第1話


「いや、ここでこう曲線を描いてる芸術性がたまんねぇんだよ! ほんとわかってねぇなぁ」


放課後。

生徒たちが帰り、人の少なくなった教室で源吾茶屋悠斗(げんごちゃやゆうと)が響き渡るほどの声で叫ぶ。


その姿は、おおっ広げに何かを語るような、それとも何かを必死に訴えているような、言葉にし難い印象だった。わかりやすく伝わるようにと、必死にジェスチャーまで加えられている。


普通で普遍の何一つ取り柄のない15歳の少年、鈴木太郎(すずきたろう)は彼の言葉を少し微笑んで大人しく聞いていた。

 

「ミクちゃんのおっぱいは本当に見てるだけでたまんねぇぜ! 俺らが放課後デート行けるなんて、夢みたいだよな、太郎」


「ダブルデートだなんて……調子に乗りすぎだよ、悠斗くん」

 

冷静に客観的に、微笑みを崩さぬまま、少年は悠斗にツッコミを入れた。

遠足前夜、眠れなくなっている子供はきっとこんな顔をしているのだろう。


こんな澄んだ目をして事をそわそわさせている理由がこれほど低次元なものかと知ったら全米も泣いてしまう。


「とにかく、今日は俺の人生にとって、一番になってしまうかも知れないほどに大切な日でもあるんだ」

「そして本日のお前の役務は、俺より目立たないこと」

「場の雰囲気をうまい具合に回すこと」

「そして、ミクちゃんの連れをご満悦させること。これ以上は望まねぇよ」


「望み過ぎだよ。ツッコミどころも多すぎるし……第一、何で僕が一緒じゃなきゃだめなの?」


「それは、ミクちゃんが『連れと一緒がいい〜』って言うから……」

 

ミクの言う『連れと一緒がいい〜』が脈なしと同意であることは、普通で普遍の何の取り柄のない15歳の少年でなくても分かりきっていた事だが、彼はあえて何も言わなかった。


特に理由もなく彼らの会話が途切れ、少しの無言を終えた後、悠斗のお相手のミクちゃんから、悠人宛に連絡が来る。


どうやら、彼女とその連れは先にカラオケの一室に行ってしまったらしい。「俺らも早く行こうぜ」と、半分顔のにやけた悠斗が、太郎を急かす。


向かう途中も悠斗は、何の特徴もない学ランをできるだけかっこよく着こなし、ボサボサだった金髪もセットし始めた。


「これどう?変じゃない?」なんて苦笑いで聞いて来る悠斗とそれを見守る太郎は、外から見ればただの『友達』なのだろうが、いまいちピンと来ていないのが、この普通で普遍の何一つ取り柄のない15歳の少年、鈴木太郎だ。


彼は普通の高校生ゆえ悠人には何も思わない。友達のいる意味すら未だにわかっていない。

  

 「407号室だと。早く行こうぜ」


身支度を終え、カラオケ館に着いた2人は、一直線に彼女たちがいる407号室へと向かう。


途中何度も「大丈夫?俺変じゃない?」と聞いてきただけあり、服装髪型については満足したようだ。

部屋に着き、中を軽く確認した後、悠斗からドアを開ける。

 

 「やっと来たぁ〜! 遅いよ〜悠斗」


 「悪い悪い。お待たせ」

 

 愛想良く、笑顔で迎えてくれたミクに対し、ペコペコと軽くお辞儀をしながら悠人はミクの隣に自然に座る。ミクに関しても特に嫌がっている様子もないようだ。悠人お待ちかねの大きな胸が組んだ腕の上で柔らかい球を描いていた。制服のスカートもパンツが見えるほど短かった。

 部屋の様子は、電気も全部付いていて明るい。そして、ミクの連れが、ノリノリで歌を歌っている。盛り上がり的にも曲も終盤のようだ。歌い終えると、ワンテンポ遅れて悠人と太郎に気付く。

 

 「あ、悠斗。やっぽ〜……あれ? そっちにいるのって悠人と同じクラスの子……?」


 連れの子が、悠斗を見て何か気づいたように歌い疲れた顔で軽く問うた。


 「そうだよ! 俺の連れの鈴木太郎! こう見えて優しくて聞き上手なんだよ」

 「え? 鈴木太郎? 何それ!」

 「親にめっちゃ適当に名前つけられてんじゃん! ウケるんだけど〜」


 どっと彼女たち2人に笑いが生まれる。悠斗も彼女たちの雰囲気に圧倒されていて、太郎をフォローできないでいる。

 

 「あぁ〜、面白い。私はアヤでーす。よろしく」

 

