生き残り

「前込め式の散弾銃。射程はないし、弾も丸いというか、少し歪と言うか。一発放つのに最短三十秒って感じ?」

「最新式は持って出ていった可能性もありますけどね」


 せこせこと動いていた奏雨が満足げに頷き、縄先を差し出されたので火をつける。

 挟んで、奏雨が発砲した。


 ぎりぎりで耳を塞ぐことが間に合ったけど、もっと早く言ってくださいよ。


「ひえー」


 奏雨が肩をぶるぶると震わせながら上げて、銃を机の上に置いた。


 穴だらけになった壁をわざわざ蹴破って奏雨が外に出る。続けば、ロコ・リュコスがラーミナを乗せて回ってきていた。

 太陽を背に、ハスタも降りてくる。


「で、どっち?」

「こっちです」


 結婚式場の方へ進みつつも、猟師の家をもう一つ挟むようなルートを頭の中で完成させて。


「生命線であり、忌職だからこそ聖女から良く情報を貰える猟師が使っているのが古い型の銃って時点で、使穢者が全然入ってきていない街だって分かるよねー。ラフィエットが就いてから、ってだけじゃなくて少なくとも先代もかなあ? 『穢れ』を生み出さない絶壁の聖女。もしもそのラフィエットが」

「黙ってください」

「はーい」


 おどけた調子の声の直後に、奏雨の空気が真剣じみたものに変わる。

 右の家屋の扉があったであろう位置から出てきたのは、六つ脚。空洞の腹で『グギャギャギャギャ』と笑っている。


「乾いた肉、とか、どう?」


 呼び方のことだろう。


「六つ脚の方が言いやすいですし特徴を捉えてませんか?」

「解剖放置」


 確かに、骨に肉を残したまま乾燥してしまったような見た目はしていますけど。


「長くしてどうするんですか」

「言えてる」


 奏雨が一気に六つ脚に近づいた。


「内臓どこに行ったの?」


 奏雨の弧を描いた口から良く分からない挑発が飛び出し、ウラガーノの曲刀が振るわれる。

 一撃に続いてウラガーノの特徴である細かな斬撃が幾度も続き、六つ脚を後退させた。


「んん?」


 頭を傾げつつ、奏雨が六つ脚の側頭部を踵で蹴る。回し蹴りのような軌道の攻撃を食らって、六つ脚が家屋の壁に激突した。


「んー」


 悩んでいるような声を出しながら、奏雨が棒立ちで二本の曲刀を前で交差させる。

 心を荒いやすりで削るような笑い声をあげて、六つ脚が跳躍した。奏雨の膝が曲がる。極端に重心が落ちる。時を同じくして影。見上げれば、首長の、人間の女性のような顔が見えた。目が笑っているような横長で、一本一本が大きく四角い歯をむき出しに。


「あ」


 そして、すり潰すように六つ脚を咥えた。


 あーあ。

 奏雨の戦いに横槍は入れちゃあいけないってのが暗黙の了解なのに。

 流石に、自分から乱入した場合は別って思うぐらいの理性は身に着けてはいるけどさ。


「ねえ。ソレ、ボクのエモノなんだケド?」


 奏雨が低い声と共に刃を首長にプレゼントした。

 予想とは違って首長の皮膚は厚かったらしく、切断はされていない。とは言え、だ。

 奏雨の敵でもないだろう。


 時間はかかりそうなので先に猟師の家を探させてもらう。猪ナメクジが脳の潰れた一メートルもいかない程度の酒を飲み過ぎた人のような肥満腹を生み出していたけど、とりあえずは無視。猟師の家の扉に手をかけ、横に。


 開かない。

 まあ当然か。

 命の危機でも、戸締りをする人は普通にいる。そんなのは良く見た。


「失礼」


 槍を扉に当て、力を放出して吹き飛ばす。

 小さな悲鳴が聞こえた。

 穂先を下げて地面に刺し、両手を上げる。目の前には猟銃を構えた初老の男性。奥には庇うように両手を広げている若い男性とお互いに庇うように身を寄せ合っている初老の女性と若い女性の計四人。


