンとしては及第点ってところでしょうね」

「自分も同意見です。さっきスタッフさんにお話を伺ったのですが、どうも男性恐怖症の女性でも参加できる街コンを試してみたかったそうですよ」

「へえ、なるほど」


 そういう目的があったのか。だからといって完全にタダなのは怪しいから、やはりイベント自体は何らかの社会実験だと思うが……そんな『配慮』や『優しさ』は嫌いじゃない。

 どこを見ても、みんな和やかに会話しているのは良いことだしな。


「……ところで……えーと、山田……坂口……?」

「青木です」

「すみません。青木さんはこのイベントが終わったら、すぐに帰られますか?」

「えっ」


 俺は右手のビールをこぼしそうになる。

 いやだって。これはアフターに誘われているパターンじゃん。誘われてるじゃん。

 待て待て。スタッフの説明だと終わり際に必ず全員が復旧剤(元に戻る薬)を飲むことになっていたはずだ。

 つまり………………これはプラトニックなのか!?

 とりあえず答えないといけない。


「すぐには帰らないですが、俺ってマジで男ですよ? 良いんですか?」

「そうですか! なら二次会にも来られますね。さっきスタッフさんと女性陣が有志だけでやりたいと話をされていまして。ぜひぜひ青木さんも! あ、男なのはわかってますよ」

「あーなるほど……それなら行きましょうか」


 ビールを一気飲みする。

 変な勘違いをしてしまって恥ずかしい。ビールの水面に浮かんでいた自分はおそらく赤面していただろう。

 全く。街コンに来たのに男とばかり話すから変なことになる。もう女になるなんてこりごりだ。



      × × ×     



 午後八時半で街コンはお開きとなった。

 当然ながら、すぐに帰されるわけじゃない。スタッフからパンフレットのようなアンケート冊子と鉛筆を渡され、書き終わった人から例の個室に案内された。

 鏡と机だけの部屋。

 机の上には私服入りのカゴと、復旧剤の瓶がある。

 面倒なので説明の紙は読まない。一粒しか入ってないから平気だろう。

 アンケートに「衣服を破かないために必ず全裸になってください」とあったので、きちんと服を脱いで(少しだけ身体で遊んでから)、青色の錠剤をミネラルウォーターと共に飲み込んでやれば――また例によって平衡感覚を狂わされる。

 吐き気と体内の違和感を経て、気づけば俺の身体には懐かしいものが生えていた。ははは。また会えて良かった。

 俺は来た時の服に袖を通し、忘れ物を確かめてから、外に出る……前に、借りていた衣服の匂いを嗅いでみる。なるほどなあ。こんな感じだったか。

 もしここで勃起でもしたら純度100%の自慰だな。しょうもない話だが。


 今度こそ部屋の外に出ると、ちょうど高岡の奴も出たところだった。やけにすっきりした顔をしてやがる。


「ふぅ」

「おいお前……まさか……」

「なにさ。それにしても疲れたよね。とっとと二次会でマジ飲みしようぜー」

「お、おう」


 たしかにスポーツを終えたような疲れがあってビールが恋しい。

 一日の仕上げに楽しく飲むとするか。



     × × ×     



 どこの大学の周辺にも学生向けの飲み屋は存在するものだ。

 昔はよく行ったもんだな、お前あそこの川で落ちたんだよなと笑いながらのれんをくぐると、すでに村中さんを初めとした女性陣の姿があった。

 俺たちが復旧剤を飲んでいる間に彼女たちは乾杯のビールを飲んでいたようだ。別に気にしないが。


「じゃーん! 高岡です!」

「あーそんな感じなんだ! なんかわかる!」

「何がわかるのさ」

「全体の感じ? 思ってたよりマジメそうだねー」


 迷いなく村中さんの隣席に向かった友人に、俺もついていく。

 今ならパッションが復活しているので他の女性たちを狙いに行っても良かったのだが、村中さんの対面でスマホをいじっているパーカー姿の奴がちょっと気になったのだ。

 田代は初対面とは全くの別人だったが、紛れもなく田代だった。

 隣であぐらを組ませてもらうと、わかりやすく敵意を含んだ目を向けてくる。あの時と同じ目つきだ。


「ボクのキューコに近づくな、ってか」

「……あっ」


 田代はうってかわって友好的な笑みを浮かべた。

 村中さんより年下とは聞いていたが、この容姿だとまだ大学生かもしれないな。一部の女子からモテそうなヒョロヒョロっぷりだ。


「さっきはありがとう……いや、ありがとうございますと言うべきですか」

「別にいいさ。それより乾杯しようぜ」


 店員からビールを受け取り、村中さんや高岡を含めた四人でジョッキをぶつけ合う。

 他のテーブルにも続々と参加者やスタッフたちが集まりつつあった。

 予定の人数が集まったところで全体の乾杯が行われ、後はそれぞれで感想を言い合う形となる。一部のスタッフはその内容を机の下で必死にメモしていた。おいおい大丈夫なのかそれ。


