最終話 無職と自由
「似合ってるじゃん」
「わたしも、かわいいと思う………です。」
「そ、そうかな。えへへ……」
安い宿屋のとある一室。
かつてローティだった少女が、庶民服に着替えていた。
金色の髪を短いポニーテールに結わえている。
素朴だけれど整った顔立ちに相応しい、素朴だけれど愛らしいスカートだ。
胸元には控えめなリボンが添えられて、素朴だがかわいい。
「それで、その……」
少女は胸元の前で、手をもじもじとさせた。
上目使いで、スライを見つめる。
「本当にいいの……? 一緒に、旅して……」
「構わんぜ!」
スライは親指を立てた。
「そもそもオレは、こういう時に自由でいるため無職でいたんだ。
ここで何かに縛られるなら、世界の王でも目指しているよ」
「例えのスケールがおかしいのじゃ……」
「しかしスライ様なら、実現できそうでもあり……」
スキールとサイの魔神コンビが、そんなことをつぶやいていた。
ふたりはサイの、オリハルコンの武具を修繕している。
不器用なサイが壊れたヨロイを抑え、器用なスキールが、トンテンカンと叩いてる。
(すごい。)
(しんぴ。)
レスラーやキースラも、興味深そうに見つめていた。
「……!」
名の消えた少女は、何も言わずに両手を握る。
許された自分だが、すべてが終わったわけではない。
むしろこれから、始まるのである。
スライを始め、色んな人に許してもらった。
その選択を、後悔させることがあってはならない。
あの日彼女を、助けてよかった。
心からそう感じられるような、立派な人間にならなければならない。
彼女はそれを、強く誓った。
「それじゃあ最初に、許される範囲で、いいんだけど――」
「なんだ?」
「謝りにいきたい」
騎士クルルや、魔法使いローザ。
そのほかたくさんの迷惑をかけた人たちに。
自身の立場を鑑みれば、気軽に会いに行くことはできない。
それでも会える範囲の人には、謝罪して歩きたかった。
「偉いぞ」
スライは少女の頭を、やさしく撫でた。
「はぅわっ……!」
少女は頬を赤らめて、わたわたと慌てた。
気持ちがいきなり浮ついた。
心が幸せでいっぱいになる。
いきなりこんなご褒美をもらったら、幸せいっぱいの笑顔で謝罪して歩くことになってしまう。
ダメ。
ぜったい。
(頭ではわかってるのに、口が勝手にニヤけちゃう。
ニヤけちゃうよおぉ~~~~~~~~~~)
幸せが止まらない。
口が無限にニヤける上に、幸せが胸から湧き出て洪水。
それを止めてくれたのは、ルールーだった。
(ぎゅっ………。)
スライの腕を抱きしめて、いじらしい目線をスライへと向ける。
「ずるい………です。」
ぽつぽつと続ける。
「わたしは、いっぱい、がんばりました………です。」
正論だった。
今回の件でもっとも活躍した英雄が、スライであるのは疑いの余地がない。
しかし二番手がルールーであったことにも、疑いの余地はない。
五曜星の一角を落としてビホルーダの触手から逃げ切り、危機をスライへと告げた。
その後はスライの代わりに、ダーク・ユグドラシルを倒した。
「確かにそうだな……」
スライは、しばし考えて言った。
「ほしい物やしたいことを、好きに言っていいぞ?
オレが用意できる範囲で、なんでも用意しよう」
(なんでも………!)
ルールーは、瞳を大きく見開いた。
色々想像してしまう。
頭なでなで→してほしい。
お嫁さんに→なりたい。
プリン→たべたい。
たくさんあると同時に悩む。
お嫁さんは、心の準備ができていない。
頭なでなでやプリンは、『なんでも』のお願いとしては勿体ないような気がする。
あれこれ想像しているだけで、体が震える。幸せで震える。
それでもひとつ、考えて選んだ。
スライにキュッと抱き着いて、か細く一言。
「ぎゅってしてほしい………です。」
「それだけでいいのか?」
「はい………。」
スライはルールーを抱きしめた。
「んうっ…!」
幸せが腕の形となって、ルールーの体を心地よく締めつけた。
とくとくとく。
幸せのホルモンが分泌される。
自分はいっぱいがんばった。
スライのために戦った。
体をたくさん串刺しにされても、スライのために敵を倒した。
そんな苦労も、ハグのおかげで報われた。
ルールーは、ふと気づく。
自分の後ろに、スキールとサイが並んでいることに。
「わわわ、わらわは今回の戦いで、ひとつ大きなミスをしたのじゃ。
ウッドを名乗る変なのを、取り逃してしまったのじゃ。
それでもいっぱい、がんばりはしたのじゃ。
少しほめてもらうぐらいは、あってもいいと思うのじゃ」
「私は……その、『そういう経験』が一切ないので。
もしもスライ様がお嫌でなければ、一度体験させていただきたく……」
スライは視線でルールーに、確認を取った。
「いいと、思う………です。」
後ろに並んでいたスキールを、前に突き出す。
「みんなで幸せになるのが、いちばん………です!」
彼女の顔に浮かぶのは、満面の笑み。
これからも一行は、伝説を作っていく。
しかし彼と彼女らが、歴史の表舞台に立つことはほとんどない。
世界各地で『英雄スライ』の名が残るものの、その実在は疑われる。
特に歴史家たちは言う。
『常識的にありえない』
『常識的にありえない』
『常識的にありえない』
その通りすぎた。
当事者のひとりと呼ばれているとある魔族も、『わらわが一番、そう思うじゃよ……。あるじ様は素敵な人じゃが、色々おかしくアレなのも事実じゃよ……』と答えたという逸話がある。
しかし彼も彼女らも、そんなことは気にしない。
世間の評判も歴史的なあれこれも、気にせず気ままに生きていく。
何色でも無いから何色にでもなれて、
何物でも無いから何にでもなれる。
そんな無色で無職の、それゆえに自由な一団として。
――――――fin――――――
――――――――――――――――――
キリがよいので完結しました!
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人類最強の冒険者、追放されて無職になったから自由に生きる。 kt60 @kt60
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