第2話
湯浴み場から出てきたセトは俺に侮蔑の眼差しを向けた。
その視線を俺の腕の中にいる魔族の赤ん坊に合わせた途端、大急ぎで駆け寄ってきた。
さっきから一向に泣き止まないこの赤ん坊の精神魔法を、どうにか止めようと必死になっている俺。
その俺から赤ん坊をひったくるように奪い取ると、何やら小声で赤ん坊に向かって呟き始める。
俺の知らない詠唱だが、おそらく何やら精神を落ち着かせる魔法を唱えたようだ。
あれだけ泣き止まなかった赤ん坊が、ピタリと泣くのを止めた。
「おーすごいな。セト。泣き止んだ。どんな魔法を使ったんだ? 今度その魔法を俺にも教えてくれ。まさか未だに俺の知らない魔法が世界にあったとは知らなかったよ」
「はぁー。師匠、それ本気で言ってるんですか? 流石に冗談ですよね?」
珍しく褒めてやったというのに、泣き止んだ赤ん坊を抱いたままのセトは、胡乱げな目を俺に向けてくる。
「なんだよ。まさか、教えないつもりか? そんなこと言うと、破門するぞ。この世に俺の知らない魔法があるなんて許せないだろ?」
「だ、か、ら。これは魔法なんかじゃないですよ。誰でもできます。ちゃんと赤ちゃんのこと知っていれば」
「そんなばかなことがあるはずないだろう。誰でもができて、俺ができないことなどあるはずがない。よし、ちょっとその魔族を俺に貸してみろ」
「え? だって、師匠。抱っこの仕方すらしらないじゃないですか」
両手を差し出す俺を避けるようにセトは身体を横に向ける。
「大丈夫だ。もう覚えた。セトのように持てばいいんだろ? 簡単だ」
「持つ、じゃなくて、抱くですからね。本当に大丈夫ですか?」
「いいから、いいから。ほら、ほら!」
「もう……しょうがないですねぇ。ちゃんと優しく抱っこしてあげてくださいよ? いくら魔族とはいえ、育てるんでしょう?」
渋々ながらもセトは俺に魔族の赤ん坊を渡す。
渡す際の顔は明らかに心配した表情だ。
渡す瞬間、明らかに赤ん坊の身体が強ばったの見て取れた。
顔を見れば、声は出していないものの、今にもまた泣き出しそうな酷い顔をしている。
だが、俺は同じ失敗を繰り返すような男ではない。
深淵魔法『
『理の観察眼』は相手の動作を観察することによって、その動作に関わる全ての情報を瞬時に俺の物にできる魔法だ。
この魔法を使った俺には既に分かっていた。
さっきの俺は魔族の赤ん坊を脇に抱えて持っていたが、どうやらそれが良くなかったらしい。
魔法を使うがてらこの魔族も観察してやったが、こいつは自分で自分の首すら満足に支えてやることもできないみたいだ。
だから、泣かせないための持ち方は、こうだ!
俺は、自分の身体の前に腕でカゴの枠を作るようにして、そこに魔族の赤ん坊を仰向けに寝かせるように持った。
こうすれば、不安定な頭は俺の曲げた肘にピタリとはまり、さらに腰や背中も腕や手で支えられて安定すると言うわけだ。
ふっふっふ。見ろ。泣き叫ぶどころか、俺の顔をまじまじと見つめ返している。
そんなに見つめてくるとは、さてはこいつも将来強大になったこいつを倒すのが、俺だと気付いたってことか?
いいだろう。今のままではまさに赤子の手を捻るように簡単に倒せてしまう。
俺が恋焦がれて止まなかった神話の魔王を、こいつが凌駕するようになるまで、俺がしっかりと育ててやるとしよう。
「へぇ。やればできるじゃないですか。抱き方、きちんと様になってますよ」
「はっはっは! 当たり前だ! 俺に不可能などない!」
「それはそうと……さっきは自分も勢いでつい言っちゃいましたが、本当にこの子を育てる気ですか? 魔族ですよ?」
「当たり前だ! そのために見つけてきたんだからな。それはそうと……いつまでも赤ん坊だのこいつだのだと呼びにくいな。名前を決めるとするか」
それにしてもどんな名前にしようか。
神話の魔王の生まれ変わりだから、それに相応しいかっこいい名前がいいよな。
「よし! 決めた。こいつはゴーヴァルギアと名付けよう!」
「え!? なんですか、その呼びにくい名前! この子見た目は女の子みたいですし、もうちょっと可愛い名前にしてあげましょうよ」
「えー。格好いいだろう。ゴーヴァラメア」
「すでにさっきと名前変わってるじゃないですか……師匠、自分で言って覚えてないでしょう」
くそう。人の、いやこいつは人ではないが、名前を決めるのがこんなに大変だったとは……。
何もいいものが思い浮かばないぞ。
「安直ですけど。魔王だから、マオちゃんはどうですか?」
「そんなの、ダメだ。倒した時に迫力がないだろう。魔王マオを倒した! だなんて」
「まぁ、倒す時は倒す時として。呼びやすいじゃないですか。マオちゃん。マオちゃんもこの名前がいいよねー?」
「お前なぁ。と、言っても他にいい名前が思いつくわけでもないし、とりあえずそれでいいか。よし。こいつは今日からマオだ。立派な魔王に育て上げるぞ!」
さっきから腕に抱えたままのマオに向かって、俺はそう言った。
するとマオは気に入ったのか、たまたまなのか知らないが、笑い声を上げながら俺に笑顔を向けた。
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