乱入者

「は?」


 意味の分からない質問だと思った。

 頭部を砕けて死なない人間なんていない。使穢者も人間である以上、それは適用される。


「俺っちが人間の肉体を持たなくなったことは認めるともさ。でも記憶は続いている。君たちに殺されたことも感覚として残っているし、そこから先も覚えている」

「記録として、と言うことか?」

「違う。記憶として保持しているんだ。そして、世界中で俺っちと同じ記憶を有しているのはここにいる俺っちだけ。生まれた時から、現在に至るまで。これこそが俺っちが俺っちたる証明。あれは死ではない。不便な肉体からの解放。『穢れ』を本体とすることですべてが自由になっただけなのさ」

「街に跋扈している者どもと同じってことか」

「んっんんー、惜しい」


 カンパーナが指を鳴らした。

 胸部の大穴が、繊維が一本一本出てくるようにして埋まっていく。


「アイツらと違って、俺っちには明確な意思がある。生前と変わらない信念がある。その手段として、肉体が邪魔だっただけ。あんな感情の暴走態と同じにしないで欲しいね」

「紙一重だろ。使穢者も、『アレ』らも」

「そうかい?」


 立ち上がったカンパーナの首に、槍を当てた。

 カンパーナには一切警戒した様子はない。


 戦うだけ無駄だとでも言いたいのか? 下郎め。


「ラフィをどこにやった」

「ラフィ? ああ、絶壁の聖女か。知らないよ。俺っちは何もしていない。戦うのは無駄だと言っただ」


 首を消し飛ばした。

 頭を失ってもなおカンパーナの肉体はしっかりと立っており、沸騰するようにゆっくりと頭が復活してくる。


「おいおいおいおい。互いに無駄だと言っただろ?」

「言葉で解決するのは、互いに信頼関係がある時のみだ。肉体からの解放が目的? となると、てめえが森でしたエンゲージ連中を戻そうとする必死の叫びは、嘘だったわけだ。目の前で嘘を吐かれて、街を落とされて。どこを信じろと?」

「成功する保証があったならもっと早くに実行しているに決まっているだろう? それに、エンゲージほどの力を失うわけにはいかないからねえ。折角苦労して集めたコレクション。保存しておきたいと思わない奴なんていないさ。まあ、それはそれとして」


 背中に悪寒が走った。

 後ろから圧を感じ取れる。前に居るカンパーナの両手にも『穢れ』が集まりだした。


「何度も話を遮られちゃあ、俺だってお前が気に食わなくもなる。ただでさえ、ヴィーネを奪われてんだからよっ」


 頭を下げて、足を払うように槍を振る。カンパーナは小さく跳んでかわした。下郎は一度無視して、背後に振り向く。


 片角。

 違いは、仮面で覆われている側が右と言うこと。本来は顔を全て仮面で覆っていたのか?


 ラーミナが片角を翻弄している隙に体勢を取り繕い、片角に槍を突きだす。片角が爪でいなしてきて、扉の前から移動はしない。後ろでは硬質な音。ハスタが、グラッソが貸し出していた手甲のような形態にまで腕を膨らませたカンパーナの攻撃を防いでくれている。


 三対二と言えば有利にも思えるが、僕もハスタもラーミナも肉体のダメージがそのまま損傷に繋がるのに、向こうは多少の欠損は回復すると来たもんだ。しかも、膂力も高い。


「お前は俺が一人になったと言ったな」


 カンパーナがゆっくりと位置を変える。距離と大きさを考慮した時に一番抜け出す可能性が高い窓を塞ぐ位置取りか。


「違えんだよ。その状況だからこそ最も大事なものが見えてくる。間違っても信用しちゃあならない奴が分かる。森の時のように、俺の『穢れ』を減らしたからどうにかなるとか思うなよ?」


 突進に対してハスタをずらし、槍で拳を受ける。

 衝撃を利用して体を引き首を狙ったが簡単に防がれた。その調子のまま後方に飛ばされる。


 僕の手はしびれているし、威力は全く期待できなかった攻撃だとしても。

 正直、肉体があった時と同じ存在だとは思えない。


「捨てなきゃ大事なモノが見えないとか。どうせまた、てめえの窮地にてめえの首を狙う連中が集まるんじゃないか?」


 空中でハスタに捕まえてもらえたので変なダメージはない。片角はラーミナの突進でやや扉の方へ押し込めている。カンパーナは窓の防衛に固執することなく、こちらに詰めてきた。

