第5話
最初に先輩との勉強会が始まってから一週間が経った。
俺は夏休みの課題を順調に終わらしつつ、時々休憩しながら先輩といる時間を楽しんでいた。
先輩といる時常に心の中にはモヤモヤとした気持ちがあったがそれはあまり気にしないようにしていた。
はじめは何なのかと考えていたが、初めて感じるこの気持ちはいくら考えても答えは出なさそうだったので、途中で考えることをやめた。
それに、今日で俺は課題が終わりそうで、それはつまり先輩とのこの時間も終わりということだ。そしたら、このモヤモヤも消えてしまうだろう。
なら、今ここで深く考えなくてもいいのではないかと思ったのだ。
先輩とはこの課題が終わったら夏休み中に会う事はなくなる。そう思ったら俺は思わず先輩に声をかけていた。
「そういえば先輩って、来週ある花火大会って行きますか?」
「花火大会?あー。毎年この近くでやってるお祭りの事か。 どうだろう、今の所行く予定はないけど……。どうして?」
「あー……、いやちょっと気になって。」
どうして俺がこの話題を出したかというと、昨日の夜、椿原からLINEが来て、
『久しぶり、夏休み何してた?』
『学校の図書室で課題やってたけど、どうして?』
『いや、何してたのかなぁって気になって。
それより、クラス会の時にまた遊びに行こうって言ったの覚えてる?』
『あー……、そういや言ってたね。』
『その事なんだけど、もしよかったら来週末、近くで毎年やってる祭りがあるんだけど一緒に行かない? 他にも何人か誘って。』
『祭りかー……。あまり行った事ないなぁ。余り人が多いところ得意じゃないし。』
『ホント?じゃあこの機会に行こうよ。みんなと一緒なら楽しいと思うよ。』
『まぁ別に予定もないしいいよ。』
『やった。じゃあ待ち合わせ時間とかは決まったらまた連絡するね。』
『了解。よろしく。』
と言うような話が持ち上がって先輩は祭りとか行くのか気になったからである。
「零士くんは誰かと行く予定でもあるの?」
「一応、同じクラスの奴に誘われて何人かで行く事になってます。」
「そうなんだ。それってもしかして、好きな子からのお誘いだったり?」
その質問に俺は思わず笑って答えた。
「そんな事ないですよ。俺今まで誰かを好きになった事ないですし。それに、感情なんてとっくに無くしてるので恋なんてできないですよ。」
と、俺は思わず自分の秘密の一部を先輩に話してしまった。
その事に気づいて慌てて「今のは……」と言い訳をしようとすると、先輩は少し笑って、
「感情がないって、そんな人居るわけないじゃない。そもそも君、私といる時いろんな表情してるよ。」
と言って、俺の冗談だと思ってくれたみたいだ。
それを聞いて少しホッとしたが、同時に先輩の前でいろんな表情をしていたのかと、自分では意識してなかったことを言われてその事が気になった。
(俺って先輩の前だとどんな表情してるんだろ?)
その後はまたまつりの話に戻った。
「祭りかぁ。でも行くと楽しそうだよね。」
「そうですか?俺人が多い所って苦手で、祭りとかって行った事ないんですよね。」
「へー。そうなんだ。祭り、結構楽しいよ。 出店とか沢山あって美味しいものとかもあるし。」
「美味しいものって。先輩って案外食いしん坊なんですか?」
そう聞き返すと先輩は頬を少し膨らませて
「そんな事ないですー。ただ、祭りの時はちょっとハメを外しすぎるだけですよーだ。」
「ハハッ。何ですかその言い方。子供みたいで面白いですね。」
「だって女の子に向かって、食いしん坊なんて言うからだよ。」
「それは、確かに祭りっていえば食べ物もそうですけど、俺のイメージだと、射的とか金魚すくいとかのイメージが強めだったのでつい……。」
「まぁ、それもあるよね。 でも、ホント祭りっていいよね。 私も行きたいけど一緒に行く人いないしなぁ。」
そう言って少ししょんぼりする先輩を見て思わず、「一緒に行きますか?」と言おうとしたが、俺には先に椿原たちとの約束がある。
そこにいきなり先輩を誘うと他のみんなが気を遣ってしまうかもしれないと思い、先輩を誘う事はできなかった。代わりにと言ってはなんだが
「先輩、生徒会のメンバーとか誘ってみたらどうですか?」
と提案してみた。
