第42話 不意打ち
「こ、怖かったぁ…」
映画を観終わり、スクリーンからホールに出た早々、花梨はへたりこんでいた。
近くのベンチに座り込むと、顔を俯かせて脱力したように項垂れている。
足に力が入らないのか、子鹿のように震えているし、どうやら花梨にあの映画はよほどキツかったらしい。
「そんなに怖かったか?」
「怖かったよぉっ!マスクを被った殺人鬼が出てきたとことか特に!なんでトウマちゃんは平気なのさ!」
なんだかんだ最後まで観たのは大したものだけど、別に無理しなくてもよかったろうに。
一応心配して声をかけるも、何故か逆ギレされてしまった。
誘ってきたのはそっちなのに、えらく理不尽な話である。
「なんでってそりゃ…」
リアルの紙袋被ったお前のほうがよっぽど怖かったから。
思わずそう言いかけて、だけど口にするのはやめておいた。
「…最近ホラー映画よく見るようになってな。ちょっと耐性がついてたんだよ」
「なにそれー!なんで黙ってたの!ずるくない!」
いくらブーブー文句言われてもなぁ。
また不意打ちで部屋にいられても困るから本当のことは話すつもりはないが、この様子だとよっぽど怖かったとみえる。
「じゃあ今度一緒に観るか?」
「う…それは…」
一応そんな提案してみるも、案の定花梨は言葉を詰まらせる。
まぁ当然だろう。ホラー観てこんだけびびった直後に、また見ようぜなんて言われてわかりましたと頷くほど度胸が据わっているようだったら、逆にそっちのほうが怖いしな。
別に見るのは吝かではないけど、そりゃあ花梨からしたら迷うだろう。
「ま、デート終わるまで考えといてくれ。じゃあ次行こうぜ。もう昼時だし、飯食うのもいいんじゃないか?」
「……うん、そうだね…そうしよう、うん…」
悩む様子をみせる花梨に、とりあえず助け舟を出しながら、さり気なく会話を誘導したりする。
実際もう12時は過ぎてたし、昼飯を取るにはちょうどいい頃合だった。
花梨にとっても気分を切り替えるには、悪くない話だという考えからだ。
「よし、決まりな。ほら、立てよ。それとも支えてやったほうがいいか?」
「…………」
軽く笑いながら手を差し伸べると、無言で手を掴まれる。
「……うん、トウマちゃんが支えてくれるなら、私頑張る」
なんていうか、それは。
男なら、ちょっと言われてみたい言葉のひとつだった。
「――――」
不意打ちといえばいいんだろうか。
花梨の手はやっぱり微妙に震えていて、それでもしっかり俺の手を掴んで離さない。
それがなんだか俺には……
「……ちょっと可愛いかもな」
ふと、そんなことを思ってしまった。
「え…?トウマちゃん、なにか言った?」
「いや、なんでもないぞ。ほら、行くぞ。なに食べたいんだ?」
花梨の声にすぐに我に返り、咄嗟に俺は誤魔化した。
「え、でも今…」
「いいから、ほら、今日は俺が奢ってやるからさ」
強引に手を引っ張り立ち上がらせて、ぐんぐん先に進んでいく。
「ちょっ、トウマちゃん!絶対今なにか言いかけたでしょ!教えてよー!」
知らん。俺はなにも言ってないし。
顔だって赤くなんかなってないんだ。この暑さはきっと映画館の空調設定が悪いからだ。うん、そうに違いない。
「クッソ…」
ホラーは平気だったってのに。
現実での不意打ちに、俺は少し弱いようだった。
ポンコツすぎる幼馴染からの告白を断ったら、紙袋被った神(自称)が部屋に現れて幼馴染と付き合うよう説教された件について くろねこどらごん @dragon1250
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