第138話 終末世界の神




戦死乙女ヴァルキリアね……どうやらこれから会う『神』とやらによって、全て意図的に仕組まれたようだな?」


「申し訳ございませんが、わたくしの口からはそれ以上は言えませんの。ただ本来、わたくし達は貴方達と争う理由がないことだけは言っておきますわ。特に竜史郎様、貴方とは共通の目的すらあるでしょう」


 竜史郎さんの問いに、白鬼ミクは丁寧に応じている。

 すると、ふと有栖が前へと出てきた。


「あ、あのぅ!」


「なんでしょうか? 拳銃使いの戦死乙女ヴァルキリアさん」


「ジュンく……いえ、赤鬼となった『笠間 潤輝』もこの研究所内にいるのでしょうか?」


 有栖の問いに、白鬼ミクは「ん?」と可愛らしく首を傾げる。


「……貴女は確か、潤輝さんの元恋仲だった。よくも、あんな軽薄な口先男に純潔を捧げず『戦死乙女ヴァルキリア』になれましたね? その辺の抑制のない愚かな雌人間サルとは違い、貴女はとても貞操概念のある理性的で聡明な方のようです……弥之お兄様とも波長が合うようですし、貴女のことは気に入りましたわ」


 え? ってことは……有栖はまだ……。

 それに『戦死乙女ヴァルキリア』という存在になる条件ってそういうことなのか?

 だから三浦巡査は普通のままだった……そういや林田巡査と良い仲っぽかったし。


 あれ? てことは、美玖は当然として彩花や唯織先輩……それに大人の香那恵さんも……。

 嘘、マジで!?

 い、いや、待て待て……さっきから何にテンションあげてんの、僕って奴は。


 その有栖はというと、白鬼ミクから思わぬ賞賛を受けて頬をピンク色に染めている。

 

「……は、はい、ありがとう……いえ、質問に答えて!」


「そうでしたわね、ごめんなさい。潤輝さんはここにはいらっしゃいません。今回のイベントには『赤鬼レッド』は不要ですわ。仮に彼がいても、貴女達と揉めるだけでしょ?」


 つい素直に頷いてしまう、有栖と唯織先輩、それに僕。

 先日の「西園寺邸襲撃」の件もあるから、間違いなく戦いに発展すると思う。


「だとしたら、穂香も?」


 彩花は重みのある低い声で聞いた。


「ええ、そうですよ。貴女は穂香さんの妹さんですね? お互い向かうべき道は違いますけど、人類を超越し進化せし者には変わりありません……姉妹揃って、とても優秀ですわ」


「別に嬉しくねぇっつーの」


「その二人の他に赤鬼はいるの?」


 何気に香那恵さんが聞いた瞬間――


「うるさい、お前は黙れェッ! よくも貴重な『赤鬼レッド』である、『翔也』を殺したなァ! それにあのお方・ ・にも気に入られているお前は許さない!」


 白鬼ミクの端正な顔を醜く歪ませるほど豹変した激昂。

 僕達は一斉に武器を手にして身構える。

 にしても身震いするほどの殺意だ。最早、尋常じゃないぞ。


 まさに蛇に睨まれた蛙……そう例えても可笑しくない。

 もし単独だったら恐怖で正気すら保っていられないかも……。


 僕達の様子を見て、彼女は自分の口元を押さえる。


「ごめんなさい……つい。ささ、先を急ぎましょう」


 白鬼ミクから殺意が消失し、一礼して背を向ける。

 再び僕達の案内をし始めた。

 この子……情緒不安定というか。

 大人しそうな顔して、とにかくキレやすい性格のようだ。


 それにしても、「あのお方」って……白鬼が言う『神』のことか?


 香那恵さんが、その『神』に気に入られているだって?

 一体どんな奴なんだろう……。


「……お兄ぃ」


 隣で歩く美玖がとても不安そうな表情で見つめながら、僕の手をぎゅっと握ってくる。

 僕は握り返し頷いて見せた。


「大丈夫だよ、美玖。僕がついているから」


「うん、ありがとう」


「チィッ。偽物如きがぁ……わたくしの弥之お兄様に」


 背中越しで舌打ちしている白鬼ミク。

 どういうわけか、美玖に対しても相当な敵対心を抱いている。


「……廻流お兄様」


 唯織先輩は俯きながら義理兄の名を呟いていた。

 事前に覚悟をしていたとはいえ、この急展開な状況に複雑な心境を浮かべていた。


 とある扉の前についた。

 如何にも頑丈そう大きな扉だ。


 白鬼ミクが近づくと、扉は自動で開かれる。


「さぁ、この部屋ですわ」


 そう言いながら、彼女は一人で部屋へと入って行く。

 僕達も後に続こうと思ったが、ふと前方の竜史郎さんがしゃがみ込んだ。


「すまん、靴紐が解けてしまった……悪いが先に行っていてくれ」


 緊張しているのだろうか。この人にしては珍しいと思いながら、僕達は先へと進む。

 間もなくして竜史郎さんも入室すると扉は勝手に閉じられた。


 随分と広々とした真っ白な空間だ。

 少なくても美ヶ月学園の体育館以上の広さだと思った。

 辺りは明るい照明に照らされており、一切何も置かれていない。

 ある意味では幻想的とも言える。


 だけどなんだ?

 何か鉄錆てつさびが混じったような嫌な臭いがする。


「……血の匂いよ」


 僕の耳元で香那恵さんが囁く。

 血の匂い……だって?


