第二章 2皿目~いただきますの前に大切なこと~

おじゃまします


「ねえ、宇野一弘。『何でも屋』って浮気調査とかもするのかしら?」


 エミリカは宇野が作ったチンジャオロースをタッパーに詰めながら尋ねる。



「は?浮気・・・なんだ?藪から棒に・・・」


 明らかに怪訝な顔をする宇野。しかしエミリカは引かない。



「だって、気になるもの。恋愛探偵として?」


「なんで疑問文・・・そうだな。あるにはあるが・・・知っているだろう、こちとら恋愛とか女心とかには疎いんだ・・・だから他に委託するケースが多いな」



「委託って・・・中間業者みたいね。でも誰に?」

「いや、知ってるだろう。破天荒生徒四天王の一人、『情報屋』だ」




「ああ~、あの人ね。ウチらも色々と懇意にしているわ」

「だろうな。敵に回すと恐ろしい存在だ」



 宇野は身震いして言う。



「そう言えば、料理部とはどうやって『情報屋』と知り合ったんだ?破天荒生徒四天王の中でも一番に接触が難しいと言われているが?」



 破天荒生徒四天王の中で一番に会えやすいエミリカは頷く。



「かつての料理部先輩である風さんと、現部員の月にコネクションがあるのよ。それとやっぱり生徒会長のT=グッドマンからもね」


「生徒会は『情報屋』をほぼ秘匿にしているだろう。情報屋を動かしたとして、存在は公にはしないはずだが・・・月にコネクションがあるとしても・・・あれ?そういえば、今日は月の姿を見ていないな?あとナスビも」



「ナスビは茶道部の方に顔を出しているわ。今度、助っ人で夏の大会に出るんだって、団体戦の」


「茶道に大会があるのか?奥深いな・・・で、月は?」


「ええと、月は・・・どうしてだったかしら?」



 エミリカは首を傾げる。代わりに答えたのは同学年のピノだ。



「あ、確か、熱が続いているとかで、寝込んでいるそうです。テスト疲れだそうで」


「あら、そうなの?心配ね・・・」


「だが、昨日は日曜日だったろ?期末テストが終わって、休みを三日も挟んでいるが・・・遊び過ぎただけじゃないのか?」




 宝ノ殿中学ではつい先日、夏休み前の期末テストが終わったところだった。


 テストは木曜日に終わり、テスト休みとして金曜日が休みとなり、土曜日、日曜日と三連休になる。そして今日が休み明けの月曜日であった。



「それに、テストくらいでそんな疲れるか?」



 その言い分に、ユキユキは顔を歪める。



「ハッ、さすが学年一位は違うわね。あんたみたいな変態と違って、ユキユキや月みたいな繊細な乙女は体調を崩しやすいのよ!」


「だが、体を壊すような勉強の仕方だと、本番で出せる力も出せないぞ?」


「あー聞こえない。変態の正論とか聞く耳を持たなーい!」



 ユキユキは耳を防いで、その場から離れる。代わりにピノが答える。



「月ちゃんって結構無茶な勉強法をするんですよ・・・もともと勉強はできるようなんですけど、本番前になると詰め込むクセがあって・・・徹夜だったんじゃないかなぁ?」


「そうなのよねぇ・・・少し心配だわ。お見舞いでもしましょうかしら?今日できた夏休みの活動予定表を風さんに持って行くついでもあるし、どう、みんな?」



 エミリカの提案に、ピノは首を横に振った。



「ごめんなさい。これから、保育園に妹を迎えに行かないとなので・・・」


「あら、そうなのね。なら仕方ないわ」



「ユキユキは行きますッ!」


「ええ、いいわよ!行きましょう、一緒に」


「ええ!お姉さまと二人きりで!」



 ユキユキは子ウサギのようにピョンピョンと跳ねて喜ぶ。



「ねえ、宇野一弘はどうする?」



 宇野は料理の入ったタッパーを保冷袋に入れて帰ろうとした所で手を止める。


 彼はあまり気乗りではなかった。チンジャオロースを早く持って帰って、母が帰る前に食事の準備をしたかったからだ。それに、小動物のようだったユキユキが、百獣の王のように牙を光らせ、唸っている。