「……青木さんのお友達、まだキューコを狙っていますね」


 ビールで赤くなった田代が、対面の村中さんと高岡をにらみつける。

 どうやら本気でアタックを始めているらしい高岡は、お得意の道化に徹する話術で村中さんや他の女子たちの笑いを引き出していた。

 だが……傍からはいまいち上手く行っているようには見えないな。残念ながら今のあいつはハイレベルな賑やかしに過ぎない。少なくとも男性として見られていない。これは致命的だ。

 あいつのことを好きになる子は決まって似たようなタイプ(母性の塊みたいな女性)だから、逆に言えば村中さんのようなタイプには波長が合わないんだろう。


「安心しろ田代。あれは連絡先を交換できてもそこで終わるパターンだ。デートまで持ち込めねえよ」

「ボクとしては連絡先の時点でアウトなんで……キューコのアドレスブックには村中家とボクだけで十分なのに……」

「仕事できねえだろそれ」

「医者なんて他の人がやればいいよ」


 そういえば、村中さんはあれで医者の卵だったか。

 まさか高岡の奴、学生時代からの夢・ヒモになるのを叶えるためにあんなに必死で話しかけてたりしないよな。

 もしそうだったとしたら、ちょっと引くぞ。


「キューコは仕事しなくてもいい。ずっと家にいてほしいから。何もしなくていい……」


 こいつは逆に村中さんをヒモにしようとしている。ロクでもない逆ハーレムだ。

 なんか首を突っ込むのがイヤになってきた。俺としては高岡に恋人作りで先を越されなければそれでいいわけだし。他はどうでもいい。

 話を変えてやろう。


「ところで田代、女性の時の俺はどうだった?」

「……さっきの青木さんなら、今より可愛かった」

「当たり前だろ」

「まあ、なんかこんな女の人もいるよねって感じだった。でも好みじゃないよ。ボクの好みはキューコだし」

「そうか……」


 若干だが悔しい気がするのはなぜだ。それがどうしたという話のはずだろ。くそっ。我ながらもう酔っちまってるのか。

 船に盛られたお造りをつまんでから、俺は田代の赤くなった顔を見る。あの時とは程遠い陰気ぶりだが、多少の面影は残している。


「お前の女の姿はすごい別嬪さんだったぞ」

「え、そ……そうなんだ」

「全てが俺の好みのドンピシャだったな。めっちゃ可愛かった」

「…………」

「スタイルも良いし、服も似合ってた。もしあの時の自分が女じゃなかったら絶対に狙ってたし、もう全力を尽くして土下座してても付き合ってくれってお願いしていたはずだぞ。そんでもって一年でゴールインだ。子供はできれば三人欲しい。そして幸せな家庭を築いてやる」


 我ながらスラスラと話が出てきた。

 それほどドンピシャだったから仕方ない。元に戻ってしまったのが惜しくてたまらないほどに。

 ほとんど残っていなかったビールを飲み干し、生中の追加を店員に伝えてから、田代のほうに目を戻すと――。


「え、あれ……」


 なぜか初対面の田代がいた。ショートヘアのチビっ子。ぶかぶかのパーカーが倫理を破壊しかねないほどに似合っている。というより何に袖を通しても似合ってしまうんだな。やばい。良さがオーバーフローしてやがる。

 そんなことより。

 今さっきまで元に戻っていたのになぜだ。わけがわからん。


「あれ、もしかして戻っちゃいました?」


 状況に気づいたスタッフの一人が駆け寄ってきた。他のスタッフや参加者たちも田代を見つめている。


「いやーたまにあるんですよ。ほら飲んでもらった薬の説明書にも書いてあったでしょう。稀に性別変化を繰り返すことがあるって」


 知らねえぞ、そんなの。

 なんで高岡は「そういやあったな」みたいに手を叩いてやがるんだ。お前絶対に読んでねえだろ。


「とりあえず健康被害はないので様子を見てから、あまりにも続くようでしたら病院に行ってみてください。大丈夫です。死んだりしませんし、ほとんどの人はまた戻れますから」

「あ……はい……」


 スタッフの気休めにおざなりに答えてから、こちらを見つめてくる田代。

 ものすごく赤くなっているし、ものすごく目が泳いでいるし、ものすごく口をモゴモゴさせている。

 そりゃそうだよな。目の前の男にあんな台詞を吐かれたところなんだから。


 とりあえず――めちゃくちゃ気まずかった。

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女性化婚活に出会いを求めたらお互いに男だった件 生気ちまた @naisyodazo

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