(料)理系が恋の落ち度を訂正してみた



 宇野は料理を一段落終え、「さて」と、皆に振り向く。


「これは謎、というより、どちらかというと『なぞなぞ』だ」


 皆は講釈を聞くように席に着き「なぞなぞ?」と、聞き返す。そして宇野は頷く。


「ああ、と言っても、いきなり答えを言ってしまえば、つまらないので、先ずは彼氏がどうして中華店に行ったか?その可能性をいくつかあげてみろ」


 宇野から話を振られ、エミリカと柳田、そしてユキユキとピノは頭を捻り思案する。そして、最初にピノが手を挙げる。


「えと、やっぱり気が変わったから・・・とかです?」

「ふむ。気が変わった・・・だが、彼氏さんはなんの相談もなく予定を変えるような男なのか?柳田」


「え?ええと、翔太はそんなこと、一度もしたことありません!それにサッカー部のまとめ役であるキャプテンだし、面倒見の良い彼が、私を無視して意見を簡単に曲げるなんて思えません」

「だな。なら、可能性は低い。じゃあ次、何がある?」


 宇野はまたも話を振る。次に手を挙げたのはユキユキだ。


「ええとぉ、彼氏さんがお店を間違えたとか?」

「いや、前日に予約入れておいて、サプライズ用意しておいて、間違いはないだろ。適当に答えるな」


「ぶっちゃけ、ユキユキはどうでもいいですもん~。あと偉そうにすんな、変態」

 ユキユキは腕を下して、ふてくされたように机に突っ伏す。


 次にエミリカが手を挙げる。ここまでの話で、エミリカはあることに気付く。


「気が変わっていない、間違えではない、とすればなんだけど・・・最初から中華店に行くのが目的だった・・・とか?」


 エミリカは聞き、宇野はしっかりと頷く。


「そうだ。柳田の話を聞く限り、その可能性が一番高い」


 だが、納得できない部分があり、すぐに柳田が聞く。


「え?でも翔太は『イタ飯』を食べに行くって言ったんですよ?」

「そう、その部分だ。ここで話を最初に戻そう。『謎』ではなく『なぞなぞ』だと」


「なぞなぞ・・・」

 皆が口を揃えて言う。


 エミリカはブツブツと小声で、思い当たる節を口にする。


「イタ飯・・・イタリアン・・・けど、中華店に行った。ラーメン、餃子、そしてチャーハン・・・彼氏さんは『チャーハン』がおススメって言った・・・なら目的がそもそもチャーハンだったとしたら・・・・・・ブホォッ!」


 ここでエミリカが盛大に吹き出し、真正面にいた宇野が被害にあう。

 あわててピノがハンカチを手に宇野の顔を拭く。


「エプロンがなければ重症だった」


 と宇野は独り言ち、笑いをこらえるエミリカに問う。


「その様子だと気付いたようだな?」

「え、ええ、ごめんなさい・・・ふふっ・・・けど、でも、だとしたら、それって」


「まあ、そういうことだ。中学生にはよくあることだろ?良く知りもしない言葉を大人ぶって使うなんてこと」

「良く知らない言葉・・・あ!そっか、なるほど!」


 ここでピノも気付いたように、両手でパチンと柏手を打つ。

 宇野は頷く。


「そういうことだ。この現状でいくつかの可能性を挙げて、少しでも矛盾点があれば取り除き、一番有り得て納得のいく可能性を選出する。なら話は早く、与えられた情報・・・ここでは彼氏の行動と思考だな。それを元に、演繹的に推察するんだ」

「いつものやつね。何言ってるかサッパリだけど・・・」


「もう~、ユキユキに分かるように言って下さい!分かんない~!」


 頬を膨らませてブンブンと首を振るユキユキ。苛立ちから、ツインテールが暴れ回っていた。それに宇野は呆れる。


「だから、少しは考えろって・・・柳田を見てみろ、必死に彼氏のために考えているぞ?」


 ユキユキの隣に座る柳田は両手で口を覆い、深く思考する。


「そっか・・・翔太って、結構言い間違えが多いのよね・・・重要を『ちょうよう』とか言い間違えてたし・・・じゃあ、『イタ飯』を言い間違えた?とか・・・なら、イタ飯・・・板飯?いいえ・・・いためる・・・炒める・・・飯・・・炒飯・・・チャーハン!」