「いや・・・用事があってだな・・・止めておこう」


「そう?情報屋の秘密が月のお家にあるわよ?」


「・・・少し覗かせてもらおう」


「くんな変態!のぞくとか、この変態!」



 ギャーギャー言うユキユキをよそに、宇野は自身の知識欲に従った。




 住宅街の一軒家。壁は白く、庭は花が規則的に活けてある。


 なんとも整った洋風な外観だった。その家の門扉の前で、エミリカとユキユキ、そして宇野一弘が立っていた。



 宇野はどこかつまらなそうに言う。



「普通に良い家だな・・・」


「どんな家を想像していたの?」



 エミリカが訊く。



「いや、和風というか、その、忍者屋敷とか?」



 月のどこか忍のような立ち振る舞いから、変なイメージをしていた宇野。それに対し、ユキユキが目を細めて呆れる。



「んなわけないじゃん、変態。それじゃ、インターホンを押しますねぇ~」



 インターホンから電子音が聞こえるとすぐに返事があった。



『・・・エミリカ?久しぶり、どうしたの?』


「あ、風先輩?お久しぶりね!月のお見舞いにきたの。ついでに部活動の予定表も持ってきたわ!」


『・・・わざわざありがとう。どうぞ、入って』



 お呼びがかかり、三人は玄関へと入る。中では風が高校の制服姿で待っていた。



「・・・いらっしゃい、文化祭ぶりかな・・・ユキユキも」


「お久しぶりですぅ~、風お姉さまぁ~。鹿児東高校の夏服もカワイイですねぇ!学校帰りです?」


「・・・うん、そう。さっき帰ったところ・・・月は私室で横になってる。取りあえず上がって・・・個人的に色々とお話もしたいし」



 風は前髪に隠れた眼で宇野を一瞥し、和室に招き入れる。そこは客間のようで、床の間には生け花や掛け軸があった。


 三人が座布団に座ると、風は「月に声をかけてくる」と言い、部屋を出ていく。


 その間、エミリカとユキユキは正座で静かに待つ。宇野は落ち着かないのか部屋をキョロキョロと見渡していた。そんな彼にユキユキが小声で宇野に注意する。



「変態、人ん家の部屋をジロジロ見んな」


「あ、ああ。こういう立派な部屋はあまり縁がなくてな・・・つい・・・ほら、この掛け軸とかすごく良い絵だしな・・・」



 そう言って宇野は腰を上げ、床の間の掛け軸に近付き、じっくりと見る。



「芸術の価値は分からんが、なんとも引き寄せられるような絵だ・・・あれ?」




 わずかだが、掛け軸が揺れた気がした。宇野は掛け軸の端を摘む。




「コラッ、変態!そういうのは触ったらダメなんだって、常識がないのね!何?まさか、まだ忍者屋敷だと思ってるわけ?変態な上にお子様ねッ!」




 ユキユキからのお叱りと罵倒を背中で受けるも、宇野は強い知識欲から手を止められず、掛け軸をめくる。


 そこには・・・人一人分が座って入れるスペースがあり、小柄な女の子が収まっていた。その子はメガネを光らせ、ニヤリと怪しく笑う。




「バレたか・・・さすが何でも屋、良い勘してる!」




 宇野は掛け軸から手を離し、見ない事にした。もとの座布団で正座をして風を待つことにする。



「いやいやいや、無視はないっしょ!無視は!」



 掛け軸の裏からイソイソと女の子が出てくる。そして、長い前髪を頭の上でくくり、パイナップルのように跳ねらせると、ずれたメガネを正す。



「や、いらっしゃい、料理部のみんな」


「はい、お邪魔しているわ、雪さん」



 雪の登場にエミリカは平然と返す。ユキユキは面を喰らっていた。



「まさか、本当に隠しスペースがあるなんて・・・お姉さまは知っていたの?」


「ええ、初めてならビックリするわよね。このお家って一見普通だけれども、色々と面白い仕掛けがあるの。よく、風先輩や、せっちゃん、じゃなかった、雪さんね」


「せっちゃんでいいわよ。いまさら変えられると背中がムズ痒い~」


「じゃあ、せっちゃん。あと月や、お姉ちゃんと一緒に遊んだのを思い出すわ」


「そうそう、みんなでね、懐かしい・・・それよりエミリカ!新入部員の何でも屋ってば、いきなりこの隠し穴に気付くなんて、大したものじゃない」


「ええ、すごいでしょ!この宇野一弘はすごく頭が切れるのよ!このお家に入る前から、何かに気付いていたみたいなの!」


「へぇ、皆の噂以上の逸材かもね・・・良い人材を引き入れたじゃない?」


「でしょ、でしょ?」




 二人からの賛辞。それに宇野は澄まして言う。




「まあな、何でも屋として数々の依頼をこなしてきたんだ。当然だ」



 いや、偶然である。



 宇野は悟られまいと、平然を装い、皆に背を向ける。隠したその顔は真っ赤であった。


 その様子に、ユキユキは顔をしかめ、つまらなそうに独り言ちる。



「・・・料理に関係ない能力じゃないの・・・調子に乗んなよ・・・変態」

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お料理探偵!エミリカ コーノ・コーイチ @Shimakono

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