第141話 巨悪のなれの果て




 僕と美玖の兄妹としての絆を目の当たりにしても、醒弥は一切動じることなく話を続けてくる。


『それでは返答を聞かせてもらおう、弥之。オレと共に来るか?』


「――断る」


 僕は間髪入れずに即答した。


『何?』


「断ると言ったんだ。廻流、いや醒弥ッ! あんたは間違いなく狂っている! あんたのしょーもない野望のせいで、一体どれだけの無関係な人が死んだと思っているんだ!?」


 僕の即答に、醒弥は「はぁ」と深く溜息を吐いた。


『だからそんな低次元の発想と倫理観は捨てろと言っているだろ……世の中、口先や綺麗ごとばかりじゃ解決しない。常に世界動かしていたのは傲慢者による嘘と暗躍だぞ。歴史だってそう物語っているだろ? だが目的を成功するには絶対的な力が必要だ。オレは権力と軍事力ではなく、「ΑΩアルファオメガウイルス」という武器でそれを実現したまでのこと。それにオレはただウイルスを撒き散らしただけじゃなく、きちんと弥之という救世主メシアを創って人間側に希望を与えている。後先考えずバカみたいに戦争を仕掛け、核兵器をちらつかせる連中より、余程良心的じゃないか?』


「黙れぇ! それでも僕の周りで沢山の人が人喰鬼オーガに成り果て死んだんだ! 全部、お前のせいだからな!」


『……やれやれ。まぁ、いきなりの情報量の多さに視野が狭く麻痺しているのだろう。竜史郎と唯織を含む、キミら戦死乙女ヴァルキュリア達はどう思う?』


 醒弥は、僕の仲間達にも話を振ってきた。


「私はミユキくんと共に歩みます。迷うまでもありません」


「弥之センパイの言う通りだっつーの。あたしもパパとママをあんなにした、アンタを絶対に許さねぇからな!」


「どうやら、私が心から尊敬し好きだった廻流お兄様はとっくの前に死んでいたようだ……たとえ父や西園寺家が数多くの悪事に染まった一族だろうと、私は決して染まらない! 正しいと信じる弥之君と共に正道を歩みます!」


「セイヤくん……弥之くんが言ったままよ。貴方は間違っているわ。さよなら、私の初恋の人……」


「わたしはお兄ぃの妹でいたい! たとえ本当は違っても、その気持ちに偽りはないもん!」


 これまで沈黙していた、有栖、彩花、唯織先輩、香那恵さん、美玖。

 彼女達は各々の思いを口にする。

 僕が信じていた通り、いや僕のことを信じてくれているからこその返答だったと思う。


「嬢さん達は満場一致ってやつだ。セイヤ、お前のくだらん野望を潰す!」


 そして僕が師匠として信頼する竜史郎さんもフッと微笑み同調してくれた。


 対して醒弥は断られたことに悔しがるどころか、何食わぬ顔で平然と聞き入っているのが気になる。


『……残念であるが、期待通りの返答でもある』


 妙なことを言い出してきた。


「何?」


 竜史郎さんが顔を顰め聞き返す。


『オレはずっとお前達を見てきたんだ……最初からお前達を取り込めるなんて思ってないよ。思考や行動パターンは把握済みってやつさ』


「なるほど……やはりNBC装甲車に取り付けられていた盗聴器や隠しカメラは、お前の仕業ってわけか。して、どういうことだ?」


『断られる前提での話だ。しかし目的はそこじゃない。本当の目的は、弥之に真実を知らせ「Øファイ」の救世主メシアとして自覚させること。それこそが第一段階フェイズであり、その目的は達成した』


