減っていく、増えていく

「大幅戦力だうーん、と」


 奏雨がアルティッリョから片刃の剣を受け取り、ぐるぐると回しながら言う。

 奏雨の体と比べるとやや長すぎる気もするけど。

 奏雨だし。使いこなせるか。


「花畑の予想は当たりかな? それとも?」

「……楽しそうにしないでくださいよ」


 睨みたくなる気持ちを抑えて、足を花畑へ。


「あははっ。ごめんごめん」


 だから笑うなって言ってんの。

 悪気は、多分ないんだろうけど。


 胸の下の高さから、僕を窺うように見てきたラーミナの頭部を撫でながら、一息。

 ロコ・リュコスとウラガーノを護衛に割いてくれたんだ。奏雨も、なんだかんだ言って心配してくれているはず。


 ふと。


 悪寒が走った。


 両手の小指が冷え背筋が伸びる。指先が凍えて双刀の感触が分からなくなり、落としそうに。


『ひゃひゅひゅひょひょひょ』


 パイプオルガンの笑い声。

 慌てて双刀を握りなおしたところで、感触は戻ってこなかった。


「まだ生きてっ」


 音の方へ首を動かした瞬間に、腰に衝撃。

 ぐるんと世界が回る。

 飛ばされるのには慣れているので受け身には成功したけど、痛いものは痛い。


 ラーミナが射線上に入っている内に立ち上がる。やってきたのは黄色がかった紫色に発行している黒色の球体。体勢的に、僕を飛ばしたのは奏雨。


『ひゃひぇ』


 ザザ、と音が鳴りそうなほどに球体の像がブレ、すぐさま頭部が紫色の球体で、灰色の輪状の鎧を幾つもつけた発光体に変化した。


 あと、何体いるんだ。アレは。誰が何をどう想像したらあんなのが出来上がるんだよ。


 発光体に対しての効果的な攻撃手段は限られている。居るんだか居ないんだかはっきりとしない。捉えたと思ってもすり抜ける。

 とんだ化け物だよ。本当に、どんな奴が何を聞いて…………待てよ。発光体の核は何なんだ?


「またキミかあ。良いねえ。サイッコーだよ」


 奏雨の舌なめずりをしているような声が聞こえてきた。


「奏雨」

「おっと」


 ため息交じりの僕の言葉に、奏雨が刃の峰の中ほどまで装飾のついているアルティッリョの剣を横に伸ばす。


「コイツはボクのエモノだからさア! 暁は先に行きなよ」


 しっしっ、と奏雨が剣を振り動かした。


「でも」

「ボクは兄弟子だぞ? 兄弟子の楽しみを奪うのかい? ひどいなあ」


 楽しみ、とは言うけどさ。

 ロコ・リュコスとウラガーノを護衛に出して、使い慣れていない上に信頼関係があるかどうかも分からないアルティッリョしかいない。有効打はさっき分けたヴィーネ様の力のみ。

 のみじゃないか。

 片角とカンパーナもアルティッリョが食べていたっけ。

 でも、それだけだ。


「ボクは楽しみたい。暁はラフィエットを探したい。なら、やることは一つじゃない?」


 恐怖を掻き立てる不気味な笑い声が響き続けているも、奏雨を敵と据えたのか笑って体を動かしながら攻撃は仕掛けてこない。ただただ僕は見ずに、奏雨に対して正面を、多分正面を向いている。


