第22話 判決と現実

『次。ローザ=ギルバート。クルル=アーキスガード。前に』


「はい」

「は、はい」


 魔法使いローザと騎士クルルが、絞首台に立った。

 ローザは淡々としているが、クルルは憔悴しきっている。

 首に縄がかけられた。


 一見すると処刑だが、そうではない。

 これは単なる裁判だ。

 だから特に罪のない、猫耳ハウスのにゃんにゃーも、ふたりの横で首に縄をかけられている。


「汝らは証言の正しさを、命を賭けて証明する。

 故意の偽証をした場合、その場で命断たれる」


「もちろんですわ」

「もはや騎士とは言えない私だが……。偽りだけは、言わないと誓う」

「故意にはぜったい、言わないですにゃあぁ……!!」


 猫耳少女は涙目だった。

 今にも漏らしそうな勢いである。


 なお、裁判の途中で死刑が執行されたケースは、一例しかない。

『故意であること』が重要だからだ。

 見間違いや記憶違いだったかもしれないと言えば、基本的に許される。

 脅しの意味が強いのだ。


(ウソはぜったいつかないですにゃ。ウソはぜったい、つかないですにゃあぁ……!)


 実際、効果覿面である。


  ◆


 裁判は、つつがなく進んだ。

 そもそも証拠が、完璧にそろっている。

 政治的にも法律的にも国民の感情的にも、ローティを擁護できる余地がない。

 彼女の死刑は、始まる前から決まってる。


 唯一争点となったのが――。


「私は王子を、止められる立場にいた。

 しかし止めなかった。ゆえに私も、ローティ王子と同罪だ!」


 騎士クルル。

 彼女が自分を有罪にしようと、必死に抗弁していた。


「意義あり、ですわ」


 止めたのがローザだ。

 首に縄をかけられながら、悠々自適に話をする。


「王子様は、わたくしたちの意見など、聞く耳持たず、でございましたわ。

 わたくしも騎士クルルも、『止められる立場』ではございません」


「確かにキミは、実際止めた。

 だから私も、『魔法使いローザに罪はなかった』という証言はする。

 しかし私は止めなかった……。

 止めなかったんだ…………」


 クルルは、大粒の涙をぽろぽろとこぼす。

 彼女の中では、いまだ無念が渦巻いている。

 ローティたち一行の中で、クルルは状況に流されていることが多かった。

 北の森にてローザがローティに意見した時も、何も言えなかった。


 あの時、自分も意見してれば。

 スライの追放に反対してれば。

 無数にあったターニングポイントにおいて、自分は流されているばかりであった。

 最後は戦いに向かったが、それもローザに誘導されてだ。

 あまりに何もしていなかった。

『騎士とはそういうものだ』と言い訳をして、するべきことをしていなかった。

 自分がするべきことをしてれば、何か変わったのではないか。

 そんな無念が止まらない。涙となって溢れ出る。


 一方のローザは、淡々としていた。

 クルルではなく、裁判官に言う。


「クルルは直前の戦いにおいて、わたくしたちを守るための『エサ』になろうとしました。

 その傷を負っている状態で、王子を制止するのは現実的ではございません」

「正しいですにゃ!

 ローザ様の言っていることは正しいですにゃ!

 にゃーはウソはつかないですにゃあぁ!!」


「しかし……それでも。

 例えば王子に偽証の可能性があると、ギルドに伝えることは……」


「その分の責任はございますわね。

 ですのでそれで死罪になるなら、特に異論はございませんわ」


 ローザは淡々と語る。

 彼女の判断基準は、基本的にふたつしかない。


『国の法』

『身分による役割』


 貴族だから平民には威張る。

 貴族だから有事には戦う。

 国の法に反しているなら、大人しく受ける。

 だからこそ、法に照らせば減刑される余地のある人間は、法の範囲内で減刑されるべきである。 

 彼女は、そう考えていた。


  ◆


 裁判は終わった。

 そもそもからして争う余地が、それほどにない裁判だった。


 レイブレイド王国は、失敗には寛容だ。

 ギルドも、同様である。

 しかし隠ぺいには厳しい。

 隠ぺいは、ただの見栄による自己保身から現れた、唾棄すべき感情である。

 この考えは、レイブレイド王国では特に強い。


 失敗だったら成長できる。

 原因を見つめ、繰り返さないよう気をつければよい。

 例えば今回の話なら、ローティたちの失敗理由は『補給と偵察を軽んじたこと』

 正直な報告をしていれば、講習を受けておしまいだ。

 バカのようにくり返さない限り、ペナルティはない。


 しかし隠ぺいは違う。

 違うのだ。

 国の模範たる王の子が、国是とも言えるソレに違反した罪は、ほかの国の者が考える以上に重い。


  ◆

 

