自分にしかできないこと
きと
自分にしかできないこと
ザーと勢い良く雨が降る夕方。寂れたバス停に駆け込む二つの影があった。
「ちくしょー。何で急に降ってくるんだよ。ついてねー」
「天気予報だと、降水確率低かったはずなんだけどね。ま、こればっかりは仕方ないし、休んでこうよ」
そう言ったものの、だいぶ濡れてしまったのでここに長居すると、風邪をひいてしまいそうだ。だが、天気なんて変えられるものではない。雨が止むまでは、大人しくしておいた方がよさそうだ。
バス停のベンチに二人は座り込む。特にやることもないので、双方スマートフォンを見ながら時間をつぶしていた。
五分ほど経っただろうか、早くも時間を持て余した一人がしゃべりだす。
「なぁ
「一応は。学科とかはまだ決めてないけど、大学に進学するつもり。数学得意だから、理系になると思うけど」
「なるほどな」
「その様子だと、まだ
その言葉に昭久と呼ばれた男の子は、ああ、と小さく漏らした。
まだ高校一年生の夏なのに、進路を決めるとは気が早いな、というのが昭久の正直な感想だった。そして、進路調査票を配られた時。先生は、強く大学進学を
昭久にとっては、自分の高校が将来的にどうなるかは興味がなかった。それよりも気になっていたのは、進路調査票を配った時。大学進学を勧めた後に先生が言った言葉だった。
「……裕二は、自分にしかできないことって何だと思う?」
『進路は、自分が学びたいと思うものを選んでみましょう。大学はたくさんありますから、じっくりと時間をかけて探してみてください。そして、どうしても決まらない人。どんな人でも、誰にも負けない、自分にしかできないことが必ずあります。自分が得意だったことなどを振り返り、自分にしかできないことを見つけて、進路を決めてみるといいでしょう』
以上が、先生が言っていた言葉だった。
先生が言っていた、自分にしかできないこと。それがどうにも引っかかっていた。勉強も運動も中の中をいく昭久にとっては、得意なことと言われても困る話だった。
対して、裕二は本人も言っていた通り、数学が得意だ。他の教科も平均よりも少し上で、勉強が得意と言っていいだろう。そんな彼なら、自分にしかできないことを見つけてるはずだと思った。
だが、
「僕は、自分にしかできないことなんてないと思ってるよ」
「へ?」
意外な返答に思わず変な声が出る。
「僕ができることなんて、他の誰かができることだよ。過去の偉人がやったことだってそうさ。たまたまその人がやっただけで、後の時代に同じことをやった人は、必ず現れてたよ」
なんともドライな考えだが、その通りなのかもしれない。
自分ができることなんて、他人にもできることがほとんどだ。すごい人が成し遂げたことだって、他にも同じことにチャレンジしている人はいただろう。そして、いずれは誰かが辿り着く。恋愛だってそうだ。たまたまタイプの人がいただけで、探せばほとんど同じような人がいるだろう。
世界のどこかに、必ず自分の替わりはいる。
「あれ? でも……」
一度は、裕二の考えに賛同しかけた昭久だが疑問が生じた。
「どうしたの?」
「俺はやっぱり、あると思う。自分にしかできないこと」
「どんな?」
「ここでお前の話を聞くことさ」
世界のどこかに、必ず自分の替わりはいる。
でもこの瞬間、裕二の話を聞くことができたのは、昭久だけだっただろう。
視野が狭くなっていた。いや、視野を広くし過ぎたのだ。
「世界ではじめてのことを成し遂げるってわけじゃないんだ。単純に、目の前で困っている友人がいたとしてさ。それももしかしたら、いつか自分じゃない誰かが助けるのかもしれない。でも、だからといって見過ごすのは違うだろ?その瞬間、きっとその友達を助けられたのは、俺だけじゃないかって思うんだよ」
言い切って、自慢げに胸をそらす昭久に、裕二は思わず笑ってしまった。
裕二としては、その瞬間にも自分以外の誰かがいる可能性があると思っていたのだが、口に出すのは野暮のようだ。
自慢げだった昭久は、いきなり立ち上がり、
「よし! 決めた! 俺は探偵になる! 困っている人を誰かが助けるだなんて思って、見過ごされないように!」
「え、その理由なら警察官の方がいいんじゃ」
「警察官は有事の時にしか動けないしな。なら、いろんな手段で人を助けられそうな探偵がいい!」
……
気づけば、雨も止んでいた。
自分にしかできないこと きと @kito72
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
手さぐりで書くエッセイ/きと
★8 エッセイ・ノンフィクション 連載中 11話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます