番外編 カンナギの過去『孤独のスケッチ』 第5話

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 独りでいるのは寂しくて、惨めで、恥ずかしくて、不安で、いたたまれない。独りでいる自分に何か問題があるのかもしれない。侑はそんな想像をしたかもしれないね。

 独りだと心細い、悲しい、どこか心が満たされない…。いわゆる「寂しさ」を感じるのは人として自然なことだとおじいちゃんは思います。おじいちゃんも実は幾度も孤独を経験したけれど、やっぱりそのたびに寂しさを感じたものです。


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 たくさんの人から慕われていたおじいちゃんですら孤独を経験していた――? それも、「幾度も」って……僕はそのことをすぐには信じられず、とても驚いた。もしかすると、おじいちゃんも僕が経験したような時間を過ごしてきたのだろうか?

 

 いくら想像したって当然答えは出てこない。だけど、「誰しも孤独になる要素をもっている」という祖父の言葉が、僕なりに、少しだけ理解できたような気がした。


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 寂しく感じてもいいんだ。それは、侑の心がちゃんと元気に生きている証拠でもあるから。

 だけどね、侑。孤独であることを恥じたり、惨めに思う必要は全くないんだよ。

 ひとりぼっちでいることを何か悪いことのように捉える風潮が世の中にはあるかもしれないけれど、それは違う。友だちが少なかったり、周りに人がいないことを、そのままのこととして受け入れるのではなく、「人間的に何か問題があるからだ」「かわいそうな人だ」と一方的に解釈するのは違うよね。侑ならその意味をよくわかってくれるのではないかと思います。


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 僕はひときわ大きくうなずいた。内実も何も知ろうともしないで、勝手に決めつけるのなんて僕は大嫌いだ。強い不快感が身体を駆け抜けていくのを感じながらも、僕はある箇所が気になって視線を引き上げた。


「ひとりぼっちでいることを何か悪いことのように捉える風潮」


 少し反芻はんすうして、はっとする。そうだ、どうして僕は……! 自分の中にいつしか入り込んでいた「思い込み」に満ちた考え方――ひとりぼっちでいることは悪いことである――に僕はどきりとして、唇を噛み、たまらず溜め息を吐いた。


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 周りからどう思われているのか気になったり、人の目が怖く感じられてしまうのは、人と関わって生きていく以上、多かれ少なかれ誰にでもあることです。とはいえ、周りに良く思われようと周囲の考え方や価値観をよく考えないままに受け入れて合わせてしまうと、自分が本当はどうありたいのか、自分の本心がわからなくなってしまう。

 

 侑、実はね、「孤独」が自分自身の存在を心もとなく感じさせたり、揺るがしているんじゃないんだ。孤独を良くないものだとする「誰か」の価値観を受け入れているから、孤独な自分を責めたり、惨めな存在だと思ってしまう。自分の本当の気持ちを置き去りにして、周りに合わせようと無理をすることが、自分自身の存在を心もとなくしているんだよ。

 「孤独」そのものは、決して悪いものじゃない。自分自身と深く向き合い、他の人と違う自分を受け止め、自分の心の声をしっかり聴く。孤独が、ひとりで落ち着いて考え抜くことが、自分を見失わないための大切な訓練の時間にもなりうるんだ。


 みんなと同じでいられないからと学校で「ひとり」であることを選んだ侑、そして、家族の中で自身を受け入れてもらっている感覚が得られなくて「独り」であると実感している侑は、決して惨めじゃない。ましてや、侑に問題があるわけでもない。孤独な状況に真っ向から身を置くことができる侑は、勇気と覚悟のある、とても強い子です。


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 大好きな祖父からの真っ直ぐな肯定と称賛。とめどなく溢れ出る涙をなんとか止めたくて、ぎゅっと目をつむった――けど、すっかり壊れてしまったらしい涙腺は僕の意思なんかお構いなしに涙を押し出してくる。

