幕間
【
『やっぱり食堂にいた』
手慣れたフリック入力でメッセージを送信する。
昨日購入したばかりのスタンプを添えるのも忘れない。
トーク画面上にメッセージやスタンプが表示されると同時に「既読」がついた。
間髪入れず返信が表示される。
『おつかれ〜なんかあったらよろしく』
即座に「まかせて!」とポーズを決めるブサかわなクマのスタンプを送信。
グループLINEへの第一報を終え、適当な場所に着席する。
程よく距離があって、二人の様子もまぁまぁ見える良い位置を確保できたと思う。さすがに盗み聞きまでするのは私の趣味じゃないし、見つかることだけは避けたい。
もし見つかったとしても適当にごまかせばいいんだろうけど、察しの良いレンレンならおそらく怪しむはず。レンレンには嫌われたくないので、ここにいることがバレないよう細心の注意を払い続ける必要がある。私は二人から視線を逸らし、巾着袋からお弁当を取り出した。
水玉模様のランチクロスは小学校の家庭科で作った力作――と言っても裏地をつけて真っ直ぐに縫っただけなんだけど、自分で作ったものにはやはり愛着が湧くらしい。私は丁寧にランチクロスの結び目を
今日のお昼を私は楽しみにしていた。なぜなら、久しぶりに食べるママお手製のお弁当だから。私のママはパパと同じく朝から働いてるからお弁当まで作る余裕なんかないのに、こうしてたまに持たせてくれる。無理して作らなくていいってあれだけ言ってるのに。私の頬が無意識に緩む。
蓋を開けると、私の好きなおかずがぎゅうぎゅうに詰まっていた。詰め込みすぎて、ミニコロッケの形がちょっと崩れてる。朝、卵を焼いてたはずなんだけど、なぜか入っていない。さては詰め忘れかな。ママ、しっかりしてるようで結構うっかり屋さんなところもあるからなぁ。まぁ急いでただろうし仕方ないか。でも、食べたかったな。
――本当は今日、食堂に来る予定なんかなかった。ただ、飲み物を買うのに購買へ行こうとしたら、ついでに偵察してきてとお願いされてしまった。
「ついで」の範囲を大きく超えているような気がしないでもなかったけど、それはギリギリOKとして、ひとりで行くのはさすがに気がひけたから「じゃあ誰か……」と声をかけたものの、聞こえていないのか、意図的にスルーされているのか、みんな着席したまま私の方すら見なかった。
――ううん、みんな次の話に夢中だっただけで、無視されたとかじゃない。うちらはなにかと色々な話題を見つけてきてはすぐに盛り上がって笑い合うような、とにかく「仲が良い」グループなのだ。
ミニトマトを口に放り込み、咀嚼する。
そういえば――前にレンレンから「ぼっち」について訊ねられたとき、私は「ぼっち」の本名なんて忘れたというフリをした。本当はちゃんと覚えてたのに(人の顔と名前を覚えるのが私の密かな特技だ)。でも、あの時はそういう「ノリ」だった。ふつうに名前を言うなんてありえない。そんなの、「ぶちこわし」だ。
私はみんなの盛り上がりを台無しにしないため「ノッた」だけのこと。「ともだち」が大切だから。
チーズ入りちくわに箸をつける。食事に集中しようとしても、連想は止まらない。
レンレンからの質問にみんなでぼっちを悪し様に言ったとき、レンレンの眼が一瞬冷たく光ったことを私は見逃さなかった。普段の穏やかで優しげな眼差しからは想像もつかないくらい、すごく怖い目だった。
具体的にうちらの誰かを睨んだとかではない。どこを見ていたのかはわからない。どこも見ていなかったのかもしれない。ただ自分たちが「間違えた」ってことはよくわかった。レンレンにとっては「不正解」だったんだ。でも、うちらにとっては「正解」の「ノリ」で、間違いではなかったんだよ。
スマホのホーム画面が点灯し『そっちどう?』との文字が浮かんだ。
お弁当を味わうでもなく、ただ機械的に口を動かし飲み込むを繰り返していただけの動作を一旦とめて、スマホを手に取る。
『なんか騒がしくてあんま聞こえないけど、とくに何もない〜』
素早くちゃんと見張っていますよアピール。全員分の既読がつく。今度は何も返ってこない。
考えたくもないこと、嫌な予感、悪い想像で頭の中が埋め尽くされていく。
なんで私はひとりでお弁当食べてるんだろう。
教室にいるみんな、今、何を話してるんだろう。
私の悪口とか? そんなわけ、ない。
考えたくない。だれか「違う」って言ってよ。
私は間違わなかった。偵察も快く引き受けた。みんなのために。
ねぇ、わたし、悪くないよね?
