ぴちょん

ぴちょん

 水たまりが喋った。校庭、兼駐車場になっているところに出来た大きな水たまりだ。


 僕は購買で買ったパン、ならぬおむすびを持って外廊下で固まった。

 水たまりからちょっと間の抜けた男の人の声がしたのだと分かり、しゃがみ込んだ。


「何なんいきなり……。え、この水たまり生きてんの?」


 水たまりがぴちゃんと波紋を広がらせてyesの返事をする。


「死んだお父さんの魂がこの水たまりに宿って君に会いに来たんだよ」


「すみません、僕の父さん生きてます。今日も普通に会社に行ってますけど」


 ぴちょっぴちょっぴちょっ、と水たまりが動揺した。


「しまった、間違えたぁー……」という呟きが合間に挟まる。言うまでもないが人違いだったようだ。


 ちょっと気の毒に思えたので一応、


「ええと、お父さんが亡くなっている? その人? がこの学校の生徒なら探してみましょうか?」


「いや、たぶん学校自体間違えたと思う」


 おぉい! ちゃんと下調べしてから魂宿らせろよ! と突っ込みたい。


 しかも何で水たまりをチョイスした⁉ 次の日くらいには、いや昼頃には蒸発してしまう上に自力で動けないだろ。まだ石ころとかそういうののほうがましだったのでは……?


 途方に暮れている水たまりを放っておくのは少々胸が痛む。


「あの、僕でいいなら昼休みが終わるまでは事情を聞きますよ」


「ありがとう! 君は優しい子だね!」


「あと三十分くらいなので早く話してください」


 一通り話を聞きながら気づいたことは、


「もしかして、息子さん中学生?」


「そうだよぉ。なかなか生意気でねぇ……」


「ここ、高校です」


 ぴちょっ、ぴちゃっんっぴちゃっんっぴちゃっんっぴちゃっんっ。

 ……物凄く動揺してる。


 更に付け加えればここから一山越えた先の中学校ではないだろうか。まあ今更過ぎる動揺だ。


 僕が昔、読んだ本をあらいざらい思い出してみてもドジな登場人物は多々いた。けど、現実でここまでのドジを踏まれると手の貸しようがないな。

 僕は授業を投げ出して一山向こうの中学生を探しに行ってやるほどには親切じゃない。てか、誰だってそうでしょ。


 まあ水たまり誰しも間違えることはある、とか何とか慰めていると、


「なぁ別のものに魂宿し直すべきだよね」


「あ、それが出来るんならそうした方がいいと思います」


「……だよねぇ」


 キーンコーンカーンコーン……。昼休み五分前のチャイムが鳴った。


「何かごめんね」と唸った水たまりに「いえ、本当に話聞いただけですんません」と返して僕は教室に戻った。

 最後の一つになったおむすびはさすがに冷たくなっていた。


 来年、高校に入学してくる新入生に父親が亡くなっている人を探してみようかな。

 いやいやいや、さすがに不謹慎だろ。


 だが、やっぱりあの水たまりに宿っている名も知らぬ誰かの父親が次に何に魂宿らせたのか、ちょっと気になってしまうのだ。





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ぴちょん @kazura1441

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