「そういうことだ」


「えっ?じゃあ、翔太は初めから中華店に行くつもりだった・・・なあんだぁ~」


 柳田は溜飲が下がり安心したのか、力なくテーブルにもたれる・・・目には少し涙を浮かべていた。

 それを見て、宇野は呆れる。


「なんだ?そんなに思いつめていたのか?たかが飯屋に行って、思っていた店と違っていただけだろ?グホォッ!」

 脇腹にエミリカの肘が入る。軽く言う宇野に対しての鉄槌である。


「もう、本当に乙女心が分からないのね?柳田さんは本当に心配だったのよ!」

「ゲホ・・・いや、何をだよ・・・間違えなんて誰にでもあるだろ・・・」


「そうじゃなく、柳田さんの不安は、別にあったのよ。他の女性と間違えられたんじゃないか?とか」

「え?は?どうしてそういう思考になる?」


 理解できない宇野。だが柳田はエミリカから分かってもらえて、思わず抱き着く。


「そうなんですよ~。私、てっきり翔太が他の女と食事の予約をして・・・それと間違えられたんじゃないかって・・・不安で不安で・・・翔太、モテるから」

「そうよね、恐かったよね。イケメンな彼氏だとそれだけで不安になるよね・・・よしよし・・・ほら、ハンカチよ。涙ふいて」


「はい・・・」


 抱き着いて泣きじゃくる柳田。それを優しく受け止めるエミリカ。

 やはり納得できない宇野。


「いや、だって、ケーキをサプライズで用意していたんだろ?なら、その可能性は薄いだろ?」

「だから、そういう問題じゃないのよ。それにサプライズだって、さっき画像で見たでしょ?ケーキには『おたんじょうび、おめでとう』としかチョコレートで描かれてなかったじゃないの」

「いや、見てはいないが・・・だが、それがどうした?」


「普通、名前も一緒に描かない?」

「・・・そうか?」


「そうなのッ!女子は気にするものなのッ!そういうところよッ!宇野一弘!」


 宇野は「ううむ」と口を紡ぐ。そして理解された柳田は強くエミリカの母性溢れる胸に、顔を埋める。


「そうなんです。ケーキに名前がなくて・・・だから、とっさに用意されたものなんじゃないかって・・・疑っちゃって・・・店も思っていたのと違うし・・・別の・・・他の女と間違えられたと思って・・・」

「そうよね、そうよね。でも、もう大丈夫。彼氏さんは間違えていなかったの。間違えていたのは、料理の名前だけよ。男の子の可愛らしいミスじゃないの」


「・・・はい。おかげでスッキリしました」


 柳田は顔を上げる。少しメイクが崩れていたが、そこには朗らかな笑顔があった。


「ありがとうございました。お礼はいつかしますので!ちょっと、彼氏に会いに行ってきます。翔太の恥ずかしい勘違いを訂正しに行かなくちゃ!」


 明るくなった柳田は、急ぎ足で調理室を出ていく。その背にエミリカは手を振る。


「がんばってね。もし、また何かあったら相談に来なさい。恋愛探偵、エミリカがいつでも解決するわ!」

「お料理探偵じゃないのかよ?ウボァッ」


 顔面にアイアンクローを喰らう宇野。

 しかし手の力はそれほど強くなく、エミリカはそのまま宇野の頭部に手を回し、撫でる。


「それは、それ、これは、これよ。宇野一弘、今回も『何でも屋』として、大活躍だったわね」


 まるで幼子をホメるように言うエミリカ。宇野はその手をうるさそうに払う。


「彼氏の方の動機は見抜けたが・・・柳田の真の悩みは見抜けなかった・・・」


 女心に対しての疎さを悔いてる。どうにも人の心理を読むのは苦手だ、と。

 その様子にエミリカは苦笑いする。


「料理部は女子が多いから、ドンドン学んで、気付いてね?」

「ああ・・・気が向いたらな」


 なんだか温かな光景。それをピノは羨ましく思える。


「部長と宇野さんって、なんだかんだで、仲良いよね。ユキユキ?」

「・・・・・・新人のクセに生意気よ・・・あの変態・・・なんかイヤ。お姉さまの気持ちに、何も応えようとしないクセに・・・」



 爪を強く噛み、歯ぎしりをするユキユキ。彼女は恨めしく宇野を睨んでいた。

 ピノはいつものことと呆れて席を立ち、宇野が作った料理の確認をしにいった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る