 壊せる程度の壁だしな。

 楽に脱出できる場所が狙われやすくなったとしても、壊す間の時間で攻撃を加えられる距離にいた方が良いか。


「使穢者の戦い方なんてそう言うモノだろ? 敵の力を使って攻撃する。地力は乏しく他力に依存した戦い。その中で俺っちは地力を手に入れた。だから、これはチャンスだ。より上の力を手に入れる、な」

「さいで」


 片角から吸収した力をハスタから受け取る。ハスタはすぐに離れて、片角へ。


「燃え盛れ」


 ごぽり、と槍から『穢れ』が零れ、槍の周りで揺らめいた。

 その黒い揺らめきを、そのまま広げる。カンパーナの両腕は溶け落ち、後方の机が燃えた。


 それでもなお、カンパーナは詰めてくる。でろでろとカンパーナ自身の腕を再生させながら。


 左足を引きながら槍を切り上げた。かわされるが、右手の位置を変えて槍を下ろす。穂先が胸部付近まで来たところで突きへ。

 刺さり、胸部付近から溶け落ちるが気にせずにカンパーナが突っ込んでくる。


 人外になったことで慎重さが消え失せたか。そこを上手く突ければ良いんだけど。

 上手い方法は何も思いつかない。


 背中から寝転がるように後方に倒れ、槍を引き抜く。燃え盛り続ける槍をカンパーナに掴まれた。体が宙に浮く。

 離すべきか、保持したままにすべきか。

 迷っている間に、視界が速く大きく動いた。


「がっ」


 痛い。


 背中に、台かナニカがぶつかったらしい。ずり落ちる体に従って後頭部もしたたかに打ち付けてしまう。少しぼやけた視界に、細くなった腕を再生させているカンパーナが目に入った。


 立たなくては、と思うものの呼吸の度、胸の上下の度に痛みが走る。

 骨とか、致命的なものはないはずだ。

 師匠に徹底的に可愛がられたときの、一時的な痛みに似ている。

 あのおかげで怪我の状況が把握できるのは、嬉しいやら悲しいやら。もう二度と味わいたくない。


「ま、くだらない思考ができるだけまだ余裕はあるか」


 槍を斜めに。心臓を隠すように。

 その体勢で、ゆっくりとカンパーナを睨みつける。


 あの再生能力は厄介だ。

 やりあって分かったが、アレは聖女の力の含まれない、一般的な『穢れ』で構成されている。とはいえ、この街の『穢れ』、特にこの付近の『穢れ』を取り込むことでほぼ不死身の肉体を得ているとみて良いだろう。全部を祓えれば何とかなるが、消し飛ばす使穢者ではきつい。


 ラフィも、一度目は簡単に祓えていたからこそ油断した可能性もあるか。

 あの球体も、『穢れ』を自在に集め、なおかつ自身の思い描く形を作るための練習。この街で適応できるかの練習。


 全ては撒き餌ってことか。

 となると、ラフィはここから遠く。近くにはおかないだろう。


 さて。


 ハスタとラーミナは一見押しているように見えるが、攻撃を続けないと片角に対処できない。つまり、主導権は片角。ハスタもラーミナも僕を心配そうにしてくれてはいるが、これ以上呼び寄せるのは得策ではない、と。


