第6話
七月二十二日、時刻は四時半。
今日は春希や椿原さん達と祭りに行く日だ。
集合時間は五時頃、そろそろ準備して出掛けないと間に合わない時間帯だ。
俺は少し慌てながら準備をして、集合場所の祭り会場である神社前に向かった。道中、浴衣を着た女の人やカップルなどがたくさんいた。
祭りに行くのは大分久しぶりな気がする。少なくとも中学の時は行っていない。
元々、人が多い所は得意じゃないし、祭りに一人で行っても寂しいだけだから近くの祭りでも行く事はなかった。
だから今日は、なんだか不思議な感じだ。同じクラスメート達と行く祭りは今まで体験したことのないものだからきっと楽しいのだろう。
そう考えながら歩いていると、前方に知った顔のやつが女の子二人と話しているのが見えた。
楽しそうに話している顔を見て声をかけるかどうか少し迷っていたら、向こうが先にこちらに気づいて声をかけてきた。
「よう。零士、こっちこっち。」
その声の主は、春希だ。
「悪い。もしかして遅かったか?」
「いや、俺らが早く着いてただけだから大丈夫だよ。」
「そうか。それより春希。遠くから見たらナンパしてるように見えて、一瞬声かけようか迷ったぞ。」
「マジ?言っとくけどナンパじゃねぇぞ。コイツらも俺たちと同じクラスメートだからな。」
「いや、それは知ってるけど、」
と言って、俺は隣にいる女子二人を見て答えた。
「確か、菊池さんと、青葉さんだったよね。」
と、ちょっと曖昧ではあるが何とか絞り出し合ってるか確かめるように二人に話しかけた。
「うん。合ってるよ。 私が
——菊池麗華。黒髪ロングで清楚な雰囲気を持った女の子らしい女の子だ。
そしてもう一人、青葉霞。こっちはどっちかというとボーイッシュな感じで女子にもモテそうな女の子だ。——
「二人は椿原とよく一緒にいるよね。」
「私達はあかりとは友達だからな。恋愛相談とかにも乗ってたりするよ。」
「ちょっと霞、あかりのいない所でそんなこと言ったら後であの子泣くよ。」
(今の会話で変な事言ってたか?)
「別に大したこと言ってないじゃん。それに、今日はあかり気合入れてくるんでしょ。こっちも応援しなきゃ。」
「だから……そんなこと言っちゃダメなんだって。」
「まあまあ二人とも落ち着いて。せっかく浴衣着て可愛いカッコしてるのに、そんなんだと台無しだよ。」
そう言って春希は二人の会話に割って入った。
やっぱり今の会話の入り方だとコイツ、ナンパ慣れしてるんじゃないかと疑ってしまう。
そうやってみんなで笑いながら話していると椿原が遅れてやってきた。
「ごめーん。準備に時間かかっちゃって遅れたー。」
そう言って小走りで駆け寄ってきた椿原は浴衣を着ていて、いつもより少し可愛く見えた。
椿原が到着するとすぐ、麗華と霞が近寄って行き何やら小声で話していた。
さっき霞が「あかり気合い入れてくる」とか言っていたから多分その事を三人で話しているのだろう。特に俺には関係ないと思って俺は春希に声をかけた。
「これで全員?」
「あぁ、じゃあみんな揃ったし行くか!」
と、春希が言って俺たちは祭り会場へと入って行った。
「祭りってこんなに人いるんだな。」
会場に入ってすぐ俺は人の多さにびっくりして思わずそれを口に出していた。
そしたら、いつの間にか俺の横に来ていた椿原が今の言葉を聞いていたらしく質問してきた。
「祭りに来るのは初めて?」
「いや、昔小さい時に来たことあるけど、大分久しぶりに来たから、人の多さにびっくりした。」
「そっか、久しぶりなんだ。じゃあ今日は、楽しまなきゃね。」
そう笑顔で言ってきた椿原を見て俺はある事を思い出した。
夏休みに入る前、春樹と二人で話していた事だが、どうやら椿原が俺に好意を抱いているらしいという話になったことがある。
椿原とは宿泊学習の時に初めて話して、その時のなんかよく分からない二人だけの秘密みたいなのを勝手に作られていた。
俺は、初め訂正しようと声をかけようとしたが面倒くさくなり結局そのままにしていた。
すると、その後から椿原がよく俺に話しかけてくるようになり、俺は戸惑いながらも普通に接するようにしていた。それがいつの間にか、俺に好意を抱いているという話にまでなっていて驚いたのを思い出した。
夏休み入って知り合いに会ったのは篠崎先輩だけで、しかも、その先輩との事で最近は頭がいっぱいだったので、夏休み前に話していた事などすっかり忘れていた。
じゃあさっき、今日の椿原が気合を入れてくると言っていたのはもしかすると、俺に対して何かしてくるということなのだろか?
