第144話 深淵からの脱出




 地下研究施設『深淵アビス』から脱出を目指すため、僕達は広く長い通路をひたすら走っている。


 竜史郎さんを含む、強化組の女子達は流石に足が速い。

 だけど僕も、そんな彼女達に遅れを取ることなく同じスピードで走っている。

 これも特訓を重ねた賜物とはいえ、自身の成長に驚異を覚えてしまう。


 そういえば以前、西園寺邸のシェルターにて竜史郎さんから、「傷の治りと体力の回復力が驚異的」と言われたことがある。

 そして、いずれ有栖達と同じになるのではないかと……。


 醒弥に身体をいじられ、『Øファイ-ワクチンの救世主』として体質だけじゃなく、肉体面も徐々に変化しているのだろうか。

 でなければ短期間でこれほどの向上はあり得ない。


 ――僕はこれから、どのような存在になるのだろう。


 あの白鬼ミクと表裏一体、つまり同等のポジなのであれば、僕も人喰鬼オーガのようなバケモノになってしまうのか?

 

 などと、今は余計なことを考えている場合じゃない。


 一刻も早くここから脱出しなければ……。



 しばらく走り角を曲がると、数百メートルの一直線先に僕達の目的地が見えた。


 地下エレベーター、地上へ上がれる唯一の手段だ。

 問題は電源が入っているかだけど……。


「大丈夫だ、表示灯のランプはいている! あそこから地上に行けるぞ!」 


 竜史郎さんは走りながら、携帯用の単眼望遠鏡を覗いて確認している。

 相変わらずなんでも所持している師匠だ。


「本当ですか、やったぁ!」


「……いや、喜ぶのは少し早いぞ、少年」


「え?」


「確かに起動はしている。だが自動なのか遠隔で意図的に操作されたのか、エレベーターは地上階に昇った状態のようだ。ってことはだ、エレベーターが地下まで降りるのを俺達は待たなければならない」


「そ、そうですか……確か僕達が乗った時、5分くらい掛かりましたよね?」


「ああ……つまり5分間、俺達でここを死守する必要があるってわけだ――美玖ッ!」


「は、はい!」


 初めて強い口調で名指しされ緊張したのか、美玖は声を張り上げ返答をする。


「お前はチーム内で最も足が速い! エレベーターに行き、下降ボタンを押して、その場で待機だ! エレベーターが開くまで俺達が足止めをする、いいな!」


「はい、わかりました!」


 美玖は指示通り一目散にエレベーターへ向かった。


 ほぼ同時に反対方向から、無数の唸り声と雪崩のように押し寄せる足音が響いてくる。


 僕達は足を止め、それらを待ち構えた。


 ――『青鬼』の人喰鬼オーガ達だ。


 角を曲がり、一斉にこちら側へと向かって来る。

 その数は先程と同様、約1000体と思われた。


「やれやれ、一騎当千の嬢さん達ばかりとはいえ……相手は連隊規模か。多勢に無勢には変わりない。それに、あの『青鬼ブルー』共……どいつも、やたら動きが機敏で足も速くないか?」


 竜史郎さんは言いながら自動小銃M16を構えて射撃した。

 僕と有栖と唯織先輩の三人も続いて遠距離から銃撃を放つ。


 各自が撃った弾丸は、先頭を走る『青鬼』達の頭部へと正確に命中し、バタバタと前のめりで倒れていく。

 これで斃した人喰鬼オーガ達が邪魔となり、後方から来る連中の妨げとなる。

 少しは時間を稼げるかと思った。


 が、竜史郎さんの指摘通りである。


 普段は酔っ払いのようなふらつく千鳥足で、歩行が苦手とする『青鬼』達。

 しかし、連中は上手くそれらを飛び越えて一体も躓くことなく、大挙してこちら側へと押し寄せて来る。

 おまけにどいつも異常に足が速い。


「チィッ、白鬼ホワイトの嬢ちゃんの仕業か!? どうやら、白鬼ホワイトの指示下では青鬼ブルーの身体能力が向上するようだ!」


 竜史郎さんは舌打ちしながら分析した。


 そういや、西園寺邸を襲った人喰鬼オーガも隊列を組んで、やたら組織的な動きを見せていた。

 あの時、指示をしていたのはおそらく『赤鬼』と化した、笠間 潤輝。


 白鬼ミクはさらに『青鬼』の身体能力を向上させる能力があるのか。



 ぐぉおおおぉぉおおぉぉおおおお――!!!



 猛獣の如く、おぞましい人喰鬼オーガ達の咆哮。

 いくら仲間が斃されようと無視し、両腕を伸ばして果敢にこちらへと迫って来る。

 その光景は、まるで地獄から這い上がろうとする亡者、あるいは死を恐れない狂戦士ベルセルクにように見えた。


 僕達は銃撃を浴びせながら、少しでもエレベーターに近づくため後退する。


 だが、いくら斃しても湧き水のように溢れて近づいて来る。

 やはり数の暴力には勝てない。残弾も怪しくなってきた。


 クソッ! このままじゃ追いつかれてしまうぞ!