 また逃げ遅れか。


「すみません」

「貴方か。良かった」


 てっきりいないものかと、と言う僕の声は猟銃を下げた男性の言葉によってかき消された。

 僕を守るために前に出ていたハスタが少し下がる。


「良かった?」


 初老の男性が初老の女性の肩に手を置き、落ち着かせるように何度か背中をなでながら口を開いた。


「化け物が来たかと思ってな。これで終わりかと思ったのだが、貴方で良かったと思ったのだ。今の聖女様になる前からここの街は化け物など全然でなくなったからな。若いもんどころか、儂らのすぐ下の世代も化け物なんか見慣れてない。足がすくんで動けなくなろう。そんな中、家の戸を破るモノと言えばと想像してしまっただけさ」


 ゆっくりとした、落ち着いた声。


「何か飲みますか?」


 若い男性の焦った声が続いた。

 状況が分かっていない、と言うより混乱していると言ったところだろうか。


「引き留めてはいかんよ」


 次いで、初老の男性。目も僕にやってくる。

 別に、何か言われるのは慣れていますけど。


「貴方は早く逃げなさい。この街は、息子と娘の結婚を祝福してくれた貴方を、愚かにも追い出した街だ。貴方が命を懸ける様な危険を冒すべきではない」


 ああ。そう言えば。結婚式場で見たことがあるかも。

 確か、若い男女はタクトとシオリだったっけ。


「あなた方は逃げなくて良いのですか?」

「逃げられるとお思いですか? 化け物に銃は効かない。精々がちょっと足止めさせる程度。それなのに、この化け物の群れを突破して、果たしてどこへ行けば良いのか」


 それもそうか。


 一度も『ソレ』らに遭遇しないで街の外に出られる可能性は低い。うまく出られたとしてもしばらくは流浪の旅。受け入れてくれる街があるとも限らない。

 街の中でずっと過ごしてきた身にはきついだろう。

 生まれ育った街に愛着もあるだろう。

 ここで死を待つのも、選択の一つか。


 御立派なことで。


 肚から食われて内臓を引きずり出される様な、悲惨な最期にならないと良いですね。


「そうですか。では。幸運を祈っております」

「こちらこそ。貴方に幸せと聖女様の加護があらんことを」


 嗚咽交じりの、申し訳ありませんと言う声も耳に届いた。

 別に、この人たちが石を投げたわけでもラフィの邪魔をしたわけでもないのに。

 同じ街の民だからと、恐怖もあるだろうに。逃げ出したいだろうに。


 穂先を下げたまま外に出る。

 ずり、ぬめ、とナメクジ猪が二頭。僕が出ていくのを待つかのような距離に陣取って。這う脳なしも屋根の上に。その太った腹をこすりつけながら。ぱっと見で、四人。


「他人のために戦うほど、馬鹿なこともないのにねえ」


 それが例え自分のためでも、他人からのナニカを期待するのが人間だから。

 呑まれたくないのなら決して他人のために戦うなと師匠に口をすっぱくして言われていたのに。


「ハスタ、ラーミナ。突き落せ」


 瞬く間に屋根の上から僕の方へ。まず二体。


 ハスタが先ほどの発光体から奪った力を槍に籠めて横に振るう。頭部がはじけ飛び、一体のばたつく手足を無視して、でぶっとした腹部から真っ二つに突き裂いた。


「燃え盛れ」


 残りの二体は槍から黒い物を溢して。どろりと焼き去る。


 ナメクジ猪が突進してきた。

 一体はラーミナが上から大あごで挟んで速度を落とさせたが、もう一体は変わらず。ハスタは這う脳なしの処理。後ろは四人のいる家屋。


「あーあ。くそったれ」


 槍を前方に突き刺し、腰を落として受け止める。

 発散させた力とナメクジ猪が当たって一部が消し飛ぶが、ナメクジ猪の切れた皮膚のようなものの隙間から、黒い粘体と共に骨と皮だけのような人型の手が二対現れた。次いで、脳なしの頭。脳がないため人型でありながらカエルみたいな顔。


 今更温存する物でもないが、後ろの人たちは聖女が堕ちる話を知らないかも知れない。


「消し飛べ!」


 槍に残っていた力を弾けさせ、脳なしを消しナメクジ猪の前半分も消し飛ばした。


「ハスタ」


 補充に来たであろうハスタに槍を渡し、ラーミナに対して頷く。


 ラーミナがナメクジ猪を放した。ハスタが正面から迎え撃つ。ナメクジ猪の鼻から黒く丸っこい触手のようなものが無数に出てきて、ハスタを捕らえた。ハスタが暴れて、引きちぎって脱する。