 祖父を失った強い悲しみはしっかりと心の中にあるのに、嬉しいとか、そんな前向きな感情なんて感じられるような心境じゃないのに、なのに、なのに……

 僕はたしかに、温かく癒されるような、そんな気持ちに包まれ始めていた。

 

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 人と違うことを恐れなくていいんだよ。

 人と違うことは人間の本質そのものだから。

 侑の感受性や想像力、他の人がなかなか気がつかないことに疑問を感じたりする力は、誰かを困らせるものではなく、何よりの個性であり、神様からの素敵な贈り物なんだよ。

 誰に何と言われようと、侑が「侑でいること」を諦めてはいけないよ。侑が「侑でいること」というのは、周りに簡単に流されたり、迎合げいごうしたりせず、自分をしっかりもって、とことんまで「考え抜く」こと。


 たとえばだけれどね、世の中には色んな考え方や価値観があるよね。どういう価値観に基づいて行動しているのか、どんなことを大事にして生きていきたいのか、何を優先することが幸せなのかは、人それぞれで、皆にとって「これが絶対の正解」というものは存在しないはずなんだ。でもその一方で、「人それぞれ」と言いつつ、世間的に根強く支持されているやり方、考え方、価値観、さらには観念といった数々が、モノの見方や判断基準を固定化したり、さらには実際の行動を抑圧してしまうことがあるんだね。


 言い換えるなら、多くの誤った「思い込み」によって人の考え方や選択肢が制限されてしまう、ってことでもあるんだけれど、侑の発想はとても自由だ。

 侑が、世の中の「思い込み」にのみ込まれず、不思議だな、なぜだろう、知りたいなって思えるのは素晴らしいことなんだよ。もしかすると、そんな侑のことをおかしいって言ってくる人がいるかもしれないけれど、そのときは「なぜおかしいのか」をいてみるといい(もちろん、できる範囲でいいからね)。

 それこそ、「おかしいからおかしい」みたいな答えになっていないものだったり、感情に任せただけの抽象的な内容なら、全く気にする必要はないんだよ。多くの人の考えや感じ方に耳を傾けることはとっても大事な姿勢だけれど、すべてを真に受けなくていいんだよ。つまらない悪意に、おじいちゃんの大切な侑を傷つけさせたくはないからね。


 本当に長い手紙になってしまいました。ここまで読んでくれて、ありがとう。

 さて、おじいちゃんから侑にプレゼントがあります。

 庭の奥に物置小屋があるでしょう。

 実はね、あの小屋はおじいちゃんのとっておきの秘密基地なんだ。

 その秘密基地を侑にプレゼントします。

 きっと、侑の役に立ってくれると思います。

 封筒に鍵を入れておくからね。


 いいかい、侑。

 この世で侑はひとりしかいない。

 だれも、侑の代わりを生きることはできないんだ。

 なんだそんなあたりまえのこと、と思うかもしれない。

 でもね、これはとっても大切なことなんだよ。

 侑の心のままに生きなさい。

 大丈夫。孤独はずっと続かない。

 必ず、侑の魅力に気づいてくれる人が現れるから。


 侑の目に見えなくても、おじいちゃんは侑をずっと見守っているよ。

 侑をずっと応援しているよ。侑のことが大好きだよ。



 20××年 おじいちゃんより


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 「うっ…うう…」

 息が乱れ、嗚咽が漏れ出す。胸が痛い。頭がしびれるようだった。

 祖父から授けられたお守りのような言葉の数々に、身体の最奥から震える。

 おじいちゃん、おじいちゃん…僕は、僕は……伝えたい言葉、想いはまだまだたくさんあったのに――


 涙で手紙を汚さぬよう、一旦文机の上に避難させる。ふらつきながら立ち上がり、雨戸を開けた。

 息を吹き返す室内から朝日を見る。もうすっかり夜は明けていたのだった。

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