(どうしよう)
ねぇ、わたし、間違ってなんかないよね?
(なんで)
だってみんなも同じことしてるじゃない
(あんなのただの悪ふざけでしょ、真に受けないでよ)
クラスのなかのわたしの「立ち位置」は、「キャラ」は、もう決まっちゃったんだよ。
今更変えられないよ。話題には注意を払って、気を遣って。
ノリが悪いのは論外、過剰すぎるとアウト。ただしく振舞わなきゃいけない。
失敗したって誰も守ってくれない。
たった60㎡のちいさな部屋に張り巡らされた「ルール」を無視して自由に振る舞うなんて、そんなの「協調性がない」やつのやることだよ。そう、「ぼっち」みたいな。だからあいつはひとりでいる。
私は悪くない。私だって、わたしだって……
(――ごめんなさい)
視界がぼやけていく。
お弁当箱の隅で潰れたミニコロッケにぽとりと一滴涙が落ちた。
ママ、ごめん。せっかく作ってくれたのに、味がわかんないよ。
目にどんどん涙がたまっていく。咄嗟に目尻を押さえた。食堂でひとり味のしないお弁当を食べ、挙句、泣いている。何に対して泣いているのかすらわからない。そのことが、より一層自分をみじめに思わせた。
ううん、私は「ぼっち」じゃない。ちゃんと、一軍グループには入れてる。
(入ってる、じゃなくて、必死でしがみついてるだけじゃないの?)
決壊しそうな心を必死で宥めようとしているのに、もう一人の自分がするどく私に問いかけてくる。やめてよ、違う、違う! そうだ、グループLINE……
スマホの画面は暗いままだった。
誰からも、LINEは来ていない。誰からも、相手にされていない。
レンレン越しに「ぼっち」を見た。
ひとりでいるあいつは「ぼっち」だけど「自由」だ。少なくとも私よりずっと。
――いや、今はレンレンがいるからもう「ぼっち」でもないのか。
ふと、自分を含めた三人で一緒にいるところを想像してみた。
なかなか楽しそうだ。まったく現実的ではないところが、また可笑しい。
私は「ぼっち」みたいに人目を振り切れるほど強くないし、ましてやレンレンみたいな「人気者」でもない。身の丈に合った道を選ぶしかない。
潰れたミニコロッケが、自分の姿と重なって見えた。苛立ちと一緒に口に押し込むと、ざらざらとした食感だけが舌に残る。
だめだ、ちゃんと監視しなきゃ。顔を上げると、ちょうど「ぼっち」の立ち上がる姿が目に入った。食堂を出ようとしているらしい。レンレンも立ち上がって、「ぼっち」を追いかけるように出て行った。
いけない、報告だ。スマホを手に取り『そっち向かったよ、多分戻ってくる』と律儀にLINEを送る。立て続けに、お気に入りのキャラクターが満面の笑みを浮かべたスタンプを送った。ひとつも既読はつかない。
胸がひき裂かれそうになる思いを、ぐっと噛み殺す。遅れて、大きなため息が出た。視線を感じて顔を動かすと、数人の女子グループと目が合った。ああもう、見ないでよ! やらしいな! と心のなかで悪態をつく。
私はやりきったのだ。さぁ、笑顔の準備をしないといけない。食べ残しの多いお弁当を片付け、足取り重く教室に向かった。
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