「だとしたら何故聞く?」


『これから第二段階フェイズだからだ! キミらが『Øファイ』を守り切れるかテストしよう!』


「なんだって!?」


 問い質す僕を他所に、醒弥は腕を翳した。


 すると向かい側の遠い奥にある真っ白な壁が自動で開かれる。

 そこは薄暗く不気味な光景であり、何かが足音を鳴らしながら出てきた。


 全身が青く染められた、一体の人喰鬼オーガ

 それにしては随分と巨漢であり、また人と呼んでいいかわからない異形の姿であった。


 青色の皮膚はケロイド状の肉腫に覆われており、歪で隆々とした体躯を持つ醜悪な人喰鬼オーガ

 両手は熊を彷彿させる鋭い爪を持ち、両下肢は巨大な鷲のような趾の形態である。

 また背中や腹部など至る箇所に鋭利な象牙のような錐体が突出していた。


「な、なんだ……あいつは!?」


 僕はあまりにも現実離れした存在に戦慄する。


 白鬼ミクはその様子を見て、愛らしく「くすっ」と微笑んでいる。


「弥之お兄様、わたくしが作った試作の『特殊変種体Var』ですわ。御覧の通り、あらいる生物の特徴を組み合わせており、戦闘面に特化させた強化版ですの」


「生物兵器ってか?」


 竜史郎さんが自動小銃M16に持ち替え、銃口を白鬼ミクに向ける

 だが彼女は動じることなく薄く微笑を浮かべたままだ。


「その通りですわ。それとイレギュラーさん、いえ竜史郎さんでしたっけ? 貴方がずっとお会いしたいと言っていた方でもありますわ」


「なんだと?」


 竜史郎さんが聞き返している一方で、僕は唯織先輩の様子が可笑しいことに気づいた。

 先程から、全身を小刻みに震わせ、酷く狼狽しているように見えたからだ。


「……お、お父様?」


 唯織先輩はそう呟いた。


「え!? あ、あの怪物が唯織先輩のお父さん!?」


 僕はすかさず狙撃M24ライフルを異形の人喰鬼オーガに向けて構え、光学照準器スコープを覗き込んだ。


 よく見ると肉腫に埋もれる形で、辛うじて顔のような物体が浮き出されている。

 髪をオールバックにし、口髭を生やした中年風の男性の形相。

 虚ろな表情で鼻腔や口から液体を垂れ流している。

 しかし僕は瞬時に西園寺邸で見た家族写真と同じ顔だと思った。


 まさかあれが……あの人喰鬼オーガが、僕達がずっと探していた『西園寺 勝彌かつみ』だと言うのか!?


 そんな僕達の様子を観察していたのか、醒弥がニヤっと不敵な微笑を浮かべる。


『ハハハ、流石は実の娘だね。一目でわかったようだ。その通り、そいつは「西園寺 勝彌」のなれの果てだよ。オレがミクに強化改造するように命じたんだ。もっとも醜く凶悪な兵士にするようにね……見てごらん、奴の内面がそのまま表現された素晴らしい完成度だろ?』


「うわぁぁあぁぁぁああぁぁぁぁ!!!」


 唯織先輩は思わぬ姿に変貌した父親に耐えきれず悲鳴を上げた。


「醒弥ァァァ、お前ッ!?」


 僕は狙撃ライフルの銃口を醒弥に向ける。

 相手は立体映像の3Dホログラムだとわかっていても怒りの矛先を向けざるを得なかった。

 当然、そこにいない奴は何も動じる様子は見られない。


『兄さんぐらいつけろよ。実の兄だぞ』


「黙れぇ!」


 僕は頭に血が上り恫喝する。

 竜史郎さんが耳元で「少年、少し頭を冷やせ」と囁き、僕の前へと出てきた。


「セイヤ、一応は何故こんな真似をしたと聞いておくか」


『お前と同じ復讐だよ、竜史郎。オレとて「西園寺 勝彌」に怨みがある。ただ拷問して殺すだけじゃつまらんだろ? 最も屈辱的で醜い姿にさせ下僕としてき使う、これまで自分の手を汚さずあくどいことをしてきた男の末路として相応しいと思わないか?』


「余計な真似しやがって……せっかく会えた宿敵を……あの様子じゃ知能もないじゃないか? 尋問すらできそうにない」


『……ああ、弁護士だったお前の父親と母親を殺した件ね。想像通りだよ、勝彌は金で殺し屋を雇い、お前の両親を殺させた。理由は自分の不正を暴き告発しようとするキミの父親が疎ましかったからだと自白していたよ。その時の映像データもあるから見てみるかい?』


「結構だ。自分から奪いに行く。セイヤ、お前をブン殴り始末キルした上でな!」


『ハハハ、無理だね。オレは「深淵アビス」にはいない。別な場所でリモートしているに過ぎない』


「どこにいる?」


『教えんよ。オレの居場所を探すのも、弥之に課す試練だからな』


「試練だと!?」


『そうだ、弥之……オレのやり方が気に入らないなら、お前が止めてみろよ。人間側の救世主メシアとしてな。但しオレの側に来てくれるなら、いつでも歓迎しよう』


「ふざけるな! ゲームじゃないんだぞ!」


『いや俺達兄弟にとってはゲームだよ』


「え?」


 きっぱりと言い切る醒弥に僕は違和感を覚える。


オレ達・ ・ ・の忌まわしき復讐を成し遂げた今、新たな矛先を世界へと向けている。この腐りきった世界の粛清、そして新世界の創世……弥之よ、その新世界でお前は順応し生きなければならない。人間側で唯一『Øファイ-ワクチン』の適応者である救世主メシアとして……だが人間である以上、独りでは生きられない。そのために選ばれし戦死乙女ヴァルキュリア達だ』


「何が言いたいんだ、お前!? まだ他に別の目的があるというのか!?」


『フフフ……弥之、お前がどう成長してくれるか楽しみだ。オレの下に辿り着く日を待っているぞ』


 フッ


 醒弥の姿をした立体映像ビジョンが消える。


「おい、待てよ!」


 呼び止めようとする僕の前に、白鬼ミクが立ち塞ぐ。


「さあ、弥之お兄様、ショータイムですわ!」






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