第8話

 あかりとの付き合いが始まって一ヶ月が経とうとしていた。

 この一ヶ月で変化があったとすれば、毎日放課後はあかりと一緒に帰るようになった事、それからお互いが名前呼びになった事。それから、休み時間ごとにあかりが俺のところへ来て話をするようになった事だ。

 付き合うようになってあかりと話すのが増えたのはきっと、俺があの時話したことがキッカケなんだろう。

 あの日、俺はあかりに自分の感情に蓋をして何も感じない事を伝えた。

 それを聞いてもなおあかりは俺の事が好きだと言って俺たちは付き合う事になった。

 それからあかりが俺のところへ来て話をすることが増えて、放課後も毎日一緒に帰るようになり、距離を縮めてきている。そうする事で、あかりは俺が無意識でしている感情の蓋を少しずつでもいいから開けようとしてくれているのだろう。

 それでもまだ、俺はあかりの事を特別な存在として認識してはいない。俺たちがいま付き合えているのは、あかりが俺のことを好きでいてくれているという事実のみで、俺からは何もあげられていない。

 せめてもと思って、一ヶ月の記念日に何かあげようかとも考えたが、あかりが欲しいものが分からない。結局今日も一緒に帰るので、その時にでも欲しいものを聞いてみようと思った。

 そして、放課後の帰り道

「なぁあかり。そろそろ記念日だけど何か欲しいものとかある?」

 俺は特に何も考えずストレートにあかりに聞いた。

 少し驚いた表情をした後、今度は複雑な表情になった。

「えっと、記念日に何かプレゼントくれるのは素直に嬉しいけど、そういうのって当日に何気なく渡す方がカッコいいと思うんだけど、普通に何が欲しいか聞いてくるんだね。」

「いや、何がいいかなぁとは考えたんだけど、あまりそういうことした事ないから何あげていいのか分からなくて。だったら聞いた方が早いなぁと思ったんだけど、ダメだった?」

「ダメってことはないけど……多分これは私がまだちゃんと理解しきれてないってことかもしれないな。零士君があの時言ってた感情に蓋をしているって意味がまだちゃんと理解できてなかったみたい。」

「うん?どゆこと?」

「私は喜怒哀楽の感情だけがないのかと思ってたけど、そうじゃなくて、誰か一人を特別にっていう気持ちも感じないって事なんだなぁって今思った。」

「俺はあの時そういうのも含めて全てに蓋をしているって言ったつもりだったんだけど、そこがちゃんと伝わってなかった感じか。」

「だね。まぁそこは私の勘違いというか、理解が足りてなかったって事でもあるけど……。」

 あかりはそこまで言って、少し考え込んだ後、

「ねぇ、改めて聞きたいんだけど、零士君にとって私の存在はどの程度なの?友達?それとも恋人?どっち?」

 俺はそう聞かれて少し考え込んだ。そして、出した答えが、

「友達以上ではあるけど、恋人って言われるとあまりピンとこない感じかな。だから友達以上恋人未満ってとこだと思う。

 でも、あかり以外の人に対しては言い方は悪いけど、それ以下の存在って感じかな。」

「じゃあ一応私は零士君にとってある意味特別ではあると考えていいのかな?」

「うん。そうだね。そういう意味で言えば特別だと思うよ。だから、記念日にプレゼント渡そうとしてるんだと思うし。」

「そうだよね。それに私もあの時言ったもんね。どんな貴方でも好きですって。

 ごめん。私あの時ちゃんと分かった気でいたけどまだ全然零士君のこと分からないや。だからもっともっと近づいて分かるようになるね。」

 あかりは笑ってそう言った。だけど、この時のあかりの笑顔はどこかちゃんと笑えていないように感じたが、その時の俺はその事にあまり興味がなかった。

 その話が終わって改めてあかりはプレゼントの話に戻った。

「欲しいものって聞かれると沢山あるけど、零士君からのプレゼントって考えるとあまり欲しいものはないなぁ。」

「そっか。じゃあどうしたもんかなぁ……」

「ねぇ、そのプレゼントって物じゃなきゃダメ?」

「いや、ダメってことはないけど、物以外だったら欲しいってものがあるの?」

「私たち付き合って一ヶ月経つじゃない?だけど、まだ帰り道一緒に帰ったりするだけで休みの日に会って、デートらしいデートってまだした事ないから記念日に近い日にデートしたいなぁって考えたんだけどそれでもいいかな?」