 判決が出た。


 騎士クルル。

 アーキスガード家より追放。

 騎士の身分を剥奪し、3年の労役。


 魔法使いローラ。

 ギルバード家より追放。

 貴族の身分を剥奪し、クルルと同じく3年の労役。


 ふたりの罪は重い。

 王子が暴力的なリーダーシップを取ったとはいえ、裏でギルドに報告するなど、できることをしなかった。

 もっとも罪の重い、『隠ぺい』の片棒を担いだ。

 騎士や貴族は、王族よりも民に奉仕するものだ。

 隠ぺいの片棒を担いだふたりは、騎士や貴族でいるべきではない。


 それでも暴力的なリーダーシップを取られたことには、酌量の余地がある。

 モンスターハザードで戦いにおもむいたことも、評価に値する。

 平民として様々な場所で労役に服し、自らに適した職を探すのが適当である。


 ちなみに当事者のひとりとして裁判の場にいたにゃんにゃーは、ご褒美をもらった。

 金貨10万である。


『権力に怯むことなく王子に正しい意見を述べた勇気は、称賛に値する。

 その〈正しさ〉を評価して、報奨金を授与する』


 とのことだった。


「こわい思いをした甲斐があったですにゃあぁ!!」

「お祝いですにゃ!」

「またたびですにゃー!」


 仲間といっしょに、そのようなコメントを残していた。


  ◆


 そして最後にローティだ。

 判決は簡単である。


 死刑。


 放置すれば大災害に繋がりえるクエストに、虚偽の報告した責任は重い。

 さらに進言したローザ=ギルバートに暴行を加えるなど、常軌を逸した暴力的リーダーシップを取った。

 酌量の余地がない。

 王子の称号を剥奪した上で、死刑に処すのが適当である。


 ローティは、なにひとつ反論しなかった。


「受け入れるよ。

 それだけのバカを、ボクはしたんだ」


 牢に入れられたあとも、暴れたりはなかった。

 手錠と足枷で繋がれたまま、何も言わずに座り込んでる。


(スライのおかげで、誰も死ななかった)

(それだけが救いだ)


 そこについては、感謝しかない。

 仮にひとりでも死んでいたら、本当に取り返しがつかなかった。


(それ以外は、なにも、なんにも。ボクのしたことは、なにひとつ……)


「救えない……」


 涙がでてきた。

 いったい自分がどうしてこんなに、愚かになってしまったのか。

 それがまったくわからない。

 もしも時間を遡れる魔法があるなら、過去の自分を殴ってやりたい。

 

 だがしかし、どこの自分を殴ればいいのか。

 

 ギルドにウソの報告をした自分?

 スライを追放した自分?

 それとも――。

 

 スライを、好きになった自分?


 わからなかった。

 リスティの思考誘導があったとはいえ、愚かな選択をしたのは自分だ。

『王子』を嫌っていたクセに『王子』であること以外になんにもなくて、『王子』に頼ることしかできなかったのも自分だ。


「時間だぞ」


 衛兵ふたりがやってくる。

 ローティを、無理やり立たせようとする。


「自分で、歩く……」


 うなだれながらも堂々とした様子。

 衛兵ふたりは、ひそひそ声で話した。


(この王子、本当に愚王子なのか? なんか悪い薬でも、飲まされていたんじゃないのか?)

(そんなこと、今さら俺たちが考えてどうするんだ?)

(そうだけどよ……)


 死刑場に出る。

 民衆たちが、自分を見ている。

 罵倒などがなかったのは、幸いであったろうか?


(スライに、感謝しないとな)


 もしも死者が出ていたら、石の十個や二十個は投げつけられていた。

 スライが誰も死なせないでくれたから、物珍しさで見学にきた民衆しかいない。


 ローティは、死刑台――手と首を固定する台――に、頭と手を入れた。

 

『言い残すことは?』

「レイブレイド王国の法と規範を破った者は、王族であっても処刑される。

 この事実を、次代以降の王族にも伝えてください」


 ローティは淡々と、それだけを言い残した。

 

(それから……)


 心の中で思う。

 そごて行われる思慕は、処刑人には届かない。

 斧がローティの首筋へ向かう。

 それが首に当たる直前。ローティは思った。


『好きになった人と結ばれることが――。

 結ばれることができなくっても、隣にいることが許される身分に生まれたいです』


 豪華な食事なんていらない。

 屋台のプリンで構わない。

 そんな身近の安い食事で、笑いあえる関係がいい。

 

 ローティの首が飛ぶ。


 その首は、罪状と共に晒された。


  ◆


 死んだはずのローティは、しかし不意に目を覚ます。


「起きたか」


 スライがいた。

 りんごの皮を、ウサギ型に向いている。


「ほれ」

(うさぎ!)

(かわいい!)


 いつものように自分のペースで、スライムにごはんをあげている。


「わたしも、ほしい………です。」


 クイ……と袖を引くルールーにも、ウサギを与える。

 ルールーは、うさぎを見て言った。


「かわいい………。」


 胸に抱いて言う。


「いっしょう、大切にします………。」

「腐るぞ?」


 スライは、苦笑しつつもうれしそうだった。


「ボクは……?」

「死刑になったな」


 ローティは、自身の首をさすった。


「首があるんだけど……」

「死刑になったのは、偽物だからな」


「偽物?!」


(へんしん!!)


