新しい力 対 新しい力

 バッタ馬が奏雨に尻を向けると、力強く脚を後ろに蹴り抜いた。奏雨が踊るようにかわす。ぴったりとバッタ馬の横についてからの斬り上げはステンドグラスが威力を軽減させた。バッタ馬に切り傷ができるも、黒がすぐさま覆い、回復する。


 奏雨の顔がますます悦楽に染まった。


 僕の左手は、と言うか左腕を乗っ取ったヴィーネ様は少し大人しくしていて、ラフィの意識はまだ僕にある。

 左手をどうこうしてこないってことは、ラフィもヴィーネ様が便宜的に左腕を操っているだけだと理解しているんだと思うけど、確証はない。最悪なのは左腕を失って、ヴィーネ様が右腕も乗っ取ろうとしてくること。そうなれば、抑えることは出来ない。


 じゃあ最善は何だ? どうすれば良い? どうすればラフィを救える?

 救いは呑まれること、か? ラフィの望みが僕と一緒に居ることならば。


「ここまで素早いとは。街中では本気ではなかったのですか?」


 ラフィがため息を吐いた。

 奏雨は笑いながら、戯れるようにバッタ馬の攻撃をかわして、バッタ馬の脚に剣先を埋める。燃えるように切り口が広がって、バッタ馬の体を消していった。

 ラフィの力がすぐさまバッタ馬の傷口に当たり、奏雨が流し込んだ『穢れ』の力を祓っていく。祓われているのに、バッタ馬は消えないのが、本当に。


 ラフィが堕ちたのだと実感させられて、辛い。


「足止め、かあ。どうしましょう」


 うーん、とラフィが可愛らしい声をあげていると、奏雨にギョロ目鳥が降り注いだ。

 奏雨が剣を振る。当たるだけでギョロ目鳥が簡単に切れて溶け消えた。その間もバッタ馬が何度も蹴りを放つが、奏雨には当たらない。


 肋骨ザリガニもナメクジ猪も出てくるが、奏雨の振るう刃が触れればそのまま切れる。切れた場所から溶けるように力が広がって『ソレ』らを消し去る。


「ははっ。直接戦ったらドー? 聖女なんだしさっ」


 今度はバッタ馬の蹴りに合わせて奏雨が剣を振り、切断した。

 空気を揺らさない断末魔の嘶きと共にバッタ馬が消えていく。


 奏雨が剣をひらひらと動かした。ラフィへの挑発だろう。気を逸らすため、だったりすると嬉しいけど。

 奏雨がラフィと本気でやりあう気なら、どうすれば良いのか……。


 答えは出ているか。

 ラフィを、何者にも害されるわけにはいかないのだから。


「天才と名乗れる人と直接だなんて、ご遠慮願いたいですね」


 ラフィが聖女の力でステンドグラスを顕現させて、破片を一つ地面に落とす。

 渦巻くように黒い球体が生み出され、それから、もう嫌と言うほどに聞きなれてしまった歪な笑い声が響いた。パイプオルガンの鳴き声。讃美歌のような笑い声。


「うっそー。そんな簡単に生まれた奴なの?」


 嫌そうな声を出しているが、奏雨の顔は喜色を隠しきれていない。


「街を護る戦士ですよ? 生み出すのに時間がかかって良いはずがないじゃないですか」


 あ、そうだ。と、ラフィが愛らしく胸の前で両手を合わせた。


「そろそろ、私が許可していない『穢れ』も祓わないといけませんね」


 声の後、ステンドグラスの破片がいくつも地面に落ちる。球体が五つ完成し、飛び去って行った。


「なるほどねえ。核がなかったのも、納得がいくっぽい感じ?」


『穢れ』としてのラフィの力は『生成』だろうか。

 なんだよ。『穢れ』としてのラフィの力って。くそ。想像しちゃだめだ。ラフィが堕ちたなんて。想像しなければ、まだ、望みはあるかも知れない。本当に? 本当だとも。


 アルティッリョの剣に多量の力が注ぎ込まれた。球体が変化する。頭部の紫色の発光体が現れるのが早いか、奏雨の攻撃が早いか。

 奏雨が体にしては長い剣を振る。発光体は笑いながら地面に溶けていった。

 勢いそのまま、奏雨が前進する。


 狙いは、ラフィ?