 そう言われて俺は少し考えた。確かにそろそろ付き合って一ヶ月が経とうとしてるのに休日に会ってデートというのはしたことがない。——それは俺が恋人未満であると思っていたからというのが理由かもしれないが。——

 それに、俺は恋人同士なら物をあげるのが一般的だと思っていたが、同じ時間を共有するというのも、時として一つのプレゼントにはなるんだと思った。

 それに、あかりがそれを望んでいるのであれば特に悪い話でもないと考えた。

「確かに、物じゃなくてもいいのか……。

 あかりがそれでいいなら俺も特に問題はないよ。」

「本当!じゃあ、今週の土曜日は……ちょっと早いか。来週の土曜日にデートしよう。」

「うん。分かった。じゃあそれで。どこに行くかはこれからゆっくり話しながら決めようか。」

「うん。そうだね。」

 そう言ってあかりは一人フフッと笑った。

「どうしたの?急に笑って?」

「来週のデートの日が今から楽しみだなぁと思って。それに、告白して付き合う事になったけど、今まで休み時間に話したり、放課後一緒に帰ったりしてるだけだったからあまり付き合ってるって実感が薄かったけど、今はそれが感じられて嬉しいなぁって思ってるの。」

 それを聞いて俺は付き合い始めてから初めてあかりの本音を聞いた気がした。

 そしてそれを聞けて、俺は少し嬉しいと感じた。何が嬉しかったのかは分からないが、きっと蓋をしてた心から何かが少しだけ顔を出してきたのだろうと思った。

 俺がそんな事を考えてる間もあかりは独り言のように喋り続けていた。

「あぁーどこ行こうかな?やっぱ初めてだし最初はカフェとかでゆっくりするのもいいな……。後は映画館とかも行きたいな。」

 そう独り言を楽しそうに呟いているのを見て俺はほんの少しあかりに気づかれないように笑った。

 それから一週間、あかりとの帰り道での会話は約束の日にどこに行こうかという話を沢山した。カフェや映画館。ショッピングモールで買い物。いろんな事をあかりと一緒に話した。

 この時だけは俺も少し楽しく過ごしていて、それ以上にあかりが楽しそうなのが見ていて気持ちが良かった。なんだか、恋人同士ではあるけど、本当に恋人なんだと思える時間を過ごしていたように感じる。

 デートの日、二人で沢山話し合ってあかりが見たい映画があるという事で場所は映画館に決まった。その後は適当にブラブラしたりしてゆっくりその時その時でお店に入ったりして行こうという事になった。

 

 因みにだが、俺とあかりが付き合ってるという事は、告白した次の日にはクラス中に知れ渡った。それどころか、他のクラスの主に女子にまで知れ渡り、ほぼ全員が知ってるというような状況になった。

 どうしてそうなったかというと、原因は『春希』、『霞』、『麗華』この三人の仕業だ。

 この三人はあの日、外階段につながる廊下でドア越しに俺たち二人のことを隠れて観察していた。

 どんな話をしているかまでは聞こえていなかったようだが、告白して手を繋いだのも見て、三人とも勢いよく出てきて「おめでとう」と祝福してくれた。

 そして次の日の朝には仲のいいクラスメートなどにその事を話していて、それを周りにいた人が聞き、そこからどんどん広がっていきその日のうちにほぼ全員が知る事となった。

 その事を俺は春希に追及したが、春希曰くそれで良かったんじゃないかと言う。

 俺のことを気になってる奴は結構いたらしく、それでも話したことがないからという理由で告白しようという人はいなかったらしい。

 それでも、もし少しでも話すことができたならその後告白しようと考えている人は結構いて、その機会を伺っていたのいうのだ。

 だが、今回のあかりの告白が成功した事で周りは俺に告白することを諦めたという話らしい。

 それにしても、経ったの一日、いやもうこれは半日といってもいいだろう。それだけの日にちでクラスどころか同学年にまで話が広まるとは驚きだった。やはり恋バナというのはいつでも、広まるのが早いものなんだなぁと実感した。

