続・人魚姫
ことのは もも
続・人魚姫
「王子様の愛が得られず、海の泡となって消えてしまった……。 そう思われてる人魚姫だけど、この話には違う結末があるんだよ」
闘病中の祖母が、私を枕元に呼んで、そう話し始めた──。
※ ※ ※
私が十五歳になった日の午後は天候が不安定だったが、私は逸る気持ちを抑えきれず、愉悦に浸りながら海上へ向かった。 初めて見るそこからの景色──。
風が少し強く、流れる雲は 陽(ひ)の光を時おり遮っていたが、水面はキラキラと輝いていた。 私は「街」と言われる、人間の住む陸を目指し少しずつ泳いで近づいていく途で、その船を見つけた。 そう、王子の乗った船を。
王子の銀色の髪は海風に艶と揺れて、洋上を真っ直ぐに眺める意志のある瞳は、その端正な顔立ちを一層際立たせていた。 私はそんな王子様に、一目惚れをした。
ところがその日の夕刻、船が帰港しようとしていると、突如春の嵐に巻き込まれ「あっ」という間に転覆してしまった。 私は愛しい王子をただただ助けたくて、必死に泳いで海底へ沈んでいく王子を捕まえた。 そして王子を胸に抱くと、浜辺まで連れていった。
人間が肺呼吸しか出来ないことは姉たちから聞いて知っていたので、私は覚束ない手つきで王子の胸を押し、人工呼吸というものを試みた。 そして一瞬目を覚ました王子と私は会話を交わした。
王子は「瞳も肌もなんて美しい……そしてこの鱗も綺麗ですね」 そう話すと、再び気を失った。 だがその短い間に、隣国がこの国を責め落とそうとしていることは、何とか伝えられた。
それは何度も海面から顔を出して、二つの国の様子を伺っていた姉たちが掴んでいた情報だった。姉たちも船上の王子を何度か見かけたことがあり、王子を気に入って気にかけていたのだ。
だから王子は、次に目覚めたときに自分を助けた、修道女に扮した隣国の姫が胡乱なことをその時から承知していた。
王女はこの国を陥落させるため、王に命じられ偵察に来ていたタイミングで王子を浜辺で救ったのだ。
後日、私は姉たちと談論した。 誰が王子を助けに行くかを──。
私は最初姉たちの誰かに譲るつもりでいたが、姉たちは末っ子の私を可愛がってくれていたし、溺れている王子を実際に助けたのも私だったので、やはり私が一番相応しいと口を揃えて言ってくれたのだ。
それからは姉たちと協力して、声と引き換えに魔女から薬をもらい、私が人間となって王子と再会してからは、王子にその王女と結婚することによって攻め落とされるのを阻止し、友好条約を締結するように筆談で勧めた。
王子はいつも真っ直ぐに自分を見つめる私のことを信頼してくれ、同じく姉たちのことも信用してくれた。
そして、隣国とその王女に騙されたフリをして婚姻し、私は姉たちが髪の毛と交換してもらってきてくれた短剣で、数日後彼女の心臓を一突きした。
王女は王子との価値観の相違の故に口論となり自殺したということにして、王女から溢流する血を浴びると私の声は出るようになり、ずっと感じていた足の痛みもそのうちに消えていった──。
※ ※ ※
「本当に泡が弾けたのは、隣国と、その王女の方だったのさ。 そしてその後、王子と人魚姫は結婚し子供にも孫にも恵まれたんだ。 お前はその血を受け継いでるんだよ」
そう言い終わるとにこっと私にウィンクをし、 それから間もなくして祖母は亡くなった。
私が人魚姫の孫だったなんて──。
我が家は、海の直ぐそばにある。 祖母を見送ったその日の夕刻、母は私にこう告げた。
「おばあちゃんの秘密を、ずっと言えなくてごめんね。それほどおじいちゃんはおばあちゃんを、一人の人間として愛していたのよ」
私はうんと頷くと、あの日祖母たちが初めて会話を交わした浜辺へと出た。そして胸に思いっきり空気を吸い込むと、夕日がきらりと輝く海にざぶんと浸かり、潮風と海を身体中(からだじゅう)で感じた──。
(了)
続・人魚姫 ことのは もも @kotonoha_momo
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