第7話

 夏休みが終わり、二学期が始まった。

 俺は祭りの日にあった、椿原からの告白に返事をまだしていない。

 というより、あれが『好きです。』=『付き合ってください』という意味でいいのか分からず、夏休み中に返事ができなかったのである。

 その事で夏休みも終わり頃、俺は春希にこの事を相談していた。

 

 『ちょっと相談したいことがあるんだけど、今日って時間ある?』

 『今課題を急いでやってるから時間ない。』

 『そっか。じゃあいいや。』

 『何?急ぎの相談?』

 『急ぎってわけではないけど、ちょっと自分一人では解決できそうにない感じかな。』

 『だったら家来る? 俺が課題やりながらでいいなら相談乗るよ。ついでに課題も、写させてくれたら助かる。』

 『じゃあそっち行こうかな。課題は自力で頑張れ!』

 『おう、分かった。じゃあ待ってるから来いよ。』

 俺は家に来ていいと言う春希の言葉に甘えて春希の家へ向かう事にした。

 前に一度春希の家には行ったことがあり、その時に場所は覚えていたので何とか一人でも行けた。

 春希ん家は一軒家で、両親と上に大学生の姉が一人いるらしい。——ちなみに、母親には前回会ったことがあるが、姉と父親にはまだ会ったことがない。——

 今日は家に春希一人だけらしく、着いてインターホンを鳴らしたら、春希がすぐ出てくれて家の中に入れてくれた。

「おう。意外と早かったな。」

「わりーな。課題やってる時に連絡して。」

「別に構わねーよ。相談事があるんだろ?」

「まぁ。一人じゃ解決しそうになくてな。誰かに相談しようと思ったらお前がいいかなと思って。」

「そっか。まぁ、何が聞きたいのか大体想像できるけど、とりあえず部屋先行ってろよ。飲み物とか持って行くから。」

「分かった。」

 と言って、俺は春希の部屋で待つ事にした。

 春希は本当に課題を急いでやってたらしく、机の上にはいろんな教科の課題が置かれていた。

 しばらくすると、春希が飲み物やお菓子を持って部屋に戻ってきた。

 それを俺の目の前の小さなテーブルに置くと、自分も向かい側に座り、「んで?」と相談事は何かと促してきた。

「実はさ、祭りの日椿原に好きって言われたんだけど、これって告白だよな?」

「だろうな。相談ってのは告白の返事どうしたらいいのかって事か?」

「まぁそんな感じなんだけど、あまり驚かないんだな?」

「そりゃ知ってたからな。祭りの時お前らを二人っきりにしたのも仕組んだ事だし。」

「はぁ⁉︎何だよそれ。マジか……」

「事前にあかりに頼まれて二人っきりになって告白したいから協力してくれって頼まれてたの。だから知ってるよ。」

 春希は自分が持ってきたお菓子の袋を開けながら俺にそう言ってきた。

「そうか……。じゃあさ、どう思う?」

「どう思うって?あかりのことか?」

「いや、そうじゃなくて。俺、椿原からは好きだよとしか言われてないんだけど、これって『好き』=『付き合って』って意味なの?」

「何だよ。そんな事?そりゃあそうなんじゃねぇの。少なくとも俺らが聞いたのは告白したいから協力してって言われてたから協力した。それだけ。」

「いやでもさ、確かに好きとは言われたけど付き合ってとは言われてねぇんだよ。これで、俺が勝手に返事して、勘違いだったら恥ずいじゃん。」

「それなら気にしなくて大丈夫だろ。アイツはまじでお前のこと好きらしいから。」

「それもさ、椿原の勘違いじゃねぇの?ほら、宿泊学習の時の件訂正してなかったから、その事で好きだって勘違いしてるだけとか。」

「確かにそれもありそうだけど、俺が聞いた話では好きだって自覚したのはついこの前らしいよ。だから、それは単なるきっかけに過ぎねぇんじゃねの?」

「そっか。」

「何?お前あかりの事嫌いなの?」

 春希は俺に直球でそう聞いてきた。

「いや、別にそうではないけど……。」

 そう。俺は別に椿原の事が嫌いというわけではない。ただ、何も感じないというだけだ。