 仮にエレベーターに辿り着いても、無事に全員が乗り込めるかどうか……。


「――嬢さん達はもう撃たなくていい! 少年を連れて、早くエレベーターに行け!」


 竜史郎さんは立ち止まり手榴弾を投げた。

 鼓膜を突き刺すような爆音と共に、前方の人喰鬼オーガが吹き飛び、一定の距離が置かれる。


 ならば今のうちにと思うも、竜史郎さんは逃げようとしない。

 自動小銃M16を構えて臨戦態勢を保持したままだ。


「何やっているんですか、竜史郎さん! 逃げましょ!?」」


「俺はここで時間を稼ぐ! 少年、行け!」


 唐突に妙なことを口走る竜史郎さんに、僕は「はぁ!?」と叫び顔を顰めた。


「な、なんでぇ、嫌ですよ! 竜史郎さんも一緒ですよ!」


「俺なら問題ない! 血清ワクチンを持っていると言ったろ!? この程度の施設など自力で脱出できる! お前達がいたら寧ろ足手まといだ!」


「嘘だ! いくら竜史郎さんだって、これだけの地下じゃ無理です! 逃げるなら、みんな一緒です! 一緒に行きましょう!」


「……俺はいい。果たすべきことは全てやった。『西園寺 勝彌』が死んだことで、俺の戦いは終わった……もう悔いはない。だが少年、お前は違うだろ? これからは、少年が己の課せられた運命に立ち向かい戦うんだ」


 竜史郎さんは言いながら、人喰鬼オーガ達に向けて再び手榴弾を投げる。

 爆発と共に振り返り、僕に近づいた。


 すると、


 ぶわっ


 不意に自分が被っていたトレードマークでもある黒い風船帽キャスケットを脱ぎ、僕の頭へと被せてくる。


「りゅ、竜史郎さん?」


「行け――弥之ッ!」


「竜史郎さん――うぐっ!」


 突如、後頭部辺りに鈍痛が走る。同時に激しい眩暈が襲った。

 不意に背後から当て身を食らったのか?


 次第に僕の意識が薄れていく。


「ごめんなさい……弥之くん」


 微かに聞こえたのは、香那恵さんの声だった。






 意識を取り戻した時、僕は既にエレベーターの中にいた。


 上昇しているのか?

 全身が引っ張られるような重力を感じる。


 それに後頭部が、とても温かくて柔らかい枕のような何かが当たっている。

 おかげで当て身を受けた痛みが消失するほどに快適で素敵な感触だ。


 いや、それよりも……。


「――竜史郎さん!?」


 僕は起き上がり、周囲を見渡した。


 あの人の姿はない。


 有栖と彩花、唯織先輩に美玖が立ち竦み、悲しそうな表情を浮かべ俯いていた。


 そして、僕のすぐ傍には香那恵さんが正座している。

 どうやら僕を解放するのに、彼女が膝枕をしていてくれたようだ。

 だから快適だったのか……。


「ごめんなさい、弥之くん。痛かったでしょ?」


「やっぱり、僕に当て身を入れたのは香那恵さんだったんですね? でもどうして……」


「以前から兄さんに言われていたのよ……『少年は人類にとって最後の希望だから、万一俺に何かあっても、少年を最優先しろ』って」


「だからって、何も竜史郎さんが犠牲になることなんて……他に方法が」


「――お、おそらく無理だと思う」


 唯織先輩が声を振り絞り割って入る。


「先輩?」


「……現にエレベーターが開くのに、あれから3分はかかった。竜史郎さんはそれを見越して自分が防壁となり、率先して私達を行かせたのだ。弥之君、キミを守るために……すまない」


「リュウさん……言ってたよ。あたし達、『戦死乙女ヴァルキュリア』が全員生きて逃げ切れば、俺達の勝ちだって……センパイ、ごめんねぇ」


「白鬼は私達のうち三人を始末するって断言してたでしょ……だから竜史郎さんはミユキくんだけじゃなく、私達も助けるつもりで……ご、ごめんなさい」


 彩花と有栖は涙声で謝罪を交えながら説明してきた。

 彼女達の様子だと、僕が気を失った後も相当な葛藤があったことが伺える。


「お兄ぃ、ごめんね……うわぁぁぁぁん!」


 美玖は僕に抱きつき泣き出してしまう。

 僕は美玖の頭を優しく撫でた。


「……いや、みんなが謝る必要はないよ。竜史郎さんのことだから、きっと何か考えがあったんだろうし」


 僕が彼女達を責める資格はない。

 そもそも、この中で誰が悪いわけじゃないんだ。


 ――強いて言えば、全ての元凶は醒弥にある。


 だから、あいつだけは絶対に許すわけにはいかない。

 ましてや、兄など認めてたまるか!


(……竜史郎さん、無事なんですよね?)


 僕は竜史郎さんに被せられた風船帽キャスケットを脱いで握り締める。

 ひたすら師匠の安否を念じた。






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