「生徒会のメンバーか。いいね!私だって勉強の息抜きぐらいしたいし。」
「そうですよ。毎日勉強じゃあ疲れますって。たまには息抜きもしないと。」
「もし生徒会のメンバーで行くとこになったら、向こうで会うかもしれないね。」
「そうですね。その時は先輩の浴衣姿が見れる事を、期待してます。」
「そんな期待とかされると恥ずかしいんだけど。 それに、浴衣着るなんて一言も言ってないんだけど!」
「えっ。着ないんですか?もったいない。
絶対似合うと思うのに。」
「大体、浴衣の着付けとかって思ってるより大変なんだからね。」
「でも、男子は女子の浴衣姿を期待してますよ。きっと。」
「もう、無責任な……。 ふふっ。やっぱり君と話してると楽しい気持ちになるな。」
「どうしたんですか?いきなり。」
先輩がいきなり変なことを言い出すので、思わず俺もどうしたのか聞いてしまった。
すると先輩が、
「同級生と話してるとどうしても進路の話ばっかりになっちゃって、なんていうか疲れちゃうんだよね。」
「疲れる……ですか。じゃあ俺といる時はどうなんです?」
「君といる時はこうやって進路以外の話ができるから気が楽だし、楽しいって感じる。
それに何より、君年下だけど年下って感じがしなくて同い年の子と普通に話してる感覚になって変な感じ。」
「年下だけど年下じゃないですか? 何だろう、それって褒められてます?」
「基本的に落ち着いてるイメージがあるからなのか、大人っぽく見える。 もちろんこれは褒めてるんだよ。」
「褒められてるなら素直にありがとうと思っておきます。」
「褒めてるだから素直に受け取りなよ。」
そう言って先輩は笑った。
やっぱり、この人の笑顔は見ていて単純に好きだ。
「祭り生徒会のメンバー誘ってみるよ。今の生徒会のお別れ会的な意味も込めて。」
「じゃあ、会場でばったり会うことを期待してますね。」
そう言って、この話は終わり、また机に向かって勉強を始めた。
俺は夕方五時前には何とか課題を終わらす事ができた。
先輩はまだ勉強に集中していて邪魔しちゃ悪いと思って静かに机の上を片付け、休憩していた。しばらく休憩していると先輩も疲れたのか一旦手を止めてこちらの方を見た。
「もしかして、課題全部終わったの?」
「はい。おかげさまで。」
それを聞くと先輩は少し残念そうな顔をした。
「そっか。じゃあ明日からは一緒に勉強しなくなっちゃうんだね。」
「まぁ、課題も終わったので、ここまで来る用事はないですし、そうなりますね。」
「思ったより寂しいな。君が話し相手になってくれたから勉強の合間も結構楽しかったんだけど。」
「篠崎先輩。あまりそういう事言うのやめてもらえませんか? 俺だって普通の男子なんですから、寂しそうな顔してそんなこと言われたら勘違いしちゃいますよ。」
先輩は寂しそうな表情そのままに、俺に聴こえるか微妙なぐらいな小声で「勘違いしちゃえばいいのに」と言ったように聞こえた。
けど、すぐ表情を元に戻して今度はニヤリと少し笑った顔をして
「勘違いってどんな事かな?私は思った事を普通に言ってるだけなんだけどなぁ。」
とイタズラっぽく返してきた。
そんなことを言われて少しムカッとした俺は先輩に向かってそのままの言葉で返した。
「それは、先輩が俺の事好きなんじゃないかって思っちゃうって事ですよ。」
それを聞いた先輩は少し嬉しそうな顔をしてすぐ元の表情に戻った。
「いいじゃない。君が私に対して何とも思ってなければ特に問題はないんじゃない?」
「じゃあもし、今ここで俺が先輩のこと好きですって言ったらどうするつもりですか?」
「うーん。そうだね。 それはその時考えるかな。だって今は言われてないし。」
「先輩ってちょっと、意地悪なとこあるんですね。」
「意地悪な女は嫌い?」
「別に。」
そう言って俺は顔を横にフイっと向けた。
その行動が先輩には面白かったらしくまたしばらく笑っていた。
けれど、本当に今日で夏休み先輩と会うのは最後かもしれないと思うと少しだけ寂しいと感じる。
そう思うのは多分、先輩と一緒に勉強していたこの一週間が、充実した時間だったと感じているからだろう。
けれどもし、仮に本当に先輩が俺の事を好きだと思ってくれているとしたら、俺は先輩の気持ちに応える事はできるのだろうか?
