霜月(聖視点の短編)
ぽこぽこと浮き出た土を踏みしめると、ブーツの底でシャリシャリと氷が砕ける音がした。
思わず口元がほころぶ。
11月ももうすぐ終わりの寒い朝。
雪が降る合間、氷点下になった夜のうちに土の中の水分が凍りつき、地表近くに霜柱が現れる。
子どもの頃から霜柱を見つけると我先に踏みつけて遊んだ。薄い氷が砕ける感触が好きだったのだ。
その日も、私の家から直接仕事に向かう彼女を送るために通り抜けた公園で霜柱を見つけた私は、繋いでいた手をほどいて走り、笑いながら踏んだ。
「かがりも来て踏んでみて。気持ちいいよ」
ステップを踏むように両足を交互に下ろしながら私は彼女を誘った。白い息が私の周りにもやのようにふわふわと漂う。
しかし、彼女はその場に立ち止まったまま、眉を寄せて私を見た。
「せっかく生まれてきたのに、踏んでしまったら霜柱がかわいそう」
私は笑った。
霜柱を擬人化する様子がおかしくて。
「いいから来て」
私はかがりの近くまで走ると、手を取って引っ張り、霜柱の場所に立たせた。
かがりは眉を寄せたままだったが、私に促されてそっと霜柱に足を下ろした。
シャリ、という繊細な音が彼女の細身のブーツの下から聞こえてくる。
「どう?」
手を取ったままかがりの顔を覗き込むと、彼女は初めていたずらをして見つかった子のようにはにかんだ。
「うん、気持ちいいね」
でもすぐに霜柱から足をどける。
「やっぱりかわいそう。早く聖もこっちに来て」
かがりは口をとがらせて私を引っ張った。
子どものような私の行動に、いつも困ったように微笑みながら付き合ってくれる彼女が好きだった。
氷のような無機物にすら、気持ちを重ねられる感情豊かな彼女が好きだった。
霜柱のように繊細なかがりを、私は踏みつけてしまったのだろうか。
今もこうして彼女を思い出すたび、心に温かさとどうしようもない痛みとが押し寄せる。
足をそっとどける。
砕けた霜柱が雲の切れ間から届いた太陽にきらめいた。
淡い冬の陽光でもすぐにでも溶けてしまうだろう。
霜柱を一緒に踏んで笑ったあの日から一年が経つ。
彼女を忘れられないまま、今年が終わろうとしている。
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