 その間に、ラーミナから双刀を受け取った。

 籠るはラフィの力。


 逆手に握って、駆ける。ナメクジ猪がこちらを見て、突進を始めたがハスタが横っ面を大角でひっぱたいた。ラーミナが大あごで後ろ半分だけになったナメクジ猪を掴んで、突進してくるナメクジ猪にぶつける。


「ああああ!」


 二体が重なった瞬間に、双刀を突き立てた。内側からラフィの力が弾ける。

 使穢者が風で火を消そうとしているとすれば、聖女の力は水や砂で火を消すようなモノ。


 僅かな抵抗だけに封じ込め、ナメクジ猪が消え去った。


 双刀を順手に持ち替えて、振り返る。

 それなりにリラックスした姿勢で銃を構えたままの初老の男性と目が合った。後ろの三人は、目を丸くしている。


「ここから西に行けば老聖女の街、泉の街があります。そこなら受け入れてくれるでしょう。旅の途中で受け入れてくれる街があればそこに留まっても良いですし、戻れそうならここに戻ってきても良い。狩りができるなら、そこまで困りませんよね」


 消毒液を取り出して、放り投げた。

 多分タクトだと思う若い男性が何度か弾きながらも受け取る。


「僕も余裕があるわけではないので薬の類はそれくらいしか渡せませんが。金目の物はすぐにまとめてください。僕の連れが案内します」


 ラーミナは驚いたような反応を返してきたが、ハスタはお辞儀をするように頭部を下げた。


「貴方も街を出た方が」

「ラフィを、聖女様を探したいと思っておりますので」

「それは」

「急いで」


 言葉を封じさせて、急げと手を振る。

 女性陣がいち早く頭を下げて、あわただしく動き始めた。


 その間に、近くに来ていたギョロ目鳥をハスタとラーミナに弾いてもらい、双刀で切り裂いて消し飛ばす。


「馬鹿だねー」


 もう一体を、と言ったタイミングで奏雨が声をかけてきた。

 ギョロ目鳥はウラガーノに貫かれ、吸収されていっている。


「知ってます」

「暁の得にはならないのに」


 言いながら、奏雨が曲刀を二本ともウラガーノに返した。

 タクトが多量の荷物を持ち、初老の男性が狩りの装いに近い形で四人が家から出てくる。奏雨がふらりと前に出た。四人に警戒の色は無い。


「どうもー。いちおー危険地帯なので、ラーミナの代わりにウラガーノとリュコスが壁までは同行するから。あ、でもリュコスに四人は乗れないから気を付けてねー」


 貴方も大馬鹿者じゃないですか。

 ぺこり、と頭を下げて恐る恐るとタクトがロコ・リュコスに近づいた。

 巨大な狼だから警戒するのも分かるし、ロコ・リュコスも分かっているのか歯牙にもかけない態度で先を見たまま。ウラガーノが頭部に乗ることで少しのお茶らけを演じている。


「ハスタ、お願いね」


 力強くハスタが頷いて、先導し始めた。

 有無を言わせないようにロコ・リュコスとウラガーノもすぐに続く。

 初老の女性はすぐに続き、タクトも歩き始めるが若い女性は立ち止まってしまった。初老の男性は殿をするつもりなのか、女性と同じく立ち止まる。


 女性が俯いた。指を見て、顔を上げて、また下ろして指をいじる。

 奏雨のあくびに女性の肩がびくつき、再度顔が上がった。


「あの、こんな状況になっているので信じられないかも知れませんが……」


 女性が言いよどんだ。

 初老の男性の顔に、皺が寄る。


「聖女様を見た、かも知れないんです。その、式場の近くの花畑に行く様子を……」


 ラフィが?

 花畑に?


「ここ最近、聖女様は良く花畑に行っているので、今日も見たと勘違いしているだけだと思います。申し訳ない。今日は混乱することが多くて」


 慌てたように初老の男性が言ったが、あり得ない話ではないと思う。

 いや、花畑であって欲しいという願望と、独占欲か。


 そんなことはどうでも良い。


「貴重な情報ありがとうございます。探すと言っても当てもありませんので、ありがたい限りです」


 頭を下げあって。

 街の外を目指す一団が、出発した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る