さがしもの

雪音 愛美

*°.・


それはあるクリスマスイブの夜のことでした。

その日は雪がしんしんと降り積もっていました。

そんな寒い中、一人の少女が裸足の足をさすりながら道を歩いていました。

時折、道行く人が気にかけて声を掛けてくれますが、耳が聞こえず、話せない彼女にはなんの助けにもなりませんでした。


『ああ、どこかに私が心から笑えるところはないかしら』


少女は、心の底から笑ったことがありませんでした。

だから心から笑える場所を探していたのです。

少女は、独りでした。




街から遠く離れた森の中まで歩いてきた少女は、これからどうしようと途方に暮れました。

街に戻ってしまうと、またあの怖いおじさんに捕まってしまい、早く働けとこき使われるに決まっています。

少女はそれがいやでした。

あの街は少女の怖いという感情そのものでした。

すると、どこからか声が聞こえてきました。


「もし、もし、お嬢さん」


声のする方へ向くと、一人の小さな小人がいました。


『まぁ、小人さん』

「お困りですかな?」

『私の声が聞こえるの?』

「ええ、もちろん。私達は小人ですから」

『私、心から笑える場所を探さないといけないの』

「なら簡単です。まずは私達の村においでなさい」


からからと笑ってそう言った小人は少女を手招き手招きしました。

小人についていくと、急に森が開けて、賑やかな音楽が聞こえてきました。

小人の村はお祭りの真っ最中でした。


「やあ、お嬢さん!」

「ようこそ、小人の村へ!」

「歓迎するよ!」


色々な小人が暖かく迎え入れてくれました。


『ここが…私の望むところ…?』


小人達は少女を優しく、心の底から歓迎しました。

少女のために陽気に踊り、少女のために美味しい食べ物を作り、少女のために祭りを盛り上げました。

でも少女は一向も心から笑える気持ちになりませんでした。


『ごめんなさい、小人さん達。やっぱり私、自分でもう一度探してみるわ』

「そうですか…それは残念です。ではこれを持っていきなさい。この村に代々伝わる腕輪です」

『そんなもの頂けないわ』

「良いんです、良いんです。私達は久しぶりにお客様がきてとても楽しく、暖かい気持ちになりました。そのお礼です。きっとこの腕輪があなたの旅を助けてくれるでしょう」


腕輪はなぜか少女の手首にぴったりでした。

小人達に見送られて、少女は次の場所へと向かいました。




深く暗い森の中から出ると、空はもう黄金色こがねいろでした。


『次はどこに行けばいいのかしら…』


少女がそう思ったとき、不意に腕輪がきらりと光りました。

よくよく見ると、一筋の光が一点を差しています。

少女はその方に進むことにしました。

すると、草原が見えてきました。

草原には羊が一匹いました。


「やあお嬢さん、どうかしたのかい?」

『私は心から笑える場所を探しているの』

「そうかそうか、なら簡単だ。ちょっと着いてきてごらん」


羊のあとに着いていくと、広い草原にぽつんと一軒の家があるのを見つけました。

家の中には、羊達がたくさんいました。


「あら、可愛いお嬢さん。いらっしゃい」

「ねぇパパ、その人はだあれ?」

「ねぇお姉ちゃん、一緒に遊ぼう?」


そこは羊の家族の家でした。

子羊と一緒に遊ぶ時間はとても楽しく、幸せでした。

羊のお母さんから振る舞われる料理もとても美味しかったし、羊から聞かされる話も面白いものばかりでした。

でも少女は一向も心から笑える気持ちになりませんでした。


『ごめんなさい、羊さん。やっぱり私、自分でもう一度探してみるわ』

「そりゃあ残念だ。そうだ、じゃあこれを持っていくといい。我が家に代々伝わる羊毛の帽子だ。これはご先祖様達の毛でできているからきっとこの寒いなかでも暖かいだろう」

『そんなもの頂けないわ』

「いいんだ、いいんだ。私達は久々のお客様でとてもはしゃいでしまったからね。持っていきなさい。きっと君の旅で助けになることだろうから」


帽子はなぜか少女の頭にぴったりでした。

羊の家族に見送られて、少女は次の場所へと向かいました。




草原を出ると、空はもう真っ赤でした。


『次はどこに行けばいいのかしら…』


少女がそう思った時、不意に強い風が吹きました。

その風は被っていた帽子を遠くに飛ばしてしまいました。

少女が帽子を追いかけると、湖が見えてきました。

湖のほとりに落ちた帽子を拾っていると、湖の中から人魚が一人出てきました。


「あら、どうかしたの?」

『私、心から笑える場所を探さないといけないの』

「そんなことなら簡単よ。さあ、こっちにいらっしゃい」


人魚は少女の手を掴むと、ざぶんと湖の中に飛び込みました。

慌てて息を止める少女でしたが、不思議と湖の中は息ができるようになっていました。

人魚たちは少女を心から歓迎しました。

一緒に泳いで追いかけっこをしたり、宝探しをしたり、とても美味しくて飽きない味の見たことない果物も食べました。

でも少女は一向も心から笑える気持ちになりませんでした。


『ごめんなさい、人魚さん。やっぱり私、自分でもう一度探してみるわ』

「あらそう、残念ね…。じゃあこれをあげるわ。これは人魚の国で代々伝わる秘宝のミサンガよ。足首にはめて使うの。これがきっとあなたを助けてくれるわ」

『そんなもの頂けないわ』

「いいえ、どうぞ貰ってくださいな。私達を楽しませてくれたお礼よ」


ミサンガは、なぜか少女の足首にぴったりでした。

人魚達に見送られて、少女は次の場所を目指しました。




湖から出ると、空はもう地平線に沈むところでした。


『次はどこに行けばいいのかしら…』


少女がそう思ったとき、不意にミサンガについているダイヤが一方向を示しました。

少女がそっちに向かって進むと段々と砂漠が見えてきました。


『もう真っ暗になってしまうわ…やっぱり、私が心から笑えるところはないのかしら。もう、笑うことはないのかしら…』


少女がそう思ってぽつりと涙を一粒落とした時です。

ふわり、と少女の胸許が光り出しました。


『この光は…』


少女が服の中を探って光っているものを取り出します。

光っているものはブローチでした。


『これは、お母さんからもらったブローチだわ。でもなぜこんな時に光るの…?』


ふと前を向くと、そこには夢にまで見たお母さんが立っていました。

少女はびっくりして問いかけました。


『お、お母さん…?お母さんなの…?』

《ええ、そうよ。私はあなたの母。紛れもない、あなたのお母さんよ。あなたを迎えにきたわ》

『お母さん…!』


少女は両手を広げたお母さんの胸の中へ飛び込みました。

暖かい光が辺りに満ちます。

少女はもう、独りではありませんでした。




その次の日、砂漠で倒れている少女が発見されました。

少女は、手首に小人がつけるような腕輪を、頭に羊の毛糸でできた帽子を、足に人魚が描かれた足輪をはめて倒れていました。

手の中には、お母さんの写真が入ったブローチを握りしめたまま、いました。

見つけた人はこう言いました。

周りの人達もこう言いました。


「ああ、なんてことだ。この子は不幸だ」


けれども、少女は幸せでした。

少女はやっと、心の底から笑える場所を見つけたのです。

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さがしもの 雪音 愛美 @yukimegu-san

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