第16話 聖女の力 4
朝食後に、フォリアとハルスに散歩に誘われて庭へと出る。
城の庭はハルスの体調を考えて草原のような作りになっていた。
昔はよく散歩中倒れてたんだよ。
だからすぐ見つけられるように、あまり木々など植えずに芝生が敷き詰められている。
小川を流しているところにはベンチと、ガゼボ、木製のテーブル。
そこで一息つく。
あーホント人生しんどいわ。
そしてテーブルに登ると、早速またにんじんを食べ始めるアリス様。
聖獣の胃袋どうなってんの?
「リット、体調は大丈夫か?」
「今は落ち着いてるかな。……それよりも、フォリア、君の意見が聞きたい」
「私? なんだ?」
「君は聖女になりたいのか?」
それが俺にとって一番重要だ。
聖女の力は人を救うものだと思ってる。
でもその“救い”は、人によって意味が違う。
この国をこのまま維持することが“救い”である者もいればこの国を独立させることが“救い”の者もいる。
さらに他国まで含めればもっと多くの意味の“救い”が求められるだろう。
それはフォリアにとって負担だ。
今時分、過去異世界から聖女を連れてこなければならなかったほどの、聖女の必要性もない。
だから、フォリアがなりたくないなら無理に聖女にならなくていいと思う。
時折聖獣アリス様のお力を借りて、『星祝福』があるといいのかな、とは思うが。
なんにしてもフォリアの気持ちが一番だ。
「…………」
「あ、僕、少し庭で調べ物してきますね」
「え? あ、ああ」
ハルスが俯いたフォリアになにを思ったのか、立ち上がっていなくなる。
さすがに今のは下手くそだなぁ、と思わないでもないが、ついてきた父の使用人を連れて行ってくれたのには感謝しておかないとな。
その場に残ったのは俺とフォリアとジード。と、聖獣アリス様。
少し言いづらそうにしたあと、フォリアは口を開く。
「ア、アグラスト様は、私を裏切り者だと思うだろうか?」
「んん?」
最初なにを突然、と思った。
だが朝、父の発言を思い出す。
元婚約者のアグラストの前で聖女になれば、とかなんとかいうアレか。
「あんなの気にしなくていい」
「えっ、で、でも」
「俺はミリーがアグラストに惹かれてたのは気づいていたし、アグラストならミリーを幸せにできると思ったから花嫁交換に応じた。フォリアはアグラストに興味がないようだったが、そうじゃなかったのか?」
この話蒸し返さないとダメ?
俺も地味にダメージがあるので、できればもうあんまりしたくないのだが。
……てっきりフォリアは家のためにアグラストとの結婚を受け入れていたのだと思ったのだが、それはそれとして情はあったのだろうか?
まあ、ないよりはあった方がいいし、少なくとも俺はミリーのこと割と好きだったし大切にしようとも思っていたけれど。
「剣があまり得意ではないと言われて、それから私も令嬢らしくなくて……学園では『野獣令嬢』と呼ばれてたんだ」
「え、そうだったの……?」
それは初めて聞きました。
「でもなんとなく、あの人に嫁いだら私も母もあの家から助けてもらえるんじゃないかと……勝手に期待してた」
「!」
……ああ、そういう。
「フォリアが構わないのであれば、フォリアの実母はうちの国に呼んで構わないぞ。まだ実家にいるんだろう?」
「え! 待て待て違うんだ! リットの負担になるようなことはしたくないし、母もそれを望まないと思う! 母は、今も普通に父のことが好きだから!」
「……あ、そ、そうか」
それは余計なお世話か。
……いやしかし、そうなると余計にフォリアの父親が侯爵令嬢を後妻に迎えた理由が気になってくるんだよなぁ。
いくら邪樹の森との間にエーヴァス公国を挟むと言っても、辺境伯である以上かなりの権限と権威は持っているはず。
フォリアの家の事情は、別な角度から見た方がいいかもしれない。
フォリアの両親が、いまだに両想いならば尚更。
「え、ええと……だからその……私は……リットの手伝いをしたい。だから、聖女になった方がいいのか、って」
「俺やこの国のことは考えなくていい。フォリアがどうしたいのかを聞いているんだ」
「…………」
なんとなく、花嫁交換の結婚式後を思い出した。
あの時フォリアは空気を読んで、「肉が食べたい」と言ったんだったな。
あれはあれで確かに本心だったのだろうけど、彼女の叫びたかった本心はどこにあったのだろう。
ここでまで、そんな気を遣わなくていい。
俺には本音でぶつかってきて欲しい。
なんでかわからないが、強くそう思う。
見つめていると、フォリアは顔を上げた。
真っ直ぐに俺を、真面目な顔で見る。
「私はフォリア・エーヴァスになった。だからリットとこの国のためになるようにしたい。私は難しいことがよくわからないから、やっぱりリットに教えてほしい。この国のために、私は聖女になるべきか否か!」
「!」
「リット、それが——今の私の望みなんだ。だから教えてほしい。私はどうしたらいい?」
深緑の瞳。
こんなに彼女を真正面から見たのは——初めてかも。
「…………」
溜息を吐く。
あーはい。俺の負けですね、これは。
胃が痛いわ。
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