あなたの海を知らない

時々はやるせなくて、海を詩にしたりもする。それは幼い時、夏の間に一度だけ行くことのできた淀んだ海でもあるし、阿呆みたいに恋をしていた時に行った、爪の先まで見える澄んだ海でもある。旅の途中で見た、鏡面のように静かな海でもあるし、此処に住み初めて知った、きれいでもないのにありがたがって人が群れる騒がしい海でもある。


あなたがたの詩の中にも海がありますね。でも、その海のことを私は知らない。その中に出てくる、月だの風だの花だの愛だののことを私は知らない。知らないけれど、あなたの海を私の海だと勘違いして、時々は揺れる。う、み、という言葉。たった二文字。誰かが名付けたそれ。「海」だと信じて疑わないそれ。言葉。ことば?ちゃんと言って、言葉にして言って、と言われても、知らない。私、あなたの海のことなんか知らない。それは「それ」でしかない。だからこれからも、あなたの海を都合よく私の海にすり替えて揺蕩うから、私の海もどうぞ好きにしてくれていい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いくつかの小品 理柚 @yukinoshita

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説