 それと、あかりと付き合ってから感じたことがもう一つある。それは篠崎先輩のことだ。

 あかりと付き合ってから篠崎先輩が今どうしているのかとか何をしているんだろうなんてことを考えなくなった。

 それはあかりが常にそばにいたり、俺自身先輩とはあまり関わらないようにしようと夏休み先輩と一緒勉強をしてそれが終わった時に考えていた事ではあるが、それでも、同じ学校にいる以上廊下ですれ違ったりはする。

 それでも、篠崎先輩から俺に話しかけてくることはなかったし、俺から話しかけることもなかった。

 二学期に入って先輩の言っていたように生徒会の引き継ぎ式が終わってから廊下ですれ違った時は何か話しかけてくるのではないかとも思っていたのにそれすらもなかったのには正直驚いた。なぜなら、いつも声をかけてくるのは先輩の方からだったからだ。

 そういう事もあり、この一ヶ月先輩の事を考えたりしていない事に気がついた時はやっぱり、先輩に対して感じていたモヤモヤは気のせいだったのだと思えるようになった。

 そしてもし、叶うのならばこれがずっと気の所為であって欲しいと俺は願っている。

 もしこれでまた、先輩に対してモヤモヤとした気持ちが出てきたらそれこそなんだか、今付き合っているあかりに対して悪いと感じながら付き合う事になってしまう。

 だから今は、先輩との間で何もない事にただただホッとしている。

 それと同時に万が一にも、先輩に対して何か感じるようなことがあったら春希を巻き込んでアイツに相談してみようとも思った。

 今の所俺が何でも相談できる相手は春希しかいない。アイツが嫌だと拒否しても、無理矢理巻き込んでしまおうとちょっとした悪巧みを考えていた。

 そんなことも考えながら俺はあかりと付き合っていた。

 あかりと付き合うようになって変わったことはもう一つある。それは、あかりと仲のいい霞と麗華。この二人との会話が増えたことだ。

 この二人とは祭りにも一緒行ったが、その時はあまり会話をしなかった。

 それが今では、あかりが好きな食べ物だったり、あかりの誕生日だったり、いろんな情報を俺に教えてくれる。

 それはデートすることが決まってからは特にくれる情報が多くなった。

 そんな二人を見てると、あかりは周りに愛されているなと感じる。

 俺は今まで、誰かと関わるのが嫌いだった。それは、俺が感情が無くなったり、色が見えなくなったりしてからは余計に周りと距離を取るようになっていた。

 でも、あかりは違う。あかりの周りには常に誰か一緒にいて、そして楽しそうだ。

 そんなあかりを見ていて、どうして自分とは正反対の俺のことを好きになったんだろうと思うことがある。

 けど、本人にはそれを聞くのが恥ずかしくて聞けていないし、多分今はまだ聞きたくない。俺もあかりには色が見えていない事は話せていないし、それ以外にも話していない事はある。

 だから、俺が聞きたくない事は聞かないし、あかりが聞いて欲しくなさそうな話題は触れないようにしている。

 今はただ、俺のことを好きだと言ってくれたあかりを大事に思うことで、心の蓋が開くかもしれないと信じて付き合いたいと俺は思ってる。

 これは俺の一方的な思いで、あかりがどう思ってるかなんて知らないけど、今はこれでいい。だってまだ、付き合って一ヶ月も経っていないのだから、お互いのことはこれからゆっくり知っていく時間が沢山ある。そう思う事が長く付き合う事につながると思っている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モノクロの世界で君と見つけた景色 夢無 @nemurihito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