第140話 造られし本当の妹




『呼んでも無駄だ。半分死んでいるからね。大事な肉体が腐敗しないよう、冷凍保存している状態だよ』


 醒弥は何食わぬ顔で平然と言っている。


「半分死んでいるだと!? 母さんに……母さんに何をした!?」


『お前が入院した後、この女はオレの前に現れ、オレがやろうとしていることに口出しするから、気を失わせ生きたまま冷凍保存装置に入れてやったんだよ。実験用の素体としてね……解凍すれば蘇生するかもしれないが元に戻る保証はない。だから死んだも当然だろ?』


 僕が入院した後……母さんが担当医だった谷蜂に詰め寄り、理事長室に押し掛けた時か……そこには理事長である笠間 潤介の他に、医者に扮していた廻流こと醒弥も同席していたと言う。

 母さんは、遭遇した醒弥に気を失わされた後、あのカプセルに入れられたというのか?


 しかも元に戻る保証はないって……そんな。


「酷いよ! どうしてお母さんにこんな酷い真似をするの!?」


 母、絵里のことを苦手としていた美玖でさえ声を荒げている。


 醒弥は癖なのか、大したズレてもいない銀縁眼鏡を指先でくいっと押えて、鼻で笑い一蹴した。


『オレを西園寺家に売り、自分だけ何不自由なく優雅な生活を手に入れておいて、今頃になって母親面しやがったからだよ……それと美玖ちゃん、キミのお父さんの伴治ともはるさんは、スパイであるオレとやり取りしている中で、オレが成し遂げようとする計画に理解を示しくれたんだ。そして同じ「西園寺 勝彌かつみ」に怨みを持つ研究者達を集めて「ΑΩアルファオメガウイルス」の開発に協力し成し遂げてくれた……だから見逃してあげたんだよ。ご褒美として、弥之がお世話になったキミのお母さんの「光瑠ひかる」さんもね』


「……光瑠おばさんも、全て知っていた?」


『さあね。だが、絵里がオレに詰め寄った反応を見る限り、光瑠さん伝手で何かしらの情報を得ていたのかもしれない。あるいは協力者の伴治さんから聞いたのか……もう、どうでもいいことだ。どの道、美玖ちゃんも「戦死乙女ヴァルキリア」になったことだし、これから創世する新世界でもキミ達親子は安泰だね。おめでとう』


 ショックで呆然とする美玖の前で、醒弥は空気を読まず拍手してやがる。

 僕の中で次第に怒りの方が勝っていく。

 

「ふざけるなァ! お前が母さんを殺したってことだろ!? 僕の兄であるお前が……自分の母親をぉぉぉ!?」


『おいおい、弥之。そんなつまらないことでいちいち怒るなよ。お前はもうそんな低次元の存在じゃない。Øファイ-ワクチンを宿す人類側の救世主メシアなんだぞ?』


「……読めてきたぞ。どうやら少年の母親はお前セイヤの暴走を恐れ、少年が入院した際に笠間病院の理事長室で、息子であるお前を引き止めようとして返り討ちにあった……そんなところか?」


『ああ、そんなところだ、竜史郎。お前の登場はイレギュラーだったが、弥之をここまで導いてくれたことに感謝している。お前にも親友として後で褒美・ ・をくれてやろう』


「フン、神にでもなったつもりか? そんなものいらん! それより俺の問いに答えてもらう! 勝彌はどこだ!? それに、何故俺達をここに招き入れた!?」


 竜史郎さんに問い詰められ、醒弥は深く溜息を吐いた。


『ふぅ……仕方ない。答えてやるよ。西園寺 勝彌かつみはこの「深淵アビス」内にいる。さっき話した内容は、財閥本社で立て籠もっていた奴を捕らえ、尋問して吐かせた内容だ』


「なんだと!? すぐ奴に会わせろ!」


『そういや、お前達兄妹も勝彌に怨みがあるクチだったな。しかし今更奴に会っても意味はないぞ』


「意味はないだと……どういうことだ?」


『わざわざ、お前とカナちゃんが手を汚すこともない……オレが代わりに始末をつけた。「笠間 潤介」と同様の末路……オレと弥之の運命を狂わせた男に違い話ないからな』


「始末をつけた? 勝彌は生きてないのか?」


『…………』


 醒弥は口を閉ざす。あれだけ多弁だった癖に……それが何を意味するのかわからない。


「答えろぉぉぉっ!!?」


 竜史郎さんは激しく恫喝し自動拳銃FN・B・Hi-Pを構える。

 しかし銃口を向けている相手は、あくまで立体映像であり3Ⅾホログラムだ。


『……いいだろう。弥之もオレの存在を理解したことだし、そろそろ本題に移ろうじゃないか』


 竜史郎さんの問いには答えず、醒弥は独り言のように呟く。


「本題だと?」


『そうだ弥之――オレと共に来い。そうすれば竜史郎を含む、「戦死乙女ヴァルキュリア」ごと受け入れてやろう』


「な、なんだと!?」


 あまりにも唐突すぎる醒弥からの提案に、僕は驚愕し動揺を隠せない。


『オレは終末世界の「神」になる……いや、既になっていると言っても過言じゃないだろう。その「白鬼ホワイトミク」こそが何よりの証だ。人喰鬼の女帝であり「ΑΩアルファオメガ」の救世主メシアでもある彼女と、「Øファイ-ワクチン」の抗体を持つ弥之よ、お前達は表裏一体の存在だ。その頂点にオレが『ゴット』として立ち、新たな世界を創世する。共に統一された争いのない世界を創ろうじゃないか?』


 ゴットだと?