 青いブルーのスライムが、ローティに化けていた。

 レスラーとキースラが、ぴょんぴょん跳ねて喜んだ。


(すごい!)

(たつじん!)


 水曜星アクーアの奥義、メタモルフォーゼを真似したのである。

 ブルースラは、アクーアと戦ったルールーから話を聞いた。

(すごい!!)と思った。

 マネしたら。

 できた。


「だけどボク、記憶がハッキリあるんだけど……」

「それはワシの幻術じゃ」

「パパ……!」


「民の前では、ブルースラ殿が化けてくれた偽のお前を斬首した。

 そしてお前本人には、死刑に至るまでの幻術を見せた」


 王は続ける。


「幻術の中でも一切の反省を見せておらなかったら、本当に殺しておった」


 感情の薄い、淡々とした物言い。

 しかし声も体も、小刻みに震えている。

 今にも爆発しそうになっている親としての愛情を、王としての責任感で押し殺している。

 そんな様子が、スライにもローティにも痛いほどわかった。

 だからこそ、ローティの目からは涙がこぼれる。


「ごめんなさい……」

「フン……」


 王は感情をこらえるがため、そっぽを向いた。


「しかし公的に、17代目ローティが死んだのも事実。

 かくまっておくこともできん」


 王はスライに、目配せをした。

 スライはローティの上に、トランクをおいた。


「王子とは王の子じゃ。

 どう扱うかは、国の未来に直結する。

 不公平が知れ渡った日には、民の不満が爆発しかねん」


 ローティは、トランクをあける。

 庶民用の服がでてきた。


「しかして『王子』ではないただの庶民がどう生きていくかは、王が関知することではない。

 法に逆らった暴虐な王子が処刑された。

 レイブレイド王国は、王子であっても法を犯せば厳罰に処す。

 今回の件で大切なのは、その『情報』じゃ。中身のほうはどうでもよい」


 もっともこれは、ローティが反省したから出てくる言葉だ。

 幻術の中で反省の色をまったく見せていなければ、追放先で同じことを繰り返す可能性も高い。

 しかしローティは反省した。

 自らの失敗を悔いて、反省をした。

 それゆえに王も、『王子としてのローティ』を処刑するだけで済ませた。


 ローティの目から、大粒の涙がぽろぽろとこぼれる。

 庶民用の服を抱きしめ、ひっく、えっくと泣きじゃくる。


「パパ……。

 ありがとう。ごめんなさい、ごめんなさい…………」


 ふたつの気持ちが乱れ飛ぶ。

 最低な自分を責める気持ち。

 そんな最低な自分に、やり直す機会を与えてくれた人への感謝。


「ボクは生まれ変わります……。

 パパに誓って。スライに誓って。こんなボクにやさしくしてくれた人全員に誓って……。

 最低じゃないボクに、生まれ変わります……!」


 王は叫んだ。


「ちちちち、父親ではないっ!

 ワシとお前は、赤の他人じゃ!」


「ありがとうございます……。

 知らないおじさんっ……!」


(ゴハアッ!!)


 王は悲しみの血を吐いた。


「縮こまった場では、『パパ』と呼んで構わんぞい……?」


「はい……!」


 ルールーが、ローティの涙をふいてやる。

 ローティが泣き止んだのを見計らい、スライがあっけらかんと言う。


「そういうわけだ。

 今日から単なる平民だけど、こっちのほうがよかったろ?」


「どうして、そう言い切れるんだ……?」

「どんな豪華な宿屋のメシより、屋台のプリンを美味しそうに食べてたじゃん」


(覚えててくれたんだ……)

(ボクのこと、ちゃんと見ていてくれたんだ……!)


 ローティの目から、再び涙があふれだす。


「ボク、きょうっ、何回泣けばいいんだろ……。

 こんなに最低なボクなのに。

 こんなにやさしい、人たちばかりで……」


「そう思うなら、色んな人に返していけよ。

 たくさんの人を許す。たくさんの人に与える。

 そうやって少しずつ、世の中をよくしていけ」

 

「うんっ!!」


 ローティは、力強くうなずいた。


  ◆


 17代目ローティは、世紀の愚王子として歴史の表舞台から消えた。

 しかしながら民草は、歴史の裏を語るのを好む。


 のちの世に現れる、ひとりの聖女。

 孤児を引き取り病人を癒し、災厄の際は自ら剣を持って戦った。

 やさしくも勇ましい力で、数え切れないほどの人類を救った。


『聖女ローレライ』の名を冠するに至る彼女が、17代目ローティと同一人物。


 そんな噂が、民草の間では流れた。

 髪の色が同じ。

 聖女の細かい素性が不明。

 ローレライという名は、英雄スライに憧れたローティ、という意味なのだ。


 歴史家たちは一蹴する。


 髪の色はありふれた金色。

 素性が不透明なのは、平民出身の偉人には珍しくない。

 名前に至ってはただのこじつけ。王族にあやかってこの手の名前をつける平民は多い。

 そもそも『英雄スライ』は、存在そのものが眉唾である。


 真実を知るのは、ほんの一握りの人間。


――――――――――――

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