第15話 聖女の力 3
翌朝。
フォリアがエーヴァス公国に来て、三日目の朝である。
そうだよ、三日だよ……
なのに、そんな我が国に来て三日しか経ってないフォリアに……朝から父上が「聖女が嫁に来るとは! これでうちの国も安泰だな!」と朝っぱらからエールを飲みながら叫ぶ。
がはは、と笑って超ご機嫌。
いやいや、いやいや。
「それで、フォリアさんはいつ頃正式な『聖女』になるのかしら? できれば大々的に、他国の要人を招いて行った方がいいのだけれど……それまでお待ちいただくことは可能? 一番近くで言うと『交流夜会』かしら? リット発案の」
「おお! そうだな、それがいい! フォリア殿の元婚約者、アグラスト王子にも見せつけてやれ! がははははは!」
だめだこの人たち。
完全に頭がパッパラパーになってる。
『聖女』など伝承。
と、言い放ってやればいいのかもしれないが——。
『にんじんうめぇ! にんじんうめぇ! ヒャッホー!』
「アリス様はにんじん大好きなんですね」
「というか昨日からずっと食べてないか? どこに入っていくんだ?」
ハルスとフォリアに挟まれる形で、聖獣アリスが縦長くカットされたにんじんをカカカカ、と口に吸収していく。
聞いた話だが、復活して俺たちに身バレしたあとはひたすらにんじん食ってたらしい。
元がぬいぐるみとは思えない食欲。
“うさぎ”……といったか……にんじんが好きなのかな?
「えーと、ところで俺が寝てる間に色々あったらしいが……その、フォリアは
「え、ええと、聖獣様のお話ですと
俺の意を汲んで答えてくれたのはハルス。
はしゃぐ両親の手前、こういう言い回しをしないといかんのだ。
ついでにはしゃぐ両親に釘を刺す意味もある。
フォリアは
それをしっかり、改めて、理解させる。
「今は聖獣アリス様のお力をお借りしているにすぎず、真の聖女とは呼べないそうです。簡単に言うと仮契約、という段階ですね」
「なるほど。で、正式に契約すると……」
「はい。正式に契約され、聖女となれば『
俺に使用された『星祝福』は、まだ仮契約状態のものか。
それでもこの効果……凄まじいな。
「『星祝福』を使った魔石の浄化は、行えばその先百年は浄化が必要なくなるそうです。さらに、『星祝福』で結界を張り、その中に浄化済みの魔石を置いておくだけで魔石は穢れを溜め込まなくなるとのこと。『星祝福』で張られた結界は、聖樹を中心に拡げることが可能であり、聖女が存命ならば何人も結界を破壊することは叶わない——」
それはジードに聞いたものと同じ説明だな。
要するに聖女がいるだけで邪樹と魔物から守られ、魔石は『祝福』を用いずとも結界の中に置いておくだけで浄化され続ける。
ただし、『聖女』の存命中のみ。
聖女により結界は広げられるから、やり方によっては
「…………」
胃が痛——くはないのだが、もう胃が痛いと思うのに慣れてて痛みを思い出す。
頭を抱えたくなったが、食事中なので我慢した。
ヤバいなー、ホンットヤバいわー。
うちの国もシーヴェスター王国からの完全独立推奨を謳う“強硬派”と、公爵家——俺んちのことである——を支持する“穏健派”、そしてその中立である“中立派”が存在する。
フォリアのことが強硬派に漏れれば目も当てられない。
父も母も口ではあんなこと言ってるが、マジでそんなことしたらどうなるのかはわかってるはず。
……なのだが、実際『聖女』の力を使えば……多分できてしまう。
——エーヴァス公国、独立戦争——聖女がいれば勝てる見込みが跳ね上がる。
「…………」
「兄様、兄様、やはりお粥の方がよかったのでは……」
「リット、大丈夫か?」
「……ごめん、お粥で……」
「すぐにお持ちします」
固形物が喉を通らん。
父と母のこの様子……多分、父も母もそのつもりがある。
だからさっきあんなことを言ったのだ。
俺は為政者としても才能がない。
先を読む力がないからだ。
それでも長年、為政者としての教養やら勉強やらは頑張ってきた。
だとしても才能のあり、経験もある父や周辺諸国の王侯貴族の足元にも及ばないだろう。
勝てる気がしない。戦争にも、為政者としても。
わかってはいるつもりだが、俺の理想や夢は為政者として甘すぎる。
これではフォリアのこともハルスのことも、弱い民のことも守れない。
諦めるつもりはないが、まずは目の前の両親か、と思うと胃が痛い。
「うっ」
「に、兄様っ」
「リット、まさか胃が痛いのか!? 胃の穴は治ったのではないのか!?」
「あ、穴は治ったと思うけどこの痛みは多分違う……」
「「ええっ!?」」
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