 つまり、終末世界の神。

 やはりそれこそが醒弥の目的であり野望だったようだ。


 こんなイカレた男が僕の兄だなんて……。

 けど一つ確かめたいことがある。


「……返事をする前に、ずっと気になっていたことが幾つかある」


『なんだ?』


「そこの白鬼……ミクはずっと僕のことを『お兄様』と呼んでいる。どういう意味だ?」


 言いながら、醒弥の前で畏まり佇む白鬼ミクに向けて視線を送る。


『そんなことか。そのままの意味だよ。彼女は正真正銘のオレとお前の妹、ミクだ』


「意味がわからないんだけど……見たところ、こちらの美玖とそう変わらない歳じゃないか? 美玖を家に連れてきてから、いやそれ以前から母さんは一度も妊娠したことはないぞ!」


『……まぁ、弥之には知る権利があるか。教えてやろう、お前とミクは双子として生まれたんだ』


「え!?」


 双子だと……いたのか、本当の妹が。

 あまりにも衝撃な事態に、僕は金縛りにあったかのように、それ以上何も言えないでいる。


 醒弥は淡々とした口調で話を続けてきた。


『17年前……お前達が生まれて間もない頃。俺達が暮らしていた家、つまり父親が経営していた診療所は放火に遭い、妹のミクは死んでしまった。逃げる際に煙を吸い込んだことが原因らしい』


「放火だって!?」


『犯人はわかっている――さっきも言ったとおり、西園寺 勝彌の手引きで行った者達だ。その中に笠間病院の理事長である『笠間 俊介』と元研究員の『倖田 伴治』もいる……まぁ、伴治さんは知らないで薬品を造らされた側のようだけどね』


 倖田 伴治……美玖の本当の父親だったな。


『絵里はずっと亡くなった妹の髪の毛を形見として保管していた。数年前、オレが伴治さんの妻である『光瑠ひかる』さんに頼んで持ち出してもらい、細胞を採取して培養し復元させたんだ。「ΑΩアルファオメガウイルス」があれば不可能なことじゃない。したがって白鬼ミクこそ「|ΑΩ《アルファオメガ」その者と言っても過言じゃないだろう。だから女帝なんだよ」


 つまり造られし妹。

 そういうことなのか?


「でも復元されたわりには、彼女……僕やあんた、絵里にだってちっとも似てないんだけど?」


『まぁ、容姿はオレの好みというか……アレだ。想像の範囲だと言い訳させてもらおう。だがオレはロリとかソッチの趣味じゃないぞ。ミクとて、まだ成長の段階だからな』


 急にデレやがって、何を言っているんだ、こいつ……。

 そんなお前の趣味や性癖なんて知るかっての。


「もう一つ聞きたい。どうして母さんは赤子の美玖を僕の家に連れてきたんだ?」


『オレを西園寺に売った際に取引したそうだ。絵里は伴治さんを信用してなかったからな。予め「アンタ達夫婦に子供が生まれたら私が引き取る」と約束していたらしい。きっと裏切らないための、人質ってところだな』


 あの母さんがそこまで……。


『伴治さんと当時妊娠中だった光瑠さんも、夜崎家には後ろめたさもあったから承諾したそうだ。絵里も伴治さんを警戒しつつ、光瑠さんとは打ち解けて仲が良くなったようだけどね』


 それで頻繁に美玖を僕ごと預けていた。

 だとしたら、絵里が毎晩のように夜遊びしていたことも疑念が残る。

 引き離してしまった光瑠おばさんへの罪悪感か、あるいは伴治って人と「西園 勝彌」に復讐するため、送り込んだ醒弥を通して頻繁に何かを探っていたのか。


 ぎゅっ


 美玖が僕の手を握り締める。

 大きな瞳に涙をいっぱいためながら何かを訴えているように見えた。


 僕といい……美玖といい……。


 色々な大人達の都合で振り回され、何が正解なのかわからなくなっている。


 けど一つだけ確かなことがあるんだ。


 僕は美玖の小さな手を握り締め力強く頷いた。


「たとえどんな真実だろうと、僕は美玖のお兄ちゃんだからな!」


「う、うん……ありがとう、ありがとう、お兄ぃ!」


 美玖は鼻先を真っ赤にし、大粒の涙を零した。


 そうだ。たとえ血が繋がってなくても僕達の絆は本物なんだ。






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