 腕の再生が終わったあの下郎は、僕が何とかしないといけないか。


「片角は何て紹介したよ? 彼女か?」


 挑発。


「堕ちた聖女だって言った方が盛り上がるだろう? 恐れも『穢れ』を呼び、聖女へのフシンが『穢れ』を増幅させるんだからよ」


 カンパーナが声に、馬鹿を言うな、と言うニュアンスを刃こぼれを起こすほどに籠めて。

 ここまでうまく挑発に乗ってくるのもまた下郎の掌の上なんじゃないかと言う不安もあるけど、やるしかない。


「堕聖」


 直後、派手な音と共に天井が崩落した。机に灰色の毛皮が激突して、粉々に砕ける。


「やっほー。やってるぅ?」


 陽気な声と共に、奏雨が立ち上がった。

 パラパラと木の破片が奏雨の上半身を覆う狼の毛皮を伝って床に落ちる。手の先には鋭い爪が五本ずつ。

 奏雨がロコ・リュコスから借りた武器を舐めるようにしながら僕を見た後、カンパーナを見た。口角が裂けんばかりに上がったのが良く分かる。


「ナニソレ。サイッコーじゃん。ボクとも遊んでよ、ねっ」


 奏雨がカンパーナに躍りかかった。


「遠慮願いたいねえ。君とは益々戦う理由がない」

「あるよ。ボクが! 楽しいから! それで十分じゃん」


 奏雨が噛みつくように食らいつき、両足をカンパーナの太い腕に乗せる。振り払うように動かされた腕から軽やかに奏雨が飛び立つ。宙で体を捻り、落下と共に爪。カンパーナの腕が防ぐが、当たった瞬間に腕の大部分が吹き飛んだ。間髪入れず奏雨が懐に潜り込み、切り裂き消し飛ばす。嵐のような猛攻は反撃の隙を一切与えない。援護に入りかけた片角は、扉をぶち破ってきたロコ・リュコスの突進を食らい、ウラガーノに進路を妨害されている。


「アハハハハ! もっと! もっと本気になってよ!」


 あり得ないバランス感覚で奏雨が体を倒し捩りカンパーナの攻撃を紙一重でかわして、爪を突き刺し、投げ飛ばした。


 どっちが人外かわかんねえな、これ。


「ふふん。これ、なーんだ」


 奏雨が取り出したのは、片角の左側の仮面。

 カンパーナの表情が一瞬だけ変わったが、すぐに元に戻る。


「これつけたらさ、本気になってくれる?」

「奏雨」


 諫めの声むなしく。

 奏雨が仮面を投げすて、片角が掴んだ。


 その仮面がカンパーナに渡り、カンパーナが顔にあてる。吸い付くかのようにぴったりとあてはまった。手を放しても落ちない。

 心なしか、片角とカンパーナの『穢れ』が繋がったかのようにも見える。


 敵を強化してどうするんですか、と言いたいけど。これが奏雨だからな。


 機嫌を損なって戦う羽目になり、ラフィの捜索が遅れることは避けたい。

 とは言え手を出したらへそを曲げそうだし。さっさと堕聖発露させて倒すべきだったか。


 失敗ばかりだ。


「アルティッリョの恨みはあるが、狂人とは戦いたくないですねえ」


 カンパーナの声質が心を逆なでするものにやや変質していた。

 その声に呼応するように天井を突き破ってギョロ目の大きな嘴を持つ鳥が二羽。室内に。

 やっぱ、呼べんのか。


「雑魚じゃなくてさ」


 奏雨が軽く腕を振る。

 それを合図に、ウラガーノとロコ・リュコスがギョロ目鳥を捕らえ、消した。

 片角がカンパーナを掴むようにして家の外に出る。


「逃がすわけないでショ!」


 続いて奏雨も家の外へ。


「どうも」


 ハスタの手、と言うか角を借りて立ち上がる。

 痛みはほとんど消えていて、十分に戦列に復帰できそうだ。

 すっかり破壊されたダイスケの家を進み、扉から外へ。


「は?」


 真っ先に見えたのは、ギョロ目鳥に襲われているカンパーナ。奏雨の怪訝そうな目。

 また裏切り? 


「奏雨」

「違ったみたいだねえ」


 全てを言わずとも、奏雨が答えてくれた。


「この『穢れ』は、少なくともカンパーナがコントロールできるものじゃないっぽい感じかな? まあ、ボクの予想通りと言えばそうだけどさ」

「予想通りって」

『ふはひょひょひょひゃひょひ』


 言葉を止めざるを得ないほど、不快な笑い声。異常な不快感。

 食われなかったギョロ目鳥が上に逃れ、入れ替わるようにやや紫色に発光している、僕らよりも大きな黒色の球体が道路の中央に着陸した。

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