 からかい半分で太郎に自己紹介をする。ミクに関しても、太郎を特別存在感を感じている印象はない。誇張して言えば、彼なんてまるでこの空間にいないように楽しんでいる。


 考えてみれば当たり前のことだ。ミクもアヤも、今後は太郎を忘れたくても忘れられない存在にはなるのだが、今はその予兆の欠片も見えない。この少年が、世界の『本質』となり己が生き残るために大量殺人を繰り返すとは、想像の枠の遥か外の話である。


「じゃあ! お初の2人が揃ったことですし、メインのヤツやっちゃいますかー!」


そう一言でミクが仕切ると、何やらカバンの中から小さいジップロックに包装された錠剤の様なものを取り出した。


「悠斗と太郎くん……?はZIMAってやった事ある?ここら辺の中高生とか皆やってるけど、マジでアガるよ。今日は特別に私のあげるから試しにやってみなよ」


「おいミク!これって……」


「違法薬物なんじゃないのか?」と悠斗のセリフの前文から予測できる後文を待たずにミクが「悠斗が考えてるようなクスリじゃないよ〜、規制前だから合法だし」と、割り込んだ。


ミク自体、ZIMAを悪びれたり、周りを警戒しながら出した様子もなく、ただ純粋に悠斗たちに推奨していた。まるで、若者の間で流行の音楽を共有する様に。


アヤに関しても、クスリを見慣れた何かのように特に驚いた様子を見せてはいない。むしろ、「試してみな!試してみな!」と言ったニンマリ顔を決めている。


「実際、依存性もないし。楽しい気分になるだけだよ!最初はちょっと怖いかもしれないけど……とりあえずやってみなよ!」


「何言ってるんだよ!こんなの……学校や警察に見つかったら大問題だろ!こんなもん辞めて捨てちまえ!」


「は? なに? ウザイんだけど!」


悠斗が強引にミクを止めようとZIMAを取り上げようとした瞬間、先程まで明るかったミクの笑顔が消えた。


そして、悠斗に恐怖を覚えてしまいそうなほどの眼差しを向けている。


「せっかく新規の客連れて行って『あの人』に気に入ってもらえるところだったのに……最悪。 なんか、冷めたし。 もう帰ろ、アヤ」


「ふざけるな! 待て! まだ話は終わってないぞ! こんなもん、俺たちの周りで撒くんじゃねぇよ!」


今にも帰りそうになっているミクを間一髪で悠斗が手を掴み止める。 そこに先程まで「人生で1番大切になるかも知れない日」だと称していた楽観的な悠斗の姿はなかった。


あるのは、ミクたちへの心配から来る怒りと正義感のみ。


彼は基本的に、楽観主義で真面目とは言い難い性格だが、一線を超えた規則やモラルに人一倍厳しい。


そして、論理や思考のではなく、行動派正義感の持ち主だ。

彼の天職は、警察官かも知れない。


「ねぇ触らないで! 本当にキモイんだけど!」


ミクが大声を上げたその瞬間──事件は起きた。


──事は急を要した。

なんの予兆もなく。


どーん!と1回、建物全体が大きく縦に揺れる。宙から足が離れてしまいそうなほど大きく。

その事件は、地震のそれとは全く別物であった。


まるで自分たちの世界は何かの入れ物で、それを縦に大きく揺らされたような今までに感じたことのない感覚だった。


ミクと悠斗は振動の影響で体制を崩し、太郎とアヤは、座っていたソファの端を掴んで何とか体制を崩さずにいられたが、すぐに動き出せるほど、環境に適応しきれてはいない。


そして、追い討ちをかける様に停電が悠斗たちの部屋を襲う。


「きゃ! 今度は何?」

「え……停電? 暗いし怖いよぉ」


ミクとアヤが先程の振動と、それに伴う二次被害の停電に戸惑い、不安を感じている。廊下から差し込む光も一切ない暗闇。


店全体の電気が消えているようだった。


「店元のブレーカーが落ちただけだって、すぐ回復するよ」


悠斗が戸惑っているミクたちに声をかける。


焦りを見せ始めた女性陣に冷静な判断を下していた悠斗であったが、その冷静さの所以は、「これが、現実でも起こりうること」との決め付けに近い思考からだろう。


彼の脳内では、『地震が起き、その影響で停電が発生した』と思い込んでいることだろう。


大きな間違いだ。ここから起きる『非現実』を現実として目にすれば、今の悠斗の思考がどれだけ甘いかを認識するはずである。


とりあえず外に出てみようかと、悠斗が提案した意見が4人の中で一致しかけた瞬間、カラオケボックス内のスクリーンが眩い光を映した。 悠斗はほらぁと言いたそうな顔をしたが、そんなものは瞬く間に驚きの顔に変わった。


映ったのだ。

今まで見たことの無い、見ようとしても見ることの出来そうに無い生物の姿が。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「何一つ取り柄もない15歳の少年が脱出率0%の迷路を突破するを証明せよ。ただし、彼が何一つ取り柄もないのが取り柄な故、異端であることは考えないものとする。」 @en__2061

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