そんな考えをしながら歩いていると、急に肩のあたりをつつかれて振り向くと、椿原が俺に話しかけてきた。
「ねぇ、あっちに焼きそばとかあるって。行ってみない?」
「焼きそばかぁ。そういや少し腹減ったなぁ。」
「じゃあ一緒に行こ?」
そう覗き込むようにしたから話しかけてくる椿原を見て、やっぱり何かありそうだなと感じたが、今はあまり気にしない事にした。
いちいち気にしているとせっかく祭りに来たのに違う意味で疲れそうで嫌になったからだ。
久しぶりの祭りであちこちにいろんな出店が並んでいるのをみて、単純にすごいなぁと感じつつも、どう祭りを楽しんだらいいのか分からず少し困惑していた。
今の所やったことといえば、俺は焼きそばを買い、椿原はその近くあったりんご飴屋さんで、りんご飴を買って春希達と合流してベンチに座っているということだけだ。
これからどうするかと、みんなで相談していると、春希が一つの提案をしてきた。
「俺あっちにあった金魚すくい行きたいんだけど、零士は何かやりたいものないの?」
「なんか色々ありすぎて、どこに行こうかなって考えてる」
「じゃあさ、こっからは自由行動にしない?
後で花火上がる時にまた集合する感じで、それまでは各自自由ってどうよ?」
それにすぐ応えたのは霞と麗華の二人だった。
二人は春希の提案に「それでいいんじゃない」と同意して俺と椿原に目で「二人はどうする?」と問いかけてきた。
「私もそれでいいよ。」
「俺も特に反対する理由ないしそれでいいよ。集合場所だけ今すぐ決めようぜ。」
「じゃあみんなオッケーということで集合場所どこにするかだけど、分かりやすいところがいいよな。」
「じゃああそこは?本堂の手前。あっちなら人もそんなにいないだろうしこのまま進んでいけばいいだけだし、みんなで集まりやすいんじゃない?」
と、麗華が提案して、全員それに賛成した。
集合場所も決まり、早速春希は金魚すくいのある方へ歩いて行った。
それについて行くように霞と麗華の二人もいなくなった。
俺は椿原と二人だけになり、俺もどこかブラブラしようと立ち上がると、服の裾を掴まれて立ち止まって振り向いた。
「ねぇ、もしよかったら一緒に行動しない?」と、椿原の方から誘われて俺はあまり深く考えず、「いいよ。」と答えた。
椿原と二人で祭りを回る事になり、とりあえずフラフラといろんな屋台を見て回った。
途中お面屋に寄ってどんなのがあるのか見てたり、スーパーボールすくいなんて物もあったり子供が好きそうな屋台が沢山あった。
その中で、射的があり、そこで少し立ち止まって景品を見てるいると、屋台のおっちゃんが、「そこのにぃちゃん、彼女さんに何か取っていかないか?」と声をかけられて、椿原の方を見ると顔が赤くなっていて、少し恥ずかしそうにしていたが俺の方を見て、「あれが欲しい。」と景品を指差した。
(これは、俺がやらなきゃいけないのか?)
と内心思ったが、おっちゃんに恋人じゃないとすぐに訂正しなかった自分が悪いと思い、射的をやる事にした。
椿原が欲しいと言ったのは小さいクマのストラップが入った箱だった。箱の中には色違いで二種類のクマが入っていて少し重くて難しそうだなぁと思ったが、「欲しい。」と言われたので頑張ってやってみる事にした。
最初の一発、二発は的の少し上をかすり惜しかった。三発目と四発目は当たりはしたが真ん中あたりに当たり倒れるまではいかず、残り一発となった。
「さぁにぃちゃん、ラスト一発だよ。」とおっちゃんに言われちょっとだけ本気を出して、ゲームをやっている時のような集中で窓を狙い何とか、景品をゲットすることができた。
ゲットした景品はそのまま椿原に渡され、「彼女さん、よかったね。」と、おっちゃんに言われて椿原は照れ臭そうに「はい」とだけ答えていた。
景品を取って満足して、俺と椿原は射的の場所から離れてまた歩き出した。しばらくお互い無言のままで歩いていると、いつの間にか人だかりを抜けて集合場所の本堂の前まで来ていた。
春希達はまだ来ておらず、俺たちは本堂前の階段に座って待つ事にした。
無言のまま気まずそうにしてると先に椿原の方から話しかけてきた。
「さっき取った景品、一つは倉知君にあげる。」
「いいの? ありがとう。」
そう言って俺はストラップを受け取った。
「ねぇ、今日の私の浴衣どう?」
と、椿原はいきなり聞いてきた。
「あーうん。可愛いと思うよ。いつもとは違う感じでいいね。」
「ありがとう……。」
と言って、お互いまた無言になってしまった。
「さっきのおっちゃん、私達のこと恋人と間違えてたね。」
「うん、そうだったね。」
「周りから見たらやっぱ、恋人同士に見えちゃうのかな?」
「うーん。まぁ祭りだし、二人でいればそう見えても仕方ないのかもね。」
「ごめん。訂正とかしたほうがよかったかな?」
「いいんじゃない、訂正とかしなくても。
俺は別に気にしないよ。」
「それって、私と恋人に間違われても嫌じゃないって事?」
「まぁそういうことかな。祭りだし、そう見られてても別に気にならないかなぁって思う。」
「そっか。嫌じゃないんだ。」
俺はこの時、椿原の表情を見ていなかった。
もし見ていたら、この後起こる展開に戸惑ったりはしなかっただろう。
だけど、俺はこの時椿原と話しながら別のことを考えていた。
(そういえば、篠崎先輩も、生徒会の人たち誘ってみるって言ってたけど、来てるのかな?)
