第17話 聖女の力 5
「まず、最後まで聞いてほしい」
「お、おう」
「ぶっちゃけると、聖女の力はほしい」
魔石の浄化。
魔石を浄化し続け、なおかつ魔物が入って来れなくなるのと、邪樹の発生を抑える結界はうちの国にはありがたすぎるくらいありがたい。
ほしい。
得られるのなら喉から手が出るほどほしい。
「でもそれに伴うデメリットの方がでかい。まず……」
と、一つ一つ丁寧に説明してやる。
フォリアはそれを……最初は真面目に聞いていたのだが、途中から難しくなってきたのか顔がしかめっ面になっていく。
おかしいなー、結構丁寧に優しく噛み砕いて説明してるんだけどなー。
まあ、とにかく最終的に半分くらいで終わらせた。
他にもあるけどな、とつけ加えてから酸っぱいものでも食ったような顔をされてしまう。
なんでだよ。
「じゃあリットは私が聖女にならない方がいいのか?」
「俺としてはデメリットがでかいから、フォリアの意思に委ねようと思ったっていうのが正直なところだな」
簡単に言うとな。
それに尽きるな、うん。
ジードの淹れたハーブティーを飲みながら、一息つく。
話を聞いたあとのフォリアは、やはり小難しい顔をしていた。
『あたちはどっちでもいいわよ』
と、アリス様が口を開く。
あ、いや違うな。
にんじん全部食い終わったんだわ。
どんだけ食うんだこの聖獣。
その体のどこに消えたのか。
『あたちの持ち主だった、今は聖女と呼ばれるようになってる女の子がこの世界に召喚されてきた時代と違って、今はあんまり魔物も邪樹もないみたいだし』
マジかよ。
その発言だけで古の時代のヤバさが窺える。
伝承通り、よほどひどい時代だったんだな。
「聖女がいた時代はもっとすごかったのか」
『もっとヤバかったわよ。大地なんてまともなところを探す方が大変。魔物は四六時中襲ってくるし、瘴気毒による病で人はバタバタ死ぬし、死体は埋めるところもないし埋めたところで魔物に掘り起こされて食われるから焼いてから埋めるのよ。食べ物は魔物しかないから、栄養も偏るし……ろくな時代ではなかったわ』
……想像以上に伝承通りのひどい時代だったんだな……。
伝承だから盛られてるのかと思ったら全然盛られてなかったし、思ってたより酷かった、だと。
「それに比べたら確かにましだな!」
『だからリット坊やの言う通り、フォリアが聖女になる必要ってないんじゃない? フォリアが望むならあたち、あんたと契約して聖女の力を与えてもいいけど』
「うーん」
そうして腕を組んで考え込むフォリア。
彼女だけに難しい判断を任せすぎだろうか?
だとしても、俺の意見はもう伝えた。
その上で
そうでないと、きっとフォリアは、後悔する日が来る。
「なあなあリット」
「ん、なんだ?」
「私が聖女になって困るのは、戦争が起こるかもしれないからだよな?」
「そうだな」
それは俺にとってもっとも避けたい。
俺の理想……夢は、周辺諸国と仲良くすること。
それにはまず帝国と終戦、不可侵条約、和平条約の締結がしたい。
聖女の力はそれの弊害になりそうだし、なんなら元から一枚岩と言い難い国内分裂を招きそうだし、それがシーヴェスターまで飛び火しそうだし、そうなったら帝国とも休戦状態の均衡が崩れて三つ巴どころか、下手をすれば四つ五つの勢力に分断して……あ、もう考えるのやめよう。
胃が痛い。
「戦争が起こるかもしれないのは、あれだよな。帝国の考えてることが全然わからないからだよな?」
「…………。……まあ、そうだな」
帝国の悲願は大陸の統一である。
そう言われてきたが、複数の種族や部族で構成された小国を手中に収めるために長い間戦争を繰り返してきた。
その反動で、今はおとなしい。
とりあえず邪樹の森の向こう側は全部帝国のものとなっているものの、こちら側に攻めてくるには邪樹の森をなんとかしなければならないはず。
その邪樹の森をなんとかできてしまう聖女の力は、帝国にとって喉から手が出るほど欲しいもの——と、いうのは、それを前提とした考えである。
では、その真意は?
次期皇帝はどんな人物で、今後帝国をどのようにしていきたいと思っているのか、今の国々の現状を、どう思っているのか。
それを知るために、『交流夜会』を企画した。
半年後、アグラストを始めとした次世代の王侯貴族の腹の探り合いが行われる。
無論得意な場ではない。
だが、探らなければならない腹がある。
「……フォリア、半年後にシーヴェスター王国の王子と帝国の皇女を招いて交流夜会を行うんだけど……それを見定めてからでもいいか?」
「!」
どうだろう、と首を傾げると、なぜだか歪んだ顔をされた。
なんかこう、笑うのを失敗したような、そんな顔だ。
なんで?
「う、うん、うん、い、いいぞ! そ、そ、そ、それまではなにをしてればいい!?」
「フォリアがしたいことをしてていいぞ。報酬を渡すから魔剣を作っておいでって言ってただろ?」
「あ! そうだった! 魔剣! リット、私は魔剣を作りに行ってくるぞ!」
「あ、うん。ちゃんと素材をもらってから行けよ?」
「わかった!」
「素材の方は門の方に預けてありますので、門番の詰め所に声をかけてください」
「わかった! ありがとーーーーー!」
フォリアが立ち上がると同時にアリス様がフォリアの肩に飛び乗った。
そして魔剣のことを思い出したら、もうそれしか考えられないとばかりに走り去っていく。
元気だなぁ……。
「…………」
「? なんだ? ジード」
その背中を眺めていたら、ジードの視線に気がついた。
立っていたジードは俺を見下ろしながら、小鴨の親子でも見るように微笑んでいる。
ええ、なにキモ。
「胃は」
「ああ、今は大丈夫だな。昨日のフォリアとアリス様の『星祝福』のおかげのようだ」
「……それはなによりでございます」
なんか含みのある聞き方だった気がするが、わざわざ藪蛇を突くこともあるまい……。
とりあえずハルスを迎えに行ってもらい、今日もお仕事を頑張りましょう。
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