諜報部遠征組《No.Ⅵ》の討伐記録。

環月紅人

条件:顕現者一名/異形三体/荒廃都市(1076文字)

「紫電白虎(クイック)」

 そう唱え、彼の身に迸るのは紫電。空間を切り裂く一筋の雷光は全身に纏わり付き、髪を逆撫で、その真紅の瞳に反射させて全ての速度を引き上げる。

 動体視力、増。身体能力、増。反射神経、増。体感速度、増。


 ぐ、と腰を落とし、構えるのは一対のトンファーだ。

 それは彼にとって、もっとも最適な武器であり、もっとも使い熟せる武器であり、もっとも理解の及ぶ武器であり、誰にも到達できない領域へ昇華させることの出来る、天賦の才のその形。

 瞑目し、深呼吸する。


 なに、敵を前にしていても、それが大きな隙になることはない。

 加速した世界認識のなかで、その時間は、コンマ一秒で事足りる。

 迅躯。

 踏み込む足先に紫電が尾を引き、その残影だけがそこに彼が居たことを示す。瞬きする間も許されず、敵こそコンマ一秒の隙も許されない、圧倒的な認識力の差。

 生きている時間の乖離。

 フッと気づく時には、三体いたはずの異形は一体のみになっていた。

 既に二体はその核を破壊され、美しいような結晶として、世界を幻想的に染め上げる。

 最後の一体を眼前に捉える。

「ケシャ?」

 魔物は意を唱えることすら許されない。そもそも認識すら出来ていないかも知れない。

 突如として目の前に現れた、深紅の眼をした少年の、腰だめに構えたトンファー。その輝きに。

「――パイルスティング」

 唱える。煌めくのはトンファー。握り込んだグリップに、その形状は僅かながらに変化する。

 ただの突起であった凸部が、例えるならそう、杭のようにして。

 捻れ、尖り、その鋭利な姿を明らかとして、構えられたトンファーは、魔物の核の一点を見据える。

 それは、ただの刺突である。

 とは言え、ただのと語るのには些か条件が手厳しい。

 人智を超えた加速状態。理解を離れた魔術杭。

 確かにそれはただの刺突。さらに言えば、〝腹パン一発〟と形容の出来る安易なものだが、雑魚な魔物一匹をオーバーキルして見せるのにこれ以上の洗練さはなく、これ以上の冷酷さはなく。

 瞑目する。異形は既に、鳴く口を持たない。

 ――パァンとして。次の瞬間には煌びやかな結晶が、弾けるようにして空間に漂った。


 キラキラと染まる、終末都市のなか。

 地表は隆起し、ビル群は崩れ、信号機は壊れたように明滅し、コンクリートに散らばるガラス片を踏みしめて。

 一人の少年が立っている。

 紫電が解ける。頭を振るう。

 トンファーは既に消えていた。粒子化し、霧散させたため。

 討伐対象はいない。この世界には、〝仲間〟こそいるが〝家族〟はいない。独りではないが心は孤独だ。

 息を吐く。任務の終了。

 彼はただただ、異形の残骸たる結晶を見つめていた。

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諜報部遠征組《No.Ⅵ》の討伐記録。 環月紅人 @SoLuna0617

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