番外編 カンナギの過去『孤独のスケッチ』 第4話

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 実は、相手と「同じ」であるということはそんなに起こりうるものじゃない。好きなもの、嫌いなもの、得意なこと、苦手なもの、考え方、感じ方…いくつか似ているところはあるかもしれないけれど、何もかもが全部自分と同じ相手というのは、どこにも存在しない。みな違う人間。同じじゃなくて、当たり前なんだ。違っていて、自然なんだよ。

 それでね、侑。これがとても大事なことなんだけれど、人と違っているということ自体、そもそも孤独と隣り合わせでもあるんだ。つまり、ほんとうは誰しも孤独になる要素をもっている。どういうことか、わかるかな?


 何もかもが違う人間同士であるということは、そこには常に「お互いに分かり合えない」「自分のことをわかってもらえない」可能性がつきまとうんだね。人は分かり合えることが当たり前だとする主張もあるかもしれないけれど、それは思い込みにすぎない。分かり合えて当然だと思い込んでいるから、お互い分かり合えないことや、自分のことを分かってもらえない事態に遭遇した時に、大きなショックを受けてしまったり、不安に心を支配されてしまう。だけど、本来は分かり合えないことの方が当然なんだ。繰り返しになるけれど、何もかも違う人間同士だからね。

 人は本来分かり合えなくて自然なんだということ…侑は失望してしまうだろうか。


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 僕は目をしばたたかせた。

 だって――人は分かり合える生き物だと、いつの間にか僕の中にインプットされていたんだ。でも、心のどこかで本当にそうかな? とも感じていた。だけど、そういう疑問を口にすると、周りの人たちは決まって僕を「ひねくれた子ども」として扱ったし、中には困惑したような表情を向ける人もいた。


 だから、「ああ、僕がひねくれているから、おかしなことばかりが頭に浮かんで、周りの人を困らせてしまうんだ」と思って……僕は、僕は……


 頭の中が言葉にならない思いで塗りつぶされていく。失望とは違う別の――おそらく前向きな――感情を抱きながら、僕は手紙に意識を引き戻した。

 

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 おじいちゃんはね、分かり合えない可能性があるということを決して悲観していないんだ。だって、分かり合えないからこそ、分かり合おうと努力できる。自分には分からないところがあるからこそ、その人のことを一生懸命知ろうとして、思い遣ったり、想像したりして、分かろうとする。ときには、たくさん話し合うことも必要かもしれない。もし、分からなかったとしても、それはそれでいいんだ。「ああ、自分とは違う考えや感じ方があるんだな」ということが分かっただけでもすごいことなんだよ。


 人間はお互い似ているところもあるかもしれないけれど、根本的に違う者同士。違っていること、分かり合えないことがあって当たり前だから、それに伴って、孤独を感じることがあっても不思議じゃないし、孤独であることは決して悪いことじゃない。

 だけど、独りになるのが恥ずかしかったり、怖かったりして、無理やり自分をいつわって周りに合わせることで一時的に安心感を得て、なんとか孤独を遠ざけようとする人もいる。一見すると、気が合うもの同士、仲良くしているようでも、本当はお互いの顔色をうかがって、空気を読んで、必死で仲間はずれにならないように気を遣い続けている人もいるかもしれないね。それは何も子どもだけの話じゃなく、大人にだってそういうことはある。

 仲間はずれになりたくない、独りになりたくないという思いそのものをおじいちゃんは否定するつもりはありません。でも、ここで侑には少し考えてみてほしい。どうして人は仲間はずれになりたくない、独りになりたくないと自分に無理を強いてしまうんだろう?


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 祖父の問いかけに、僕自身の経験を照らし合わせてみる――「みんな」に相手にされていない自分は恥ずかしい、独りでいるのは寂しく、惨めだ、仲間に入れないのは自分に何か重大な欠陥があるからだ――

 …他の人にとってはそうじゃないかもしれないけれど、僕にとっての「孤独」は、自分自身の存在を揺るがすような、否定されているような、悲しく、不安な気持ちを呼び起こすものだ。

 おじいちゃんの答えはどんなものなんだろう? 答え合わせをするべく、僕は便箋をゆっくりめくった。

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