第3話

「さて。名前も決まったし、早速こいつを最強の魔王に育て上げるための計画を練るとするか。魔法は俺が教えるからいいとして、武器の扱いも教えたいところだな――」

「ふぇぇぇ!!!」


 今後のことについてアレコレ妄想を巡らせようとした途端、腕に抱えたマオが再び大声で泣き始めた。

 始めて会った時からそうだが、泣き声は高度な精神魔法を乗せているらしく、どんどん気力が削れていく。


 どうやら既に相当の魔力をこの小さな身体に秘めているらしい。

 無意識でも、多重の魔法壁を常に身体の周囲に張り巡らせている俺の精神に、明確なダメージを与えるとは、今から将来が楽しみで仕方がない。


 しかし――。


「どういうことだ? 既に持ち方はマスターしたはずだが?」

「なんでしょうね。漏らしたわけでもないみたいだし……あ、お腹が空いてるとかじゃないですか?」


 恥ずかしげもなくセトはマオの股間の辺りを触った後、そう言った。

 ちなみに出会った時からマオは一枚の布で身体を包まれていた。


 とにかく、セトの言うことを信じて何かを食わせるしかないな。

 さっきは脇に抱えて持っていたから口が下の方を向いていて多少マシだったが、今は仰向けでかつ顔が胸の高さにあるから、さっきよりも急激に気力を削られていく。


「これでいいか? ほら、食え。飯だぞ」


 俺は食糧庫に行き、保存食として置いてあった干し肉をマオの口元に持っていく。

 恐らくまだ自分一人では食べられないようだから、干し肉の端を泣き声を上げながら大きく開かれている口に突っ込んだ。


「ちょっと! 師匠!! 何やってるんですか!! そんなの赤ちゃんが食べれるわけないでしょ!!」

「ん? ああ、そうか。流石にまずいか」


 俺の後からきたセトが、俺がマオに干し肉をそのままあげようとしている様子を見て、大声をあげた。

 その言葉に俺は思い直し、口に突っ込んでいた干し肉を引き抜くと火力を極限まで下げた魔法を使って手に持った干し肉をあぶった。


「これでいいだろう。そのままじゃ不味いもんな。悪かったな。ほら、今度は美味……いほどじゃないけど、さっきよりはましだぞ」

「そうじゃないですから! 赤ん坊は干し肉なんて食べられません!!」


 そう言うセトの言葉が耳に入った後、改めて俺は腕に抱えたマオを見た。

 言われてみれば、さっきより泣き声が大きくなり、干し肉の端を口に入れるたびに顔を左右に振っていた。


「なるほど。これは嫌がっていたのか。なかなか難しいな。何食わせりゃいいんだ?」

「魔族が私たちと同じものを食べるのかどうか知りませんが、ひとまず同じと考えて。そうですね……今すぐに用意しますから、ちょっとあやしててください」


 セトはそのまま何かを作り始めた。

 あやせと言われて何をすればいいのか分からない俺は、ひとまずセトのすることをじっと見つめていた。


「見ててもしょうがないですから、庭にでも行って、歩いていてください。じっとしているより、その方が赤ちゃんの機嫌が良くなりますから」

「お、おう。分かった」


 言われるがまま、俺は庭に出ると、意味もなくうろうろと歩き回った。

 すると、心なしか泣き声が小さくなったようが気がする。


 無心で歩き回っていると、セトが何かの液体が入った小鉢を手に持ち、庭に出てきた。

 それに気付いた後も、止まるタイミングが分からず、俺は歩き続けた。


「ちょっと、師匠。もういいですよ。出来ましたから、早くマオちゃんに食べさせてあげましょう」

「ああ。だが、なんだそれ?」


「果物をしぼったものですよ。多分擦り下ろしたのもまだ早いだろうから。さ、そこのベンチに座って食べさせましょう」

「そんなんで腹いっぱいになるのか? のみものだけじゃあ――」


「いいですか? 魔法については師匠に敵う者はいないかもしれませんが、赤ちゃんの育てかたについてはてんでダメだということが分かりました。言うこと聞かないと師匠も搾っちゃいますよ?」

「おいおい。物騒なことを言うな! それに俺はまだお前に、圧縮魔法は教えてないぞ!」


 圧縮魔法というのは空間魔法の応用で、指定した空間を縮めることにより――。

 ダメだ。セトの目が怖い。


 俺は仕方なく言われた通りにベンチに座る。

 歩くのをやめたせいか、マオは再び大声で泣き出し始めた。


「お、おい! 早くしろ。この精神魔法は強力すぎる!! 全く、将来が楽しみだが、こう近くでやられちゃたまったもんじゃない!!」

「はぁ……もうほっといていいですかね? はーい。マオちゃん。ごはんでちゅよー」


 何故か語尾を変えながら、セトは果汁が入った匙をマオの口元に近付ける。

 匙が口先に当たり、マオの口に果汁が流れ込む。


 すると途端にマオは泣くのを止め、もっと欲しそうに身体を動かした。

 俺の腕の中で動いたマオが落ちそうになり、慌ててバランスをとる。


「お、泣き止んだな! どんな薬を混ぜたんだ? まさか毒は入れてないだろうな? 殺すのは十分に育ってからだぞ!?」

「もう……本当に黙っててください。少し頭を上げててくださいね。変なところに入るといけませんから」


 そう言いながらセトは何度も匙でマオの口元に果汁を運んだ。

 マオはそれをさも美味そうに舐める。


「はい。それじゃあ。げっぷさせましょうか。ちょっとマオちゃん貸してください」

「何をさせるだって? 俺じゃ無理なのか?」


「うーん。そのうち出来るようになってもらいたいですが、今は無理でしょうね」


 そう言われてしまえば仕方がない。

 どうやらテトは子供を育てることに関しては一日の長があるようだ。


 くぅ。千年も生きてきたのに弟子に負けることがあるなんて。

 この悔しさはいつか払拭してやろう。


「けふぅ」


 魔王を倒すと誓った時と同じように、天に誓いを立てている間に、マオは気持ちよさそうにげっぷをしていた。

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平穏時代の最強賢者〜伝説を信じて極限まで鍛え上げたのに、十回転生しても神話の魔王は復活しないので、自分で一から育てることにした 黄舞@9/5新作発売 @koubu

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