 それに、祭りの日俺は椿原の事を考えていたわけではなく、別のことを考えていた。だから、椿原が告白してくれた事に対して、ちょっとだけ罪悪感みたいなものがあるのだ。

 俺は少し迷って春希に夏休みにあった事、それから椿原の事をどう思ってるか話す事にした。

「春希、実はさ……」

 そう切り出して、俺は夏休みに図書室で篠崎先輩に会った事、そして一週間一緒に勉強した事。祭りの際、篠崎先輩が来てないか気にしてた事。最後に、椿原に対して自分がどう思っているかという事。俺が先輩に対してモヤモヤとした気持ちがあるという事以外は全部話した。

 それを春希は黙って聞いてくれて俺が話し終わった後ようやく口を開いた。

「うん。何となく分かった。」

 そう切り出した春希はその後続けて、

「んで、今お前が話した事と、あかりへの返事に何か関係でもあるの?」

 そう言われてやっぱり伝わってなかったかと思い、春希には秘密にしてることの一部でも話しておくべき迷いながら話を続けた。

「いや……告白された時、俺別のこと考えてたし、それなのに告白の返事を『いいよ』の一言で返していいのかなぁみたいな?」

「でもそれは、お前があかりの事好きなら関係ねぇじゃん。」

「そうかもしれないけど……それは俺が椿原の事が好きって前提の話じゃん。」

「だから、さっきも聞いたじゃん。お前はあかりの事嫌いなの?」

 春希は答えを出そうとしない俺に少しイラついたようにさっきと同じ質問をしてきた。

 それを聞いて、やっぱり春希には俺が秘密にしてることを知っててもらおうと決意した。

 例えそれで、春希に変な奴だと思われても仕方がない。けど、これを話さなければ俺がどうして告白の返事に迷ってるのか説明がちゃんとできないと思った。

「春希。どうして俺が迷ってるのかさっきの説明だけじゃ不十分だと思うからちゃんと話す。だから、これから話す事は冗談じゃなく、本気で聞いてほしい。」

「なんだよ急に。 でも……分かった。」

 春希は一瞬戸惑いながらも、俺が今から話そうとしてる事がどんな内容なのか、しっかり聞こうとしてくれた。

 それを見て俺は改めてコイツはいい奴だと思い、先に「ありがとう」と言って話をし始めた。

「俺は昔小さい時に色々あって中学の終わり頃になると感情ってもんがなくなった。」

 俺は昔っから自分のことを話すのが苦手だ。だから今も、いきなり本題から話してしまった。

 それを聞いた春希は少し考え込んでから、

「それは『楽しい』とか『悲しい』とかそういう事が感じなくなったって事でいいのか?」

「あぁ。そんな感じだ。だから、椿原から好意を向けられてる事に対して俺自身は何も感じないんだ。」

「それは誰が相手でもそうなのか?」

 そう聞かれて俺は一瞬戸惑った。理由は、篠崎先輩だ。あの人の時だけはモヤモヤした感じがある。けれど、それについては何も考えない事にしている。だから、

「そうかもしれない。今まで誰かに対して何かを感じた事はない。」と答えた。

「そうか……。お前の言う色々はきっと家庭の事情とか何だろうから詳しくは聞かない。けど、誰に対しても何も感じないなら……」

 そこまで言って春希は一人考え込み始めた。

 俺は、自分の感情の事について話しても春希が変な風に思わなかった事に対して——春希がこの事に対して受け入れたかどうかは分からないが——少し安心した。

 そして、一人考え込んでいた春希が何か答えを出したように、俺に話をし始めた。

「もし、お前が誰に対しても何も感じないなら、あかりと付き合うのはありなんじゃないか?」

 俺は春希からの提案に驚いた。

「いや……。それは椿原に対して失礼というか、相手が傷つくだろ。」

「確かにそうかもしれない。けれど、少なくともあかりはお前の事が好きだと伝えた。なら、お前からいいよと返事がもらえたらあかりはこれからは堂々とお前と距離を縮めようとしてくると思う。」