 奏雨を警戒しているのか、あるいは、初めから僕は眼中にないのか。

 記憶を引き継いでいるのか? あるいはしっかりとした知性があるのか。

 発光体としても一対一は望むところ。戦闘能力の高い奏雨を先に消し去れるのなら好都合。ってところか。


「ボクは強い。暁よりもずっと強いし、ししょーにだって勝てる。ね、邪魔しないで欲しいっぽい感じかな」

「……ありがとうございます」


 言い方は悪いが、きっと、僕を行かせるため。

 そう言う思いもあるのだろう。


「礼を言われる様なことはしてないけどねー」


 言った後、奏雨が倒れるようにして発光体との距離を零にした。

 軽やかな動きを得意とする奏雨には不釣り合いな長さの片刃の剣を持ちながら、蝶のように奏雨が舞う。

 一応、押してはいるようだけど。どうなるかは分からない。発光体の気が変わらないとも限らない。


「早くいきなよー」


 そんな心を見透かされたのか。

 奏雨がいつも通りの軽い調子で声を投げてきて。


「すみません」


 双刀を横に構えつつ、後ろを向きながら歩き。

 踵を返してから駆け出した。


 早くたどり着かねば。


 花畑に行って、ラフィがいなければ奏雨の元に戻る。


 ラフィが居ればラフィと一緒に戻る。


 ラフィの力なら、あんな発光体は簡単に祓えるはずだ。


 だから。


「どけ!」


 道を塞ぐように出てきた肋骨ザリガニを切り捨てる。

 ザリガニに肋骨ってなんだよって感じだけど。体高が一メートル五十はありそうだし、ザリガニの見た目で途中から肋骨の空洞になっているし。たまに肋骨の中の空間に黒い粒々を蓄えているのがいるから、雌雄体のある肋骨ザリガニで良いだろう。


 しかし、どんどん出てくるな。

 式場の近くの池が真っ黒だとは分かっていたけど、生産能力が高すぎないか? まるで砂粒一つ一つを核にしているのかってほどに。実際に、核は砂粒のように小さくて見落としそうだし。


 また一体。池から飛び出すように産み落とされてきた。

 既に半包囲状態。二十体くらい? 突破しようと思えば一体に一秒もかけてられない。


 嫌になるよ、全く。


 ラフィが動けないのも、納得できるほどの数だ。どいつもこいつも。ただ刃を振るだけなら硬い甲殻に弾かれ、上手く消し飛ばせない。余計に力を削られる。ラーミナだけで回収するのも効率が悪い。


「邪魔だって、言ってるだろ!」


 蹴り飛ばし、上体を上げさせて肋骨の隙間に左の刃を突き刺す。刺さった状態で刀を逆手に持ち直し、力の解放。消し飛ばして、引き抜き、次の奴を斜めから刃を切るのではなく叩きつける。今度は別個体に右を突き刺して、力を解放してのけぞらせる。大きくのけぞったところで逆手に持ったままの左の刃を突き刺して、力を肋骨ザリガニに充填させ、蹴り飛ばした。


 今度は集団の中でドカン。

 他個体を巻き込んで、欠損部位を幾つか作り上げた。


「減ってはいないか」


 できた間合いをさらに広げつつ、周りを見渡して。

 生み出される速度が速すぎるのは、僕がここに居るからか否か。


「ラーミナ」


 連れを呼び戻して、吸収した力を双刀に入れてもらう。

 消し飛ばすための力に困らないと言えば聞こえは良いけど、残念ながら僕の体力自体は有限だ。


「発光体があれ以上いないと限らないのも嫌だね」


 ラーミナに愚痴るように言えば、ラーミナも頷いてくれた。

 堕聖発露を使わない意図を理解してくれているらしい。


 さて、さて。


 刃こぼれしない耐久性が売りとは言え、思うように斬り裂けないのは刀として痛いな。奏雨みたいに『ソレ』らの上を跳ねるように移動できれば楽にやり過ごせたんだろうけど。

 少しばかりの現実逃避をしていると、肋骨ザリガニたちとの距離がじわりじわりと縮まってきた。


 肺から息を吐きだして、ゆるりと膝を曲げる。

 右手は順手、左手は逆手。普通はしないのだろうけど、普通を知らないから問題ない。


 肋骨ザリガニがハサミを上げた。踏み込んで右の刀でハサミを弾き上げ、足を踏みつけて左の刃を差し、解放。雑に壊し飛ばして、甲殻を散らせたが目くらましには弱かったようだ。

 ラーミナと肋骨ザリガニがぶつかったのであろう硬質な音が後ろからも響き、なじみの気配が近くにくる。背中を曲げ、位置を入れ替えて後ろに回ったのを飛ばす。その間ラーミナが弾いてくれたのでまた交代して。


 ああ畜生!

 数が多い!


 発光体を呼ぶ覚悟で堕聖を使うか?

 呼ぶと確定したわけじゃないしな。来ないって確証もないが、来るって確証もないからな!


 片膝をついて、肋骨ザリガニをおびき寄せる。

 どうせ使うならまとめて、一瞬で。発光体とやりあう可能性は下げるに越したことはない。

 肋骨ザリガニたちが両のハサミを上げて、ずるずると。威圧するようにどんどんと。寄ってくる寄ってくる。


 今やるか。まだ待つか。一気に使うか。もうちょっと寄せるか。


 刀を少し上げる。背後にも一度意識をやって、ラーミナの位置を調整して。


 浅く、息を吐きだす。


「神威顕現」


 膝を上げる前に、凛とした、清浄な声が轟いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る