「奏雨!」


 僕を捕まえている黒色を吹き飛ばす。左腕が暴れだした。瞬く間に黒いヒルのような筋肉が覆いだす。

 その間に、奏雨はラフィを切り裂いた。心臓が冷える。呼吸が止まった気がした。左腕が、より肥大化する。

 だが、次の瞬間には発光体の時のようにラフィが同じ位置に立っていた。


 奏雨がラフィを斬るべく沈み込む。左腕に構っていたら間に合わない。むしろ、利用するしかない。


「やめろおお!」


 左腕の勢いに任せて二人の元へ。

 奏雨の剣を受け止めるように右手の刀を伸ばしたが、左腕が勝手に逆方向に動き出す。足がもつれる。力が入らない。

 刀は簡単に弾かれ、膝裏から掬われるように足を払われた。

 その状態でも左腕はラフィを狙っている。


 くそ。なんで。


「今の暁は、闘ってもつまらないっぽい感じ」


 胸を踏まれ、奏雨がラフィの元へ。

 ラフィは僕の左腕を盾で防ぎ、奏雨へと手を伸ばした。でも、あれじゃあ間に合わない。


「やめろ! 奏雨!」


 顔に三日月を浮かべる奏雨には届かない、が、奏雨の腕が止まった。


 いつの間にかラフィの左手が奏雨の剣を握る手にぶつかっている。


 ラフィの右手がゆっくりと伸ばされたように見えた。ラフィの動きは奏雨が警戒するような動きではなかったにも関わらず、奏雨の首にいつの間にやらラフィの右手がくっついている。


「見切ったつもりでした?」


 ラフィの細腕が、軽々と奏雨を投げ捨てた。

 いや、確かに、奏雨も軽い方だけど。でも、右手一本で投げすてられるような体重じゃない。


 左腕が勝手にまた伸びる。

 刀の峰で押さえつけ、倒れるようにして地面に押さえつけた。

 狙いは明らかにラフィ。何が、そんなに気に入らないのですか。


「良いねえ。良いねえ! サイッコーだよ!」


 狂気に満ちた声と共に、奏雨が起き上がった。

 止めたい。けど、止められない。


 ラフィが手を伸ばす。何もない宙を掴むように腕が動けば、奏雨の持つアルティッリョの剣が峰からラフィに掴まれていた。

 アルティッリョが急下降する。『ひゃひゃひぇ』と言う大気を揺らさない笑い声が響き、アルティッリョの進路を妨害した。発光体は、幾分か小さい。でも、二体。アルティッリョの後ろに出た一体が、アルティッリョを羽交い絞めにするように捕まえる。


「カンパーナさんの力と、ずっと傍にいた方の力を吸い取って私の子供たちへの有効打にしていたのは見ています。対策を講じずにいると思われるのは、些か、癪ですよ?」

「面白いねえ。サイッコーだよ」


 奏雨が左手を剣から離した。


「良いのですか? そのようなことをしていて」


 アルティッリョが宙で暴れだす。翼からばさばさと羽根を散らして、嘴を苦し気に何度も空けて。大きな鉤爪は何度も宙を裂いた。


 指輪に伸びた奏雨の手が止まる。


「グラッソさん、でしたっけ。カンパーナさんの熊さんを祓った時、武器も消えました。それならば、逆も有り得るのではないですか?」

「あのさあ。自然に上から目線なんだよね、キミ。気に食わないよ。わざわざ次の行動を宣言してさ。させると思ってるの?」


 奏雨が『穢れ』を剣に流し込む。


「この街は私の街。私の許可なく『穢れ』を持ち込むことは許さない。この街は絶壁の街。拒絶を示す、絶壁の街。ナニモノも、私の許可なく存在するな」


 奏雨が剣から手を放して飛び退いた。

 ラフィがアルティッリョの剣を回すように投げて、宙で柄を掴む。ラフィが剣を振り下ろすのに合わせてステンドグラスの剣がいくつも形成され、アルティッリョを剣山に変えた。