「それはそうかもしれないけど、俺はそれにちゃんと応えることはできないぞ。それだとただ傷つけるだけだろ!」

「お前は感情がなくなったと言った。だけど俺にはそうは思わない。人の感情ってのがそう簡単になくなるとは思えない。今のお前は何も感じたくないと自分で蓋をしてるだけなんじゃないのか?」

 俺はそれを言われて少しだけ驚いた。

 それは、俺が篠崎先輩の事を考えた時に感じたモヤモヤの正体を考えてた時に可能性としてあげた答えと同じだったからだ。

 俺は春希に聞いてみた。

「仮にそうだとして、何で椿原と付き合えとお前は言う?」

「もしそうなら、あかりと付き合う事でお前の中の蓋が開くかもしれないと思ったからだ。」

 春希は俺の方を真っ直ぐ見てそう答えた。

 その後も春希と色々話したが、結局答えは何も出さなかった。『相手を傷つけるぐらいなら断る』と言う俺に対して、『そこまで思えるのなら大丈夫だ。』と言う春希。話はこれの繰り返しになりお互い疲れて話が終わったのだ。

 家に帰ってからも、俺は春希の言葉を思い出しながら一人ずっと考えた。それこそ夏休みが終わるこの一週間毎日だ。

 だけど、未だに結論は出ていない。

 俺が何も結論が出せていない一番の理由、それは篠崎先輩に対してのモヤモヤの正体についてだ。

 もし、春希の言う通り自分で感情に蓋をしているのだとして、先輩といる時に感じたモヤモヤがその感情の一部だとするならば、それは一体どう言った感情なのかちゃんと考えた。そして、一つの仮説を出してみた。

 俺が先輩に対して感じているモヤモヤがもし、椿原が俺に向けてくれていた物——すなわち好意——と同じだとするなら、俺は少なからず先輩の事が好きだと言う事になる。

 なら、やっぱり俺は椿原とは付き合うべきではないと言う事になるのではないだろうか?

 俺はこの一週間この仮説と、先輩に対して自分が好意を抱いてはいないという否定の気持ちとの間をずっと問答し続けてきた。

 どうしてそこまで先輩へのモヤモヤの正体を否定したいのかという事も考えた。

 でも、答えを自分自身で出す事はできなかった。

 結果、俺は一つの決断をする事にした。それは、ひたすらに考えた末に出した苦し紛れの決断だ。

 俺は二学期が始まる今日、もう一度椿原と話をして気持ちを確かめる。そして、一週間前と変わらず椿原が好きだと答えてくれたのなら俺もその気持ちに応えるというものだ。

 この決断をすると決めた時、俺は結局自分自身では何も決められないのだと知った。

 自分の決めた事がもし間違っていたら、そう考えると何もできなくなってしまうのだ。それ程までに自分自身は弱い人間であると認識した。

 

 