確かに、先輩といる時は楽しいし、時々意地悪な事されるけど嫌ではない。
もし俺が?それこそ普通の男の子であればこんないい人好きになっていただろう。
けど今の俺には、感情というものがよく分かっていない。そんな俺が先輩の好きに応えられるはずなどないという事は考えなくても分かりきっている事だ。
『もし今先輩から告白されたら)とそこまで考えて俺は自分が恥ずかしくなった。
今考えていた事すべて、俺の勝手な妄想であり現実じゃない。それにこの考え方はあまりにも自意識過剰であると気付いたらとても恥ずかしくなった。
先輩といた時間は楽しかった。今はそれだけでいい。それ以上の気持ちなど今の俺には不要なものである。
それに、先輩とは今日で夏休みの間は会う事はないかもしれないが、夏休みが終われば、また学校で会う事になるだろう。そしたらまた、いろいろ話す事ができるかもしれない。
今はただそう思う事だけでいいのではないだろうか。
夕方五時過ぎ、先輩は勉強していた手を止めて本を読んで時間を潰していた俺に向かって、
「そろそろ帰ろうか。」
と言ってきた。
俺が課題が終わってもまだいた理由は、先輩と会うのが夏休み今日で最後かと思うと何となくもう少し一緒にいたいと思っていたからだ。だから、本を読んで先輩の勉強が終わるのを待っていた。
だから、先輩から声をかけられて俺は本を戻しに向かった。
本を戻して机に戻ると先輩は片付けを終わらして待っていた。
「それじゃあ、帰りましょうか。」
と俺は言って一緒に校門まで歩いて行った。
今日が終われば、俺は家にこもってゲーム三昧の日々を送るだろう。そして、来週末に一度だけ外に出て、椿原達と祭りに行く。
そこにはもう先輩と、ゆっくり話したりする時間はなく会うこともないだろう。
何となくだが、これが『寂しい』という感覚なのだろうか?
先輩と会って勉強して、休憩中に話をしてる時間がとても楽しいものだと思ったらと思うとモヤモヤが止まらない。
こんな感じになるのは先輩のいる時だけだ。
他のクラスメートと話しているときにはこんな事はならない。これが先輩に対して特別なものだとするのなら何という感情になるのだろうか?
もしかしたら、春希なら知ってるかもしれない。祭りで会うときに相談してみよう。そう思いながら、校門まで着いて先輩とその場で分かれた。
「じゃあ、またね。」
と、先輩は言う。
それにつられて俺も
「はい……。また。」
とだけ言う。
これから夏休みその外に出ることなんてないというのに、俺の口からは『また』という言葉が出ていた。これはきっと、俺の口から思わず出た本心だろう。
先輩と最後にあった日から一週間以上経った。あれから、俺は家にこもって溜まっていたゲームをひたすらプレイしている。
ゲームをしているとき、偶に先輩の事が頭に浮かんできて、今何してるんだろうか?なんて考えてしまう時がある。
俺は元々ゲームやアニメ、漫画が好きだ。
だからこの気持ちがなんなのか漫画を読んだりアニメを見たりして考えたりする。
けれど、どれを見ても結果は決まっていて、『好き』という好意であると言われているような気がした。
俺はそれを信じたくなくて、夏休み残りの期間より一層ゲームにのめり込むようになっていた。
もし、俺が先輩に抱いている気持ちが好意だとするのなら俺はそれを絶対に認めない。
それを認めてしまうと、俺の中には感情がまだ、残っているという証明になってしまう。
そんな事、俺自身が認められるはずなどない。その感情の中にはきっと怒りや憎しみといった、父親への憎悪も、含まれているかもしれないのだから。
きっと俺は怖いのだろう。感情があるという事は、良いことだけでなく悪い方の感情もあるという事。そして、その感情が憎悪というものであるのならば、俺は、父親のことをいつかきっと、殺してしまうかもしれない。
それどころか、誰かを好きになってしまったらその人に俺は怒りをぶつけて、父親と同じようになってしまうかもしれない。
そんな恐怖を俺は感じたくない。
だから、俺が今先輩の事を考えて感じているこの気持ちは決して『好意』ではなく『興味』である。そう思い込む事にした。
『興味』というのは『好奇心』である。
もし、『好奇心』が感情の一部だとしても、それが悪い方の『好奇心』でなければ、誰も傷つける事はないだろう。
そして、先輩への『好奇心』がほんの一時のものであるならば、それが冷めた時、俺はまた感情のないただの人形に戻るだろう。
そう思う事で俺は自分自身を保つ事にした。
この事は最初、春希に相談してみるつもりでいたが、それもやめた。相談して答えが俺と同じなら、俺はそれを認めなければならなくなるから。だから、俺は逃げた。
答えを知りたくないと、自分の出した答えが間違いであってほしいと思い込みたいから。
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