 断末魔と共にアルティッリョから『穢れ』が祓われていく。


「はは。ホント、サイッコーだよ」


 奏雨の低い声。

 奏雨の感情を表すようになぞられた指輪から、黒い髪のようなものが多量に現れた。

 宙に居る発光体を掴み、アルティッリョを包み、ラフィをがんがら締めにする。


「奏雨! やめろ!」


 くそっ。

 油断するとすぐに暴れる。

 左腕一本だって言うのに、こうまで厄介だとは。


「アルティッリョはもうボクの連れだよお。勝手なこと、言わないで欲しいねえ」


 また、視界の端が乱れた。

 乱れが収まるころにはラフィが立っていて、髪を全て掴んでいる。もちろん、発光体も解放されていて、力を失ったアルティッリョは地面に落下した。剣も、消える。


 ラフィが、髪を握る手を少し持ち上げた。


「自切しろ!」


 奏雨が叫んだ。髪が切れる。少し遅れて、切断された髪の毛が全て祓われた。

 奏雨のエンゲージ相手も相当な手練れのはずなのに。


 っ。


 隙を突かれて。

 左腕がラフィに対して剣を振った。


 ラフィの盾が受け止めてくれる。でも、左腕が勝手に盾を押しこみ始める。


「ラーミナ!」


 ラーミナが一度僕の方に来てくれたが、ラフィの方を見てためらってしまった。

 そりゃ、怖いよなっていうのは分かるけど。怖いだけじゃないか。


「畜生」


 右手の刀を逆手に持ちかえる。

 例え左手を潰したとして、一瞬しか攻撃を防げない上に右腕を乗っ取りに来た場合に防ぐ手段がなくなってしまうのがオチだとは分かっているけれど。


 奏雨がラフィに向かって駆け出した。


 ラフィが奏雨に向く。左腕がラフィに向かって動き出した。盾が左腕を押さえに来て、奏雨にも盾が二つ飛んでいく。奏雨がおかしなバランス感覚でもって盾をかわすのが見えた。そのまま、こちらへ来る。

 時間がない。早く、左腕を潰さないと。


「なーにやってんのさ」


 奏雨に左腕を掴まれ、反転させられた。

 何で。


「聖女の武器が貴方に使えるとは思えないのですが……」


 ラフィの不思議そうに思っているような声が聞こえてくる。


「うん。そだねー」


 奏雨の軽い声も。

 ずるり、とヒルの筋肉を脱皮させるように左腕が動き出した。強制的に体が起き上がるが、すぐに世界がまた反転する。

 どうやら、奏雨に足をかけられたらしい。


「よっと」


 顔が地面にぶつかる前に、多分奏雨に首根っこを掴まれた。


「暁さんを返してください」


 距離のあったはずのラフィの声が、近くに来る。


「やだ」

「ぶえっ」


 激しく揺らされて変な声が出て。


「聖気増幅」

「ちょっと待った!」


 奏雨がラフィに待ったをかけた。

 ラフィも、待ったと言われて言葉を止める。


「うんうん。ボクだって狙いは分かる。聖域展開して全ての『穢れ』を祓えば、ボクの闘う手段はほとんどなくなるもんね。うん。狙いは良いっぽい感じだけだどさー」


 奏雨が笑いながら僕に手を伸ばしてきた。

 ラフィから離れた影響か、石のように動かなくなった左腕を掴まれて持ち上げられる。

 痛くはない。


「暁がヴィーネへの抑えにしている『穢れ』も祓われて、完全に呑まれちゃうよー?」

「誰が半端に祓うと言いましたか? 私は、私以外の全ての『穢れ』を祓います」


 言ってから、ラフィが口元に手を当てた。


「いえ。違いますね。私のこれは暁さんへの愛です。純粋な感情なのです。『穢れ』などと言っては失礼でしたね。私は、ただ暁さんと一緒に居たいだけですから」

「ラフィ……」


 それぐらいなら、叶えてあげても。


「ヴィーネの感情と何が違うの? ヴィーネだって、純粋に暁を護ろうとしているだけじゃなあい?」

「純粋に暁さんを護ろうとしている? あんなにも醜悪な物体を作り上げて?」

「お互い様だよ、ラフィエット。今のキミはとても醜いからさあ」

「奏雨!」

「大丈夫ですよ、暁さん。私は他人の意見なんて求めていません。そんなものに従えば、また、繰り返すだけだと分かっておりますから」


 それで良いとは思う。

 でも、それはラフィではないと無責任な僕が言う。


 ラフィが自身の目の前に紫を主軸にしたステンドグラスの剣を作った。奏雨が黒髪をまた解放して、僕の左腕に巻き付かせてくる。ラフィの動きが止まった。


「勝手に人質にしないでくださいよ」


 ラーミナの刀で髪を切りつけた。

 全ては斬れないが、量は減る。ただ、左腕が動かないため離脱は叶わない。


「ええ」


 ラフィが一瞬ぼやける。


「本当に」


 瞬きの後、ラフィが奏雨のエンゲージ相手の黒い髪の毛を掴んで、目の前にいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る