「おはよう椿原。朝から悪りぃだけど、放課後この前の祭りの時のことで話がしたいんだけどいいか?」

 急に俺から声をかけられて、椿原は最初少しびっくりしてその後照れた感じで、

「おはよう倉田君。 分かった。放課後どこで待ってたらいいかな?」

「そうだな……誰もいないところで話がしたいから外階段の所で話したい。」

「分かった。じゃあホームルーム終わってしばらくしたら外階段で待ってる。」

「うん。」

 何とか、今日の放課後話す約束を取り付けて俺は自分の席に戻った。

 席に戻るとすぐ春希が俺のところに寄ってきて話しかけてきた。

「おはよう零士。さっきあかりと話してたみたいだけど、この前の返事決めたのか?」

「おはよう春希。返事は決めてない。けど、放課後椿原と話してみてまだ俺への気持ちが変わってなければどうするかは決めた。」

「そうか。もうこの件に関しては俺からは何も言わねぇ。元々、外野がどうこう言うようなことでもないしな。」

「いやでも、助かったよ。春希と話せたのは良かったと思ってる。ありがとう。」

「面と向かってそう言われると恥ずかしいからやめろ。」

 そう言って春希は少し照れながら自分の席に戻っていった。

 椿原の気持ち次第で今後どう関わっていくか決める。そう決断をし、今日椿原にも放課後話す約束を取り付けた。

 その事で今日一日頭がいっぱいで、授業はほとんど聞いていなかった。

 そして、あっという間に放課後になり、俺は椿原と話をする前に自分を落ち着けるため一度教室を離れ図書室へと向かった。

 おそらく椿原は人がいなくなるまで教室で待つだろう。なら、その間に俺も覚悟を決めるための時間が作れる。そう考えた。

 ホームルームが終わって三十分を過ぎた頃、そろそろ人もいなくなった頃合いだろうと思い、俺は待ち合わせの三階外階段の方に向かった。

 外階段に着くとそこには椿原が先に待っていた。

「ごめん。待たせたか?」

「ううん。さっきようやく人がいなくなったから私も今出てきたところ。」

「そうか。」

 二人の間で少し気まずい空気が流れる。

 それでも、ここは男である俺から話を切り出さなければならないと思った。

「えっと……、祭りの時の告白の件なだけど、あれって付き合おうって事でいいの?」

 俺は何か言わなければと思って焦ってしまい、思わずそんな事を聞いてしまった。

 椿原は照れて下を向いたまま、コクッと頷いた。

「その時の気持ちは今も変わらない?」

 椿原が頷いたのを見て、俺は早速本題に入っていった。

「変わらないよ。今も零士君のことが好き。」

「そっか。ありがとう。 俺も椿原に正直な気持ち話すね。」

 俺はそう言ってこの一週間考えて出した結論を話すことにした。

「まずは、告白の返事する前に俺の話を少し聞いてほしいんだけどいいかな?」

 そう聞くと、椿原はまた下を向いたまま頷いた。

 それを見て、俺は自分の話をし始めた。

「あの祭りの日、椿原から『好き』って言われて最初すごい戸惑った。今まで自分にそう言ってきた人がいなかったからそれがどう言う意味なのかめちゃくちゃ考えた。」

 そう話を切り出し、俺はゆっくりとそして、椿原を見ながら話を続けた。

「俺は椿原の『好き』って言葉が=『付き合ってください』って事なのか分からなくて、春希に相談しに行った。そしたら春希は告白のこと知ってて、俺にそう言う意味で合ってるよって教えてくれた。」

 俺は本当の事を正直に話した。

「そこからまた俺は考えた。正直言うと、告白された時俺は別のことを考えてた。だから、告白された事にびっくりはしたけどそれ以外は何も感じなかった。」

 そこまで聞いて椿原は少し諦めたような表情になった。それは椿原を見て話をしていた俺にもちゃんと分かったが、それでも俺は順を追って話を続ける。

「何も感じなかったっていうのは俺に原因があって、昔色々あって俺は自分の心に何も感じないよう蓋をした。だから、『好き』って気持ちがどんなものなのか俺には分からない。」

 そこまで話して、俺は自分が出した結論を話した。

「夏休みの間ずっと考えてたけど、結局『好き』が何なのか俺には分からなかった。だから、俺はお前の『好き』にちゃんと答えられるか分からない。それでもお前は俺の事が好きだと言える?」

 今まで黙って聞いてくれていた椿原は俺の話を聞いて少し困った顔をしていた。多分、感情に蓋をしたと言う俺の言葉を考えていたんだと思う。

 俺の話が終わり椿原に問いかけた俺に、今まで下を向いていた顔を上げ、真っ直ぐに俺を見て椿原は問いに答えてくれた。

「心に蓋をしているって意味が私にはよく分からないけど、もし本当にそうなんだとしたら、私がその蓋を少しずつでもいいから開けていく。私はどんな貴方でも好きです。」

 そこまで言って一度深呼吸をしてもう一度真っ直ぐ俺の方を見て

「だから、私と付き合ってください。」

 と、今度はそうはっきりと言ってきてくれた。

 それを見て俺は、この子にはちゃんと俺も向き合わなければいけないと思った。

 だから俺も、自分の気持ちをはっきりと伝えた。

「その気持ちにちゃんと応えることができるか分からないけれど、こんな俺でよければよろしくお願いします。」

 そう言って俺は椿原に頭を下げ右手を椿原の前に出した。

「こちらこそよろしくお願いします。」

 そしてその手を椿原はしっかりと掴んでくれた。

 こうして俺は椿原あかりと正式に付き合う事になった。

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