第20話 夕暮れの空

「彩」


 知美の呼びかけに突然何かに吸い寄せられるように立ち止まった彩が振り帰った。


「どうしたの?」


 久しぶりのショッピングに疲れた?

 しかし彩は心配げな知美ににっこりと微笑んで見せると、「見て」と、横を向く。知美も立ち止まって視線を向ける。

 二人の歩く土手も川も、あたり一面全てを赤く染めながら夕日が沈もうとしていた。


「わぁ、きれい」

「本当にきれいだね」


 川の水がキラキラと輝く、彩はそれをただ微笑んで見詰めていた。


 初詣からの後の日々は、私にとって別世界だった。

 全てが輝いて見えた。

 いままで行ったことのある動物園も水族館も、隣に健一君がいるだけでそこはまるで知らない場所のようだった。

 楽しかった。

 幸せだった。

 それが体からにじみ出てオーラとなって、周りの人にも伝染するのだということも初めて知った。

 苦手だと思っていた友達作りも、気がつけば自然と私の周りには友達がいて、一緒に話したり笑ったりしていた。

 知美という親友もできた。

 水泳も楽しかった。

 あれだけ体がすくんでしまっていた飛び込みも、今では飛び込まないで水に入るのが物足りないとさえおもえるほど好きになっていた。

 たぶんそれは、彼と一緒の目標を持っているから。

 私の視線の先にはいつも彼がいた、彼が私を笑顔で見守ってくれている。

 それだけで自分でも信じられないほどの勇気と力がわいた。

 そしてなにより、心の中がとても暖かかった。

 私はあの日以来一人で泣いたことはない。

 私の心はいつも彼と一緒にいる。そして彼の心もそうだと信じている。

 それにたとえ私の体が消えようとも、私という存在はずっと残るということを、そしてそれでも彼は前を向いてちゃんと歩いていけるということを。

 だからもう何も怖くは無い。


「知美」


 まだ夕日に見とれていた知美が振り返った。


「ありがとう」

「なによいきなり」

「私、今とっても幸せなの」


 そういって満面の笑みで微笑む。


「なんだ、のろけかぁ」


 そういいながら、知美の目はやさしく私に微笑みかける。


「うん、素敵な彼がいて、素敵な親友がいて、私泣きたいぐらい幸せなんだ!」


 そういうと、夕焼けより顔を赤くして照れたように笑っている知美に思いっきり抱きつく。


「恥ずかしいよぉ」

「いいじゃない、女同士なんだし」


 そういいながら知美も私を引き離すことはしないで、ただ微笑んでいる。

 だから私ももう言葉にはしない、ただ心のそこから微笑み返す。

 

「私、本当に幸せなの」


<飯島彩編完>

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初恋の空 トト @toto_kitakaze

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