 そう怪訝する中、竜史郎さんが僕の前に立つ。


白鬼ホワイトのお嬢さん、ここはどういう場所だ?」


人喰鬼オーガの食堂ですわ。潤輝さんはここで『赤鬼レッド』となりましたのよ」


「え!?」


 白鬼ミクの返答に有栖が声を上げた。


「上の階で閲覧した『患者リスト』、いや『捕食者リスト』でめぼしい人間達を呼び寄せ、潤輝とやらに食わせたのか? 大方、避難用のシェルターだと偽って……だな?」


「はい、その通りですわ。イレギュラー様」


 白鬼ミクはあっさりと打ち明ける。

 何故か竜史郎さんをイレギュラーと呼ぶが、その口調から彼への敵意は感じられない。

 それどころか敬愛すら感じられた。


 けど、避難する人達を騙して……笠間を『赤鬼』にするための餌にするなんて……。


 ――許せない!


 やっぱり人喰鬼オーガは僕達人間の敵だ。

 その『神』と称する奴も同様。


 僕は握り締めている狙撃M24ライフルに力が入る。

 まだ気持ちを爆発させるべきじゃない、そう自分自身に言い聞かせ念じながら。


『――ようこそ「深淵アビス」へ』


 どこからか響く男の声。

 廻流だ。


 そう思った瞬間、少し離れた床の一部が淡く輝き、立体的に何かが映し出される。

 研究者用の白衣を羽織る長身の男であり、切れ長の双眸に四角い銀縁眼鏡を掛けた理系風の姿をした、立体映像3Ⅾホログラムだ。

 

 それは僕が良く知る男である。

 嘗て『白コートのアラサー男』と総称し、僕達の運命を変えた男。


 間違いない――西園寺 廻流だ。


「廻流お兄様ぁ!?」


『やぁ、唯織。元気そうで何よりだ。そしておめでとう、『戦死乙女ヴァルキュリア』として進化したようだね。あの男・ ・ ・と違い、キミは本当に優秀な義妹だ」


 いきなりの出現に驚愕する唯織先輩と異なり、当の廻流は飄々として微笑を浮かべている。


「ぷん! 所詮は義理ではありませんか! お兄様の妹は正真正銘、このわたくしだけですわ!」


 白鬼ミクは頬を膨らませそっぽを向く。

 けど正真正銘って……人喰鬼オーガが廻流の妹だって?


 そういや、あの子……ずっと僕のことも「お兄様」と呼んでいたな。

 なんだ? どういう意味なんだ?


「セイヤくん!? やっぱり貴方はセイヤくんね!?」


 いきなり香那恵さんが詰め寄る形で問い掛ける。


 セイヤって確か……竜史郎さん達が孤児院で暮らしていた頃に出会った「幻の親友」の筈だ。

 この廻流も西園寺家では義理の息子であり、当時亡くなった本物の廻流と入れ替わったと聞く。

 

 まさか同一人物だったとは――!?


 その廻流は懐かしそうに、香那恵さんを見つめている。


『カナちゃん……すっかり大人になって……綺麗になったね』


「嫌ですわ、醒弥せいやお兄様ァ! やっぱりこの女を殺します!」


 白鬼ミクが激昂し、香那恵さんに向けて鋭い殺意を剝きだしてくる。


 僕達は香那恵さんを守る形で身を乗り出し、果敢に銃口を向けて牽制した。


『やめろ、ミク。オレ・ ・の言うことが聞けないのか?』


 廻流の口調が変わる。先程とは打って変わって、低く凄みがある口調で窘めてきた。

 

 白鬼ミクは両肩をびくんと跳ね上げ、怯えたように身体を小刻みに震わしている。


「……ごめんなさい、お兄様。どうか嫌いにならないで」


 廻流に向けて、すがるような眼差しを向けている。

 まるで依存的、あるいは崇拝しているように見えてしまう。


 その廻流は「……わかればいい」と言いながら、指先で眼鏡の位置を直していた。


「久しぶりだな、セイヤ。お前が、白鬼のお嬢さんが言っている『神』なのか?」


『ああ、久しぶりだね、竜史郎。会いたかったよ、オレが認めた唯一無二の親友……そういうことになる』


ΑΩアルファ・オメガだっけ? 人喰鬼オーガのウイルスを造り世界中に撒き散らしたのはお前なのか? 少年の身体をイジって抗体ワクチンの被験者にしたのも……」


『そっ。全てオレの仕業だ』


 廻流はあっさりと自白した。


「西園寺 勝彌かつみの指示か?」


『いいや違うね。傲慢な義父である勝彌かつみによって、リストラされた研究職員達をオレが雇う形で『とある国』で造らせたのさ。世界中にバラ巻いたのは彼らの仕業だ……そう、美玖ちゃん』


「は、はい」


 突然、廻流に名指しされ、美玖は戸惑いながら返事をする。


『キミの父親もその一人だ。名は『倖田こうだ 伴治ともはる』――きっと游殻市のどこかで生きているよ。彼だけはご褒美で生かしてあげたからね』


 倖田こうだ 伴治ともはる

 美玖の父親だって!?

 確かに僕達は異父兄妹だから今更驚かないけど……美玖には知らされてないことだ。


 廻流の口振りだと、その倖田という研究員以外は全員始末キルした言い方をする。

 ……きっとそうなのだろう。


 けど、これではっきりしたぞ。


 こいつこそが終末世界に導いた全ての元凶であり――


 黒幕だということを!

 





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