などと考えながら、俺は祭りの人混みの中先輩の事を探していた。
だから、この時椿原が顔を赤らめながらニヤけている事など知る由もなかった。
しばらくして、春希達が人混みの中から出てきた。
三人はこっちを見るやニヤニヤしながら近づいてきた。
「三人ともどうかした?」
と俺が聞くと、春希が「ううん、なんでも……。」と言って、何かをはぐらかした。
三人は祭りを楽しんでるようで、よく見ると女子二人は頭に、何かよく分からないキャラクターのお面をつけていたり、春希はどこかで取った景品なのだろう。大袋のお菓子を手に持っていた。
三人とも俺たちと同じように階段に座り、麗華が椿原に話しかけた。
「二人はどこ回ってたの?」
「色々屋台見て回って、射的の所で声かけられて射的やった。」
「そうなんだ。 何か取れた?」
「うん取れたよ。クマのストラップ取ってもらった。」
「その言い方だとやったのは倉知君になんだ。良かったねあかり。」
「うん。取れて良かった。」
と、女子三人で盛り上がっている。
その横で春樹と俺は、
「祭り楽しんでるか?」
「まぁまぁかな。お前の方は大分楽しんだみたいだな。」
「まぁな。輪投げやったら結構良くてさ、お菓子貰った。」
「そっか。 にしても、人混みはやっぱ疲れるな。」
「お前、あかりと何かあった?」
「どうした、急に?」
「さっき、俺たちが合流した時あかり俯いてたから何かあったのかなぁと思って。」
「あぁ……それ多分恥ずかしかったんじゃねえの? さっき、射的のおっちゃんに恋人に間違えられたから。」
「まじ?まぁ二人でいれば間違えられるか。 それで、訂正したの?」
「いや、特に気にならなかったし、何も言わなかった。」
「ふーん、そうなんだ。」
そう言って春希は少しニヤッとした。
「それより、花火っていつ上がるの?」
「時間的にそろそろかな。 どうする。花火ここから見る?」
と、盛り上がってる女子三人に聞こえるように春希は確認した。
「ここからでも見えそうだしいいじゃない? 今から移動とか大変そうだし。」
「そうだね。 さっきからみんな移動し始めててあの中歩くの大変そう。」
と、先に霞が同意し、その後麗華と椿原が頷いた。
と、話しているうちに『ひゅう〜バンッ』と花火の音が鳴り、目の前が一気に明るくなった。
「花火始まったな。」
と、つい口に出して言うと春希と霞、麗華は階段から降りて立ったまま花火を見始めた。
すると、椿原は俺の横にまで寄ってきて、
「花火綺麗だね」と言ってきた。
次々打ち上がる花火を見ながら楽しそうに「たまーやー」と叫ぶ春希達三人を見て、目の前で打ち上がっている花火が本当に綺麗なんだなと思わせてくれる。
俺には花火の色は分からないが花火を見ているみんなの表情や打ち上がる花火の形の違いを見て楽しむことはできた。
そんな時、急に横から袖を引っ張られて耳元で「私、零士君のことが好き。」と言う椿原の声が聞こえた。
急な事で俺の気のせいかと思い、横にいる椿原を見た。すると、椿原は顔を赤らめながら俺の方を見ていた。
その表情で、これは俺の気のせいとかではないんだと思った。
俺が話そうと思ったその時、花火が終わりに向けて連続で打ち上がり、俺の言葉をかき消した。
椿原も俺から目を離し、花火を見て楽しそうに笑っていた。
花火が終わり、改めて椿原にさっきの言葉の意味を聞こうとしたが、それは春希の言葉に遮られてしまった。
「花火も終わったし、そろそろ帰るか。」
春希の言葉に女子三人は「そうだね。」と言い歩き始めた。
椿原も何事もなかったかのように歩き始め俺は何も聞くことはできなかった。
結局そのまま、入り口の方までみんなで歩きそこからバラバラに帰る事になった。
「今日は楽しかったねぇ。」
「だねぇ。もっとみんなと遊びたいけど夏休みももう終わりかぁ。」
「そうだね。」
と女子三人は言いながら、「じゃあ今度は夏休み明け学校で会おうね。」と、最後は霞が言って男子と女子とバラバラに帰った。
帰り道、春希と二人で歩きながらさっきあった事を話そうか迷っていた。
「何?静かだけど祭り楽しくなかった?」
「いや、そう言うわけじゃないけど。」
「じゃあ、何かあった?」
「あったと言えばあったけど、俺にもよく分かんねぇ。」
「なんだよそれ笑 まぁ夏休みもうちょいあるし、何か相談したいことあったらいつでも連絡してこいよ。」
「あぁ、そうする。とりあえず今は俺も色々頭が追いついてねぇ。」
「じゃあ、俺こっちだから。またな。」
「おう。またな。」
と言って春希と